20、ルーファス襲来2
黒曜国は周囲を峻嶮な山脈と流氷に囲まれた天然の島国要塞国家だ。その上一部は今なお火を噴く活火山である。そのため滅多に他国に攻め込まれることはない。
ただし豊富な天然石の産地であり、それを欲する国は少なくない。
峻厳な山脈は竜の住処でもあるため、野性の竜に襲われることもある。
それらを黒の魔術で退けてきたのが現黒の王家である。
黒の魔術は特殊で、黒の魔力を持つ者にしか扱えない。魔力を持つ者は多数あれど、黒の魔力を持つのは黒曜国の王家の血を継ぐ者のみ。
故に王家の血を継ぐ者は黒曜国にとってはすべからく尊い。
国民にとって王族の暗殺は禁忌中の禁忌といえた。
その分、他国にとっては王族さえ始末できれば黒曜国への侵入が格段に容易くなるため、常に暗殺者を放っている状態だ。
場所を改め、応接間にてオーレリアは王太子である兄・ルーファスと二人きりで対面していた。
「先日の王都の火事。あれは他国の仕業ではないかと噂されている」
兄の言葉にオーレリアは内心ぎくりとした。ガイが火事を起こしたことはオーレリアたちだけの秘密だ。
表向きは捕まりそうになった人身売買組織が証拠隠滅を図るために辺り一帯を焼き尽くそうとした、ということで事件は片付いている。ところがこの人身売買組織の中に他国の者が含まれていたらしい。そのため彼らがどこから国内に侵入したのか解明する必要があるということになったようだ。
黒曜国は山脈に取り囲まれた島国の為、侵入できる場所は限られる。
島の南東は大陸から一番近いため、この辺りの海岸線が怪しいという。
「南東の結界に綻びが出たのかもしれぬ。私はそれを確認に行くつもりだ。あまり目立ちたくないので大勢で行くわけにはいかぬ。故にひと月ほどアーネストを借りたいのだ。あの男がいれば護衛は一人で十分だからな」
「ひと月……」
「代わりに私の近衛を置いていこう」
王太子の近衛ならば精鋭ぞろいだ。それを十二人、アーネストの代わりに置いていくと言う。それだけいれば離宮の警固は問題ないだろう。
別に悪い話ではない。だが、オーレリアは微かに喉の奥に異物が詰まったような、苦い薬を飲んでしまった後のような、言い様のないもやもやを感じた。
(……なんだ?この気持ち……)
「アーネストには私から話そう」
そう言って席を立ったルーファスに、オーレリアは反射的に答えていた。
「いいえ、妾から」
ルーファスは軽く目を見開くと、ふっと笑った。
「……そうか。ならば任せよう」
オーレリアは重たい気分のままアーネストのいる東棟へと向かった。何故こんなにも気が滅入るのか自分でも良く分からない。
「アーネスト、いるか」
侍女が扉を開けオーレリアが姿を現すと、その場にいた近衛騎士たちは一斉に跪いた。
「――御前に」
アーネストは扉より数歩の位置に跪いていた。その側にはジェロームもいた。
オーレリアはアーネストの姿を見た途端、胸が塞いだ。苦しい。けれど言わねばならない。嫌なことはさっさと済まそうと、息を吸って目を閉じたまま口を開いた。
「……兄上より要請があった。アーネスト、そなたを借り受けたいと」
しん、と沈黙が落ちた。十数人いるはずなのに、何の物音もしない。呼吸音すら聴こえない。
誰もが息を詰めていた。
沈黙を破ったのはアーネストだった。
「私は殿下のお側を離れるつもりはございません」
オーレリアは目を開けた。まさかの返しに呆然とする。アーネストのチョコレート色の瞳と目が合った。何かを乞うように、餓えた瞳。オーレリアはその瞳に怖気づき、視線を外してしまう。
「あ……兄上のご命令だぞ……」
「私はあくまで殿下のものです。王太子殿下に私の所有権はありません」
「――だから貸りたいと言っているのだ」
ふらりと現れた王太子に、アーネスト以外のその場にいた者全員が息を詰めた。
「オーレリア。いや、リア。おまえは優しい子だ。兄の願いを聞いてくれるだろう?」
「!!」
言いながら気安くオーレリアの頭をぽんぽんと撫でる。
家族とのスキンシップに慣れていないオーレリアには覿面だった。頬が真っ赤に染まり、瞳が潤む。
(あ―――………)
その場にいた騎士たちは全員悟った。
(殿下が落ちた……)
「リア?良いか?」
ルーファスが跪いてオーレリアと目線を合わせて問うと、こくり、とオーレリアが頷いたのだった。
出立は早い方がいいとのことで、昼餐を共にした後、ルーファスは一旦王城に戻り、翌日アーネストを迎えに来ると言った。
午前中いっぱいオーレリアはルーファスと一緒に過ごし、お喋りをした。最初は緊張していたオーレリアだったが、次第に打ち解け、ルーファスが帰る頃にはすっかり懐いていた。
「兄上、もう帰られるのですか」
小さな妹に袖口を掴まれ、必死に見上げられて、ルーファスの頬が綻んだ。
「支度があるからな」
優しく妹の頭を撫でて微笑み馬車に乗り込む。
扉が閉じられた途端、ルーファスの口元に皮肉気な微笑が浮かぶ。
彼は妹を可愛いと感じながらも情に絆されるつもりは微塵もなかった。ただ無条件にアーネストを差し出したオーレリアを憐れに思った。
「……アーネストは返してやらぬぞ」




