18、トールとリオン5
転がした男は部屋にそのままにして外で待機していた騎士に見張りを命じ、一先ずマージを匿うため最低限の身の回り品だけ持たせ、守備隊の詰所へと向かった。
その際、アーネストは外に待機していたエリスを横眼で睨み付けた。目の端にちらりと映ったコリンは蒼褪めていたが一旦無視する。エリスはアーネストの剣呑な視線に気付いて顔を上げると、にやりと笑った。アーネストは盛大に顔を顰めた。
「悪趣味ですよ」
「リアの成長の為です」
互いに傍らにいるオーレリアには聞こえない小声で短く言葉を交わす。
「それに貴方が側にいるのなら何かが起こるなどあり得ない」
「殿下を無用に怖がらせる必要はない」
言いながらアーネストはギロリとコリンを睨んだ。コリンは声にならない悲鳴を上げた。
恐らく、男が部屋に入ろうとした時点でコリンが止めようとしたのだ。それをエリスが阻止して、先ほどの顛末へと至った。
男が手練れならコリンもいくらエリスに止められても絶対にオーレリアに近付けなかっただろう。
だがアーネストはコリンには再教育が必要だなと結論付け、にっこりと微笑んだ。コリンが死体のように真っ蒼になったのは言うまでもない。
守備隊の詰所に着くとマージを別室に預け、アーネストは幻惑の術を解き、元の姿に戻った。
守備隊の隊長・バーナードはそれを見て眉を顰めた。
「アーネスト様。また何か騒動ですか」
「人聞きの悪い。むしろ人助けだ。双子を連れて来い」
簡潔に用件だけを伝えると、さっさと隊長室へオーレリアを伴って長椅子に座らせる。オーレリアはバーナードを見上げて挨拶する。
「邪魔をする」
バーナードは幻惑の術のかかったオーレリアの素性は知らない。だが、最強の騎士であるアーネストの下にも置かない態度を見ていればこの少年が途轍もなく重要人物であることは窺い知れた。
軽く首を竦めてそれ以上は何も言わず、側に居た部下に目線だけで茶の用意を命じる。それから別室に保護している双子の元へと向かった。
オーレリアはマージに双子を会わせる前に双子に彼女と会う意思があるか確認したかった。
守備隊長室の扉がノックされ、バーナードに伴われた双子が現れた。
「オーレン、また来てくれたのか」
「ふん、俺たちのことなんて忘れていたんじゃないのか」
喜色満面なのが翠色の髪のトール、つんと横を向いていながら、ちらちらとオーレリアを見ているのが水色の髪のリオンだ。
「忘れてなどいない。二人とも元気そうだな。よかった」
オーレリアは生真面目に答え、二人の頬がふっくらと健康そうにふくらみ、血色も良いことを見てにっこりと微笑んだ。
「「……………‼」」
双子は「オーレン」の笑顔にドキッとした。オーレンは少年なのに、しかもどこにでもいるような容姿の、普通の少年のはずなのに、何故か可愛いと思ってしまった。
「俺、胸がおかしい。病気かな」
「……俺も熱があるのかも……」
胸を押さえるトールと額を押さえるリオンにオーレリアは表情を陰らせた。
「具合が悪いのか?なら今日は帰」
「ええっ!やだよ帰らないでよ」
「来てすぐ帰るなんて薄情じゃないか?」
双子はオーレリアの腕を両側から掴んで彼女が立ち上がろうとするのを阻止した。すぐにアーネストによってその手は叩き落とされたが。
「具合ならだいじょうぶだから!治ったから」
「べ、別にこのくらい大したことない」
二人とも心なしか顔が赤いのはやはり具合が悪いせいではないかと訝しむが、必死に繋ぎ止められれば帰ることも憚られた。
「具合が悪くなったら我慢するな。すぐ言うのだぞ」
こくこくと頷く二人に、オーレリアは大丈夫そうだなとほっとして本題に入った。
「実は、な。二人に聞きたいことがあって……」
オーレリアは少しの間逡巡するも、一つ小さく息を吐くと、意を決したように真っ直ぐ二人を見つめた。
「―――母親に、会いたいか?」
その問いに二人は一瞬固まった。直後にトールが怒りも露わに吐き捨てた。
「――会いたくない、あんなやつ!」
オーレリアは目を見開いた。人懐っこいトールなら、二つ返事で会いたいと言うと思ったのだ。反対するならリオンだと思っていた。
リオンは凍り付いたまま身じろぎもしない。
「リオン」
オーレリアがそっとリオンの肩に触れると、リオンはびくりと身体を震わせた。
その顔色は蒼白で、こめかみには冷たい汗が浮かんでいた。
オーレリアはどうしていいか分からず、言葉を飲み込んだ。リオンの肩に置かれたままだった手をそっと降ろしたのはエリスだった。
「リア、暫く様子を見ましょう。二人が会いたくないと言うならその気持ちを尊重すべきです」
エリスはオーレリアだけに聞こえるようにそっと耳元で囁くと、労わるようにその身体を抱き寄せた。
オーレリアは背中にエリスの温かい体温を感じて、ふっとこわばりが解けて漸く自分が凍り付いたように息まで止めていたことを自覚した。
会いたくない、と強い口調で吐き捨てたトールに衝撃を受け、まるで自分が拒絶されたかのように胸が酷く痛んだ。




