18、トールとリオン7
それから一週間、バーナードからの報告によるとマージは修道院での生活を真面目に過ごしたようだった。
オーレリアは修道院での生活の様子を聞いて蒼褪めた。
朝は日の出前に起床し、朝食前に廊下や聖堂内の清掃をする。新入りのマージは拭き掃除用の水を井戸まで汲みに行くため皆よりもさらに早く起きなくてはいけないらしい。
朝食はパンとスープのみ。聖書の朗読を一時間程してそれが済むと畑や山羊の世話。午後は刺繍や繕い物をして、夕食の準備。再び聖堂内の清掃。食後は水浴びをして就寝。
「わ、妾はそんなに早く起きられぬ」
「リアはまだ子供だからいいのですよ。沢山寝ないと大きくなれませんから」
「大人は大変なのだな……」
「そうですね。ですが習慣になればそれ程大変ではなくなりますよ」
エリスはにっこりと微笑んでさらりと言った。おまえもまだ子供だろうとエリスに突っ込みを入れられる者はこの場にはいなかった。
「マージは真面目にやっているのだな」
「今のところは」
「あの男には見つかっていないな?」
「ええ。あの男は未成年に非合法なことをさせていた罪で鉱山送りにしてあります」
「鉱山送り?」
「山で重労働をするという罰を受けているということです」
リオンとトールにさせていた具体的な内容は濁して、エリスは淡々と事実を簡略化してオーレリアに伝えた。
ちなみに今回人身売買事件で捕縛された者たちの殆ども鉱山送りの刑に処せられている。
オーレリアは鉱山送りの具体的な仕事内容はよくわからないが、ともかく男が王都にいないことに安堵した。
「一度マージの様子を見に行きたい」
「――――――リア」
硬い声に、パッと振り返ると扉の前に眉間に皺を寄せたウィルフレッドがいた。
「また貧民街に行くのか?」
ウィルフレッドが離宮を訪れるのは久しぶりだった。
貧民街で倒れたオーレリアに一週間付きっきりで側に居てくれたが、代償としてその間彼の公爵家嫡子としての勉強や責務が放置されていたため、それらを片付けるべくこの一週間程は会えなかったのだ。
「兄さま」
「ダメだ」
ウィルフレッドは怖い顔をしたままオーレリアの前まで来るとがばりとオーレリアを抱きしめた。
「えっ」
突然のことにオーレリアは動転した。頭の中が真っ白になる。
「あそこは気軽に訪れる場所ではない。――リア、心配、させるな」
行かせないというようにウィルフレッドの腕はオーレリアを閉じ込める。その檻は優しく包み込むようにオーレリアを囲い、容易く虜囚の動きを奪う。
「あ、あの、兄さま」
「リアは自覚が無さすぎる」
ウィルフレッドはオーレリアの首元に顔を伏せて物憂げな溜息を吐いた。温かい吐息が肩に触れてぴくりと身体が跳ねる。
「……最近は魔力も安定して」
「……油断は禁物だ。でもそれは二の次だよ」
「……王女として軽率?でも、変装して行くから……」
「……余計に心配になるよ。この国では王族は尊い。王族として認知されている方が安心なくらいだ。でも貧民街はそういった常識が通用しない。盗みや略奪や傷害沙汰が日常茶飯事だし、他国の間者が潜んでいるかもしれないし。変装するしないにかかわらず行くこと自体が危ないんだ。――何より」
ウィルフレッドは一旦言葉を切り、顔を上げてオーレリアの頬を両掌で包み瞳を見つめた。
「リアは可愛いから。邪な輩に攫われるに決まっている。不安で頭がおかしくなりそうだ」
「な」
黒曜石の如き漆黒の瞳が切ない色を浮かべてオーレリアに行かないでくれと希う。
オーレリアの胸がドキドキと早鐘を打つ。顔が真っ赤に染まっていく。
甘えてしまいそうになる。だが。
(――ダメだ)
寸でのところでオーレリアは踏み止まった。
(兄さまに甘え過ぎてはダメなのだ)
ウィルフレッドはいずれオーレリアから離れていく。彼に依存し過ぎては、その時に耐えられなくなってしまう。
それに、マージのことが気になっている。リオンやトールのことも。
貧民街に住むあの痩せた男のことも。
自分だけ安全で温かいウィルフレッドの腕の中にいることは落ち着かない。
「……兄さま。妾は行かなくてはならないのです」
腕をウィルフレッドの胸にあてて少し距離を取り顔を上げる。
「救いたい者がいる。あの町の者は……手を差し伸べねば溺れてしまいかねない状態の者ばかりなのです。知ってしまった以上、妾は手を離すわけにはいかない」
ウィルフレッドの瞳が大きく見開かれる。そのまま暫くじっと見つめられた。真っ直ぐな黒曈は怖いくらい真剣だった。鋭い眼差しに心の奥底まで覗かれているような気分になる。オーレリアは負けじと見つめ返した。先に目を逸らすわけにはいかない。
「それに、妾には頼もしい護衛がいます。攫われたりしません」
一歩も引かない凛とした眼差し。二人は暫し睨み合うように見つめ合った。根負けしたのはウィルフレッドの方だった。
「…………わかった。ただしアーネストを必ず連れて行くように。それから……僕も行く」
ウィルフレッドの言葉にオーレリアはパチパチと瞬いた。オーレリアがまじまじとウィルフレッドを見つめていると、ウィルフレッドは決まり悪そうに少し目を逸らしながらも両手でオーレリアの頬を包むとこつんと額と額を合わせて吐息を零すように囁いた。
「僕が側に居る方が何かあった時に対処できるだろう?リアの魔力はまだ不安定だ」
ウィルフレッドが自分を心底心配してくれていると感じてオーレリアはくすぐったい気持ちになった。
仄かにはにかんで頷く。そんなオーレリアに漸く安心したのかウィルフレッドも微笑んだ、直後。
「――ウィルフレッド殿下は相変わらず過保護ですね」
くすりと揶揄するような笑声と共にエリスが口を挟んだ。途端にウィルフレッドの眉間に皺が寄った。
「――煩い」
「可愛い子には旅をさせるべきですよ」
「おまえも付いていくのだろうが」
「当然です。リアに幻惑の術を施さねばなりませんし、俺は彼女を導く者。彼女の成長を見届ける義務もありますから。……ですが殿下は寧ろ守られる側。王位継承権をお持ちであることをお忘れですか?」
シニカルな口調にウィルフレッドの口角が下がる。
「自分の身くらい自分で護れる。それに優先順位はリアの方が上だ」
オーレリアが王家の直系とはいえ継承権を持たないことに対し、傍系とはいえ継承権を持つウィルフレッドは表向きはオーレリアと同等かそれ以上の保護対象だ。
けれど公にはされていないがオーレリアは桁違いの魔力の持ち主であり、その身の重要さは国王以上であった。未曽有の有事の際には膨大な魔力が必要となる。その為の切り札とするためだ。故にその存在は秘され、大切に保護されているのだった。
「また…機密事項をあっさりと口にしないで頂きたい」
「おまえはとっくに感付いていただろうが。……それなのにあっさりとリアを危険に晒す。おまえが理解出来ない」
ウィルフレッドが睨み付けるとエリスは涼やかに笑った。
「リアを信じているだけですよ。……どのみち、一生閉じ込めてはおけない」
「………」
エリスの言葉にウィルフレッドは眉間に皺を寄せて目を伏せた。ウィルフレッドとて、分かってはいるのだ。オーレリアを閉じ込めて、孤独に飼い殺すような真似は残酷だと。
彼女に有事の際の危険を引き受けさせるのならば、その時まで彼女が幸せでいられるようにあらゆる手段を取るべきなのだ。その際のリスクは全ての者が負う責があるだろう。いずれ彼女の恩恵を受けるであろう者たち全てに等しく。




