25、アーネストとルーファス3
黒曜国の上空を覆う結界は網の目状で、これは竜の侵入を防ぐためのものだ。
竜は峻嶮な山脈の頂上付近に巣を張る。この山脈は黒曜国をぐるりと囲んで他国の侵入を拒んでいるが、同時に竜の脅威に晒されており、一長一短ではあった。
竜の脅威を取り除いたのが黒の魔術による結界だった。
結界には黒曜石の魔石を使用しており、黒の魔力を込めた石を定期的に交換して結界の維持を図っているのだ。
結界は簡単には壊れないように造られているが、絶対に壊れないわけではない。
時折網目の隙間から幼竜が迷い込んでしまうこともある。親竜は子を取り戻そうと結界に体当たりして壊そうとする。
網の目を幼竜が通れない程細かくすると魔力を多く消費してしまうため、あまり効率が良くない。幼竜が迷い込む頻度から考えれば網の目を細かくする必要性はそれ程なかった。
「王太子殿下、このような僻地まで遠路はるばるご足労下さり恐悦至極に存じます」
国境警備は黒曜国の東西南北に四カ所、砦が設けられており、常時監視して侵入者を警戒している。
近くには小さな町も作られており、砦の騎士たちの家族もそこに暮らしている。
砦の責任者からの挨拶にルーファスは軽く頷くと早速本題に入った。
「結界が壊れたのだったな。竜が侵入したとか。被害の状況は」
「はい。竜が6頭侵入し、砦が破壊されました。幸い人的被害はありませんでしたが、結界用の黒曜石が瓦礫の下敷きになり、粉々に」
幼竜が結界内に落ちてしまい、それを救い出そうとした親竜が結界を破るのは頻度は少ないが時折りあることだが、竜が同時に6頭も現れるというのは稀に見る多さだった。
「そうか……この数年は百年に一度の繁殖期なのかもしれないな」
竜は数百年の寿命を持つ生き物だがその繁殖力は弱く、繁殖は百年に一度といわれている。その繁殖期が今なのだろう。
竜たちは何故か壊れた砦に居座り、山に帰る気配がないという。
ルーファスは軽く眉間を揉んだ。
(人の庭に勝手に巣を張らないで貰いたい……)
好き勝手に暴れる竜については面倒だとは思うものの、対処の仕様はあるので別にいい。それに今回はそのおかげで命拾いしたのだ。大目に見てもいいと思った。
警戒すべきは砦と結界が壊れている現在、その隙に乗じて他国から人が侵入してくることだった。
早急に竜を追い出し、砦を修復し結界を構築し直さなければならない。
*
ルーファスは新たな黒曜石に魔力を込める作業に従事していた。
砦に居座っていた竜たちは無理矢理山へ帰らせた。
彼らはしばらく上空を旋回していたが、ルーファスが殺気を放つと、不満げに嘶いたのち、飛び去って行った。
先にルーファスが彼らを追い返さなければアーネストが彼らを惨殺してしまいかねなかったのだ。
ルーファスに向けられていたアーネストの殺気は国境警備の騎士団が現れたため行き場を失くしたが、消えることなく燻っていた。
ルーファスは紙一重で命拾いしたものの、まだ全然逃げ切れたわけではなかった。
アーネストが騎士たちの前でルーファスを殺さなかったのは、単に邪魔されるのが面倒だったからだろう。あるいは無関係の彼らを巻き込むことを望まなかったのかもしれない。少なくともそれだけの理性は残っていたようだと知れてルーファスは安堵の溜息を吐いた。
代わりに燻った黒い感情が竜へと向かっていたため、急いで彼らを逃がしたのだった。
(竜は厄介な生き物とはいえ、神聖視されてもいる。無闇に殺すべきではない)
襲われたのなら正当防衛で屠るのも吝かではないが、八つ当たりの鬱憤晴らしに惨殺などさせられるわけがない。
ルーファスはなるべく騎士たちから離れないようにしてアーネストから距離を置いて黒曜石への魔力補充を行っていたが、必要数を作り終えて砦の要所に設置し終えた頃、漸く異変に気付いた。
アーネストの姿がどこにも見当たらなかった。




