25、アーネストとルーファス2
オーレリアの元を離れてから既に二十日ほど過ぎていた。二人は国境を一周して、最後の砦に向かっている所だった。
「殿下殿下殿下殿下…………………お会いしたいお会いしたいお会いしたい」
ルーファスは後方をのろのろと彷徨っている騎馬の男を一瞥して頬を引き攣らせた。こめかみに青筋が浮かぶ。
(あれは本当にアーネスト……稀代の剣神とまで謳われた男なのか…!?)
虚ろな目には何も映っておらず、生気のない顔は死人のように無表情。その上この数日殆ど食事を摂っていないため頬はげっそりとやつれており、常時の色男ぶりは鳴りを潜めている。それでも憂いを帯びた陰のある美青年ともてはやされそうではあったが。
「アーネスト!しっかりしろ。おまえはオーレリアの命で私の護衛を務めているのだろう!」
叱りつけると一瞬だけオーレリアの名に反応したアーネストは正気に戻ったように目に鋭い光を浮かべた。けれどギロリとルーファスを睨み付けると、ぶわっと逃げ出したくなるような殺気を放って突進して来た。
「――ま、待て!!落ち着け!」
ギイン、と重い音を響かせて叩き下ろされた容赦のない必殺の一撃をルーファスは辛うじて受け止めた。恐らくここ数日アーネストが食事をしていなかったため、常時の威力が半減していたことがルーファスにとって幸いしたのだ。
「ほう、よく受け止めたな、ルーファス」
アーネストの瞳には昏く冷酷な光が瞬いている。一時期アーネストがルーファスの上官だったため、二人の関係は臣下と王族というよりは上司と部下、あるいは師匠と弟子に近い。
「私に殺されたいのだろう?純粋で幼気な殿下を誑かして私から引き剥がすなどよくも非人道的で醜悪で最低なことをしてくれる。お誂え向きにこんな無人の荒野に二人きりなど、自殺願望があるとしか思えない。望み通り殺してやろうよ。ただし楽に死ねると思うなよ?」
完全に狂気の中に堕ちたような、ぞっとするほどの虚無と嗜虐性を秘めた瞳。王族殺しは大罪だがそんなことどうでもいいと言わんばかりの瞳だ。
ルーファスは冗談抜きで殺されると思った。
その時、二人の頭上に影が差した。
同時に耳をつんざく咆哮。大きく広げられた蝙蝠のような翼。赤黒い鱗に覆われた巨体。
上空に、竜が舞っていた。
*
竜はアーネストを目がけて急降下してきた。押し潰されそうな風圧がアーネストを襲うが、アーネストは僅かに眉を顰めただけで難なく避ける。
ルーファスはアーネストとの間の距離が開いたおかげで彼の射程圏内から外れたことを悟り、安堵のあまり深く息を吐き出した。
竜のお陰で命拾いした。竜は時折咆哮と共に火焔を放射しながらアーネストを追いかけまわしている。獰猛で危険な生き物だが竜よりもアーネストの方が怖いというのがルーファスの偽らざる本音だ。
何故なら。
空を自在に飛び回る竜を相手にアーネストは地上から雷撃を放ち、一撃で地面に落とすと一振りでその巨首を刎ねてのけたからだ。
ルーファスが息を吐き切って吸おうとする頃には全てが終わっていた。
ルーファスは唖然とした。
人間業じゃないにも程がありやしないだろうか。しかし呆然としている暇はなかった。剣を一振りして付いた血を払ったアーネストの冷厳な瞳がひたりと自分に止まったからだ。
今度こそ死ぬなと思った。ルーファスの背を冷たい汗が流れ落ちる。
だが再び天はルーファスに味方した。
数頭の馬蹄の音が轟き、土煙を上げてこちらへ近付いて来る影があった。
揃いの濃い紺色に象牙色のラインの入った制服を纏った集団だった。
「ご無事ですか!?」
「竜は…た、倒されている!?」
「あなた方たった二人で!?」
まさか、どうやって、などとざわめきが広がる中、一人の男がアーネストをじっと見つめた。
「……もしや貴殿は、剣神のアーネスト殿か…!?」
ルーファスはやれやれと息を吐いた。
国境警備の騎士団だった。




