28、竜とアーネストとオーレリア
腕の中のオーレリアが眠ったことに気付いてアーネストはふっと微笑んだ。
暴走していた黒の魔力も大分安定したようだった。
「……隊長」
少し離れたところに佇んでいたコリンがそっと近寄って来た。
「今のは一体……」
コリンは竜がオーレリアの言葉に従って大人しく山に帰ったこと、竜に乗ってアーネストが現れたこと、オーレリアの魔力が落ち着いたことすべてに対する疑問でいっぱいだったが、喉の奥に何かが詰まって言葉が出ない。
(ど、どゆこと……??)
この先を聞いてしまってもいいのか、その判断も頭が麻痺して出来ない。
後方を振り返れば馬車の入口にコリンと同じ顔をしたガイが固唾を飲んで立ち尽くしている。
アーネストは踵を返して馬車に近寄ると、ガイを促してオーレリアのために寝床を作らせた。ガイが並べたクッションの上にゆっくりとオーレリアの身体を横たえると毛布を掛ける。
向かいの座席に座るエリスを見やると、目を閉じていたが意識はあるようだった。
「……暫く殿下を頼みます」
アーネストの言葉にエリスは無言で頷いた。
それからアーネストは馬車の外に出ると二人を促して火を熾しその周りに腰を下ろした。ロブは何も言わずに馬車の後方に回った。見張りに徹するようだ。
「……お前たちには話しておくべきだろうな」
軽く息を吐いて髪をかき上げ、アーネストはコリンとガイを交互に見た。
「ただし、このことは他言無用だ。もしも口を漏らせば私がおまえたちを地獄の果てまで追い詰めて殺す」
「「……………」」
最後の一言を言ったときのアーネストの瞳は本気の殺気を放っていた。アーネストなら躊躇いなく実行するだろう。二人は竦みあがったが、こくりと力強く頷いた。
「絶対に他言しません」
「俺は姫さまを裏切ったりしない!」
二人の返答にアーネストは当然だというように軽く頷くとあっさりと言った。
「王族は竜を操ることが出来る」
「な………!?」
「見ての通り、竜は殿下のご命令に従う。彼らは王族に従順だ。王族の命ならば、素直に従う」
コリンは驚愕に絶句した。
ガイは理解が追いつかないのか、僅かに戸惑った表情を見せた。
そのような情報は国民には開示されていない。二人の動揺と戸惑いをよそに、アーネストは淡々と続ける。
「黒の魔力は竜にとって媚薬のようなものだ。私にとっても」
「は」
「え」
びやく。二人はぽかんとして鸚鵡返しに呟いた。
「惹かれずにはいられないのだ。我が家は少々特殊でな。一概に黒の魔力と言っても誰でもいいわけではない。魔力の濃さには個人差があって、個人的な好みもある。私にとって殿下の魔力は最高に魅力的だ。……だが竜は魔力のより濃いものを好む。その場で一番魔力の強い者の命令に従う。どの王族が一番魔力が濃いか竜に選ばせれば一発でわかる。……だから黒曜国では竜は飼えないのだ」
黒曜国では家の名の色の瞳を持つ長子相続を基本としているので、余計な混乱を招かぬ為にも竜の習性を公にすることも竜を側に置くことも禁止されているのだ。
コリンとガイはごくりと唾を飲み込んだ。
「姫さまの魔力は……相当お強いのでしょうか」
アーネストはふっと口元に笑みを刷いたが言葉にはしなかった。コリンはそれ以上は聞いてはいけないと察した。
コリンは気を取り直して別の質問を口にした。
「それで…隊長は何故空から降りてきたのです?」
「竜と遊ぶつもりだった」
「「…………………………」」
「竜は殿下の魔力に惹かれたのだろうな。迷いなくここへ飛んだ」
コリンとガイは背中を冷や汗が伝い落ちていく感覚に身震いした。竜と遊ぶって何だ。嬲るつもりだったと聞こえるのは何故だ。だがそれよりも肝が冷えるような冷気がアーネストから発せられてカチンと凍り付いたように身動きが出来なくなった。
「……それで。そもそもなぜ、殿下がこんなところに居られる」
今度はアーネストが質問する番だった。
凍り付いた二人は瞬きすらどうやってすればいいのか思い出せない。二人は笑顔のアーネストに死を覚悟した。……が、そんな二人に救世主が現れた。
「……リアが、貴殿の身を案じて居ても立っても居られないと仰ったのですよ」
カタリと馬車の扉が開いてエリスがゆっくりとステップを降りてきた。
「どうしても貴殿に会いたいと仰せになられたのです」
「――――――!!」
エリスがにっこりと微笑むと、アーネストは呆けたように固まった。
「これ程まで離れていたことはなかったのでしょう。相当不安そうでしたよ」
アーネストから放たれていた怒気が跡形もなく霧散した。コリンとガイはふうと小さく息を吐いた。
「殿下が……」
小さな呟きは掠れていてほとんど音になっていなかった。アーネストの表情は全く動かなかったが、コリンとガイには彼の周りに花が咲き乱れているように見えて仕方なかった。
(幻……!?いや、でもなんか春のそよ風みたいな生ぬるい気配がしてるんだけど)
(あー……隊長、嬉しそうだなー……)
そよ風が突然止み、アーネストの瞳がキラリと光った。それとほぼ同時にコリンも異変に気付いた。二人が腰を上げるのと同時に馬車の後方で見張りをしていたロブの鋭い声が上がった。
「隊長!人馬が近付いてきます!」
辺り一帯は多少の起伏はあるものの、見通しのよい荒地なので相当距離が離れていても近付いて来るものがあればすぐに分かる。
アーネストとコリンは素早く立ち上がると馬車の反対側に回って状況を確認した。
ロブが指さすまでもなく、遙か彼方に土埃が上がっているのが見えた。
統率のとれた騎馬の動きは賊などではなく騎士団だと見て取れた。
「あれは……ジェローム副隊長?」
コリンは騎乗の人物を識別しようと目を細めた。まだ遠すぎて顔など全く認識できないが、大柄な男が先頭を走っている、ように見える。
「……それと、ウィルフレッド殿下だ」
アーネストはあっさりとジェロームだと肯定しさらにウィルフレッドの存在まで断定した。
「え!?隊長見えるんですか!?」
確信がなければ絶対に口を開かないアーネストが言うのならば確実だ。視力まで人外だなとコリンは思った。




