18、トールとリオン10
(急かしたくはないのだが)
「リオン、トール。……まだ会う気にならないか?」
「「……!」」
修道院からの帰りの馬車内でオーレリアが問うと、二人は言葉を詰まらせた。
「今日はこれを預かった」
オーレリアが二人に手渡したのは手編みの靴下だ。多少形が歪だが、丁寧に編まれている。
双子は無言で受け取ったが、その頬は僅かに紅潮し、控えめに言ってもかなり嬉しそうだ。
「……わたしが付き添うのは次回までだ」
「「えっ」」
「もう付き添いは必要ないだろう。あとはおまえたちが会いたいと思った時に会えばよい。別に男の姿のままでも、息子ならば面会を申請すれば会える」
「そんな!それじゃもうオーレンに会えないの!?」
「………わたしに会いたいのか?」
オーレリアは思わぬことを言われたと、きょとんとしてトールをまじまじと見つめると、トールの頬が真っ赤に染まった。
「い、いけない!?」
「いや、そういうわけでは……」
トールの反応にオーレリアはたじろいでリオンに顔を向けると、リオンは視線を逸らして言った。
「マージだってオーレンに会えなくなるのは寂しいと思う」
「……リオンは?」
「っ……お、俺は別に!」
「そうか……」
「い、いやその」
会いたいと言われれば悪い気はしない。リオンには冷たくあしらわれてしまったが、オーレリアはまた会えると言おうとした。
だが、ハタと今の自分の姿を思い出す。
(このまま仮の姿で会い続けるのか……?)
リオンとトールとの交流が思いの外長くなってしまい、既に彼らに対して情も湧いている。いつまでも「オーレン」の姿で接し続けるのは彼らに対して不誠実であるし、自分でも嫌だった。
(このままというわけにはいかぬ。マージにも、この先も会いたいと望むなら妾は本来の姿に戻るべきだな)
オーレリアが密かに彼らと関わる未来を決意していることなど知る由もない双子は、黙り込んでしまった「オーレン」に対し動揺していた。
(おい、リオン!なんであんなこと言ったんだよ)
(お、俺だってそんなこと言うつもりは)
(おまえ、本当に素直じゃないよな)
(う、うるさい)
双子は目と目だけで忙しなく会話をした。
ふと、自分の思考から意識を浮上させたオーレリアが顔を上げると、双子はびくっとして一瞬動きを止め、二人同時に叫んだ。
「「オーレン、俺たちマージに会う!!」」
「!」
「ごめん、オーレン。俺たち半分くらいオーレンに会えるの楽しみにして、マージに会うこと、引き延ばしてた」
「いつまでもオーレンに付き合わせて悪かった」
「次で覚悟決める。だけどその後も……オーレンと会えたら嬉しい」
オーレンは不思議な少年だ。
貧民街や下町で出会ったどの相手とも違う、穏やかな空気を纏っている。
いいところのボンボンなのだろうとは思う。でも全然自分たちを見下したりしないのだ。
下町の商家の子供でも、貧民街の子供を忌避したり見下している。
なのにオーレンは自分たちが人身売買組織から無事助けられたことを心底良かったと言ってくれたのだ。
その上、どういう魔法か、マージを改心させた。双子にとってはそうとしか言い表せないほど、今のマージは別人だ。
最初、マージを修道院で見た時は誰かと思った。
常に眉間に皺を寄せ、酒臭い女。機嫌が悪ければすぐに怒鳴り散らし、双子を打つ。
昔はこんな女ではなかった気がする。双子がまだ二、三歳の頃、物心がつくかつかないか。双子には朧げな記憶があった。マージが泣く双子を交互に抱き上げてくれたこと、頭を撫でてくれたこと。あれは双子の願望が見せた夢だったのかと思う位遠い記憶だけれど。その頃の双子は確かにマージが大好きだった。その温かな感覚は微かに身体の奥深くに残っていた。
マージが変わったのはいつだったのだろう。あの男が現われてから?
徐々に、擦り切れるようにマージから表情が抜け落ちていった。そして忍耐力もなくなっていったようだった。すぐに怒ったり、泣いたりするようになった。常に酒臭くなり、正気の時間が減っていった。
人身売買組織に売られたときも、酒代を確保できたと壊れたように嗤っていた。
それが。今は修道院で首元まできっちりと覆う濃紺の衣裳を身に付け、掃除や山羊の世話などをしている。それもふて腐れて嫌々やっているわけではなく、穏やかな表情で真面目にやっているのだ。
どう見ても別人にしか見えない。
別人過ぎて対面することを躊躇してしまった。そしてそのまま切っ掛けが掴めず、ずるずると向き合うことを先延ばしにしていた。
以前のままのマージだったなら会いたいなどと思わなかった。むしろ二度と会いたくなかった。
でも、今のマージとなら。少しだけ希望が持てる気がした。彼女が自分たちの健康と無事を願ってくれていると知ることが出来たから。彼女が身を慎んで品行方正にしていると知ることが出来たから。
それもこれもすべて目の前にいるオーレンのお陰だ。
一体オーレンは何者なのだろう。自分たちにこんなに親切にしてくれて彼に何の得があると言うのか。
双子はオーレンが自分たちを騙しているのではないかと疑ったこともあった。けれど何度も修道院へ連れられて来るうちにその疑いは消滅した。修道院は昔からある施設でその院長は徳のある立派な人だと下町で尊敬されている。
自分たちを保護してくれている守備隊のバーナードも気のいいおっさんで、彼の家族は温かい。そのバーナードもオーレンのことを信用しているようだった。
「オーレンは恩人だ。俺たち、オーレンに何か返したいんだ」
ただ会いたいと言うだけでは断られてしまうのではないかと怯えて、双子は理由をこじつけた。何か返したいというのは本心なので嘘ではない。だが、自分たちに返せるものがあるとは到底思えなかった。それでもオーレンが望むことがあるなら何でも応じるつもりだった。それなのに。
「おまえたちがマージと仲良くしてくれることが一番だ」
オーレンは朗らかにそんなことを言って微笑んだ。
双子は絶句した。オーレンは本当に何の損得勘定なしにただ自分たち親子のことを案じてくれていたのだ。
双子は一週間後、マージと会う約束をしてオーレンと別れた。




