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蒼黒のオーレリア  作者: 桐島ヒスイ
第二部 人攫い撲滅作戦編

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44/52

18、トールとリオン4





 それから数日後、オーレリアは離宮へ戻ることになった。魔力が元に戻り、これ以上は街中に居るわけにはいかないからだ。

 子供たちのことも気にはなるがそれは守備隊の隊長に任せておけば良いとのことだった。守備隊の隊長は熊のような大男だったが、面倒見がよく信頼できる相手だとアーネストが言っていた。少しジェロームに似ている気がした。



 離宮に戻ったオーレリアはほんの数日離れていただけなのに随分久しぶりの気分だった。目に映る柱や家具が懐かしい。

「お帰りなさいませ、殿下」

 離宮に残っていた執事のジョナサンや侍女たちが出迎えてくれて、自然とオーレリアの頬が緩んだ。

「ただいま」

 離宮はオーレリアにとって生まれ育った大切な場所なのだと、側に居てくれる使用人たちは家族も同然なのだと改めて感じた。



 オーレリアはエリスにマージと対面して感じたことを訥々と話した。

「……あの者は独りぼっちになってしまって、淋しくはないのだろうか」

「リアだったらどうしますか。お金がなくて二人の子供を育てられない。手放すしかないとしたら」

「……それが理由だと思うか?あの者は本当は彼らと一緒に居たかったが仕方なく手放したのか?」

「リアはそう感じたのでしょう?」

「……そう感じたいだけかもしれぬ」

 だが、マージが心底清々した、という顔をしていなかったことだけは確かだ。むしろ荒んだ目をしていたように思える。

「……もう一度、確かめたい」

 それはオーレリアの単なる願望に過ぎないのかもしれない。それでも諦めたくなかった。そんなオーレリアにエリスはくすっと笑った。

「納得するまで突き進みなさい。貴女の行動が未来を変えるかもしれない」



 二度目の訪問時にはパンとスープを持参した。

 今回もアーネストのみを伴っての訪問だ。エリスとガイとコリンは建物の外で待機している。

 相変わらずノックをしても中から返事はないが、鍵はかかっていないので勝手に入らせて貰う。一度経験しているため、オーレリアも動じない。

 部屋は前回ほど酒臭くはなかったが相変わらず薄暗く、籠った匂いで充満していた。

「邪魔をするぞ」

 マージは案の定隅のテーブルに突っ伏していた。

 テーブルは空き瓶でいっぱいだったが前回のまま、という印象を受けた。

「今日はスープとパンを持ってきた。一緒にどうだ」

 バスケットをテーブルに置くと、マージが顔を上げた。

「……またあんたらか……一体なんなんだい……」

「……通りすがりの者だ。あなたは食事をしているのか?酒ばかりでは身体によくないときいた」

「ほっとけよ」

 マージは煩そうに顔を顰めたが、その声には覇気がない。

「……リオンとトールのことだが……」

「あいつらなら今頃貴族様のお屋敷でいい思いしてるんだろ」

「……あなたは彼らの行く末を知らなかったのか?」

「どの家に貰われたかなんて知らないよ」

 オーレリアはアーネストに目配せした。アーネストは頷いてマージに近付くとその耳元に何かを囁いた。

 マージの顔色がみるみる蒼褪めていった。

「……は?なに、いや……え」

 何を言われているのだろう、と気になるが、事前にアーネストからオーレリアにはまだ早いと言われているので聞くつもりはない。

「嘘だろ……娼館よりはマシだと思ったのに……そんな」

 マージは顔を覆って項垂れた。

 その様子は子供たちを案じているように見えた。

「……後悔しているのか?」

「……っ今更だ!」

 マージはだん、と拳でテーブルを叩いた。

「あたしはあいつらを売った金で酒を買った。もう1銅貨も残っちゃいないよ」

 その声には自らを嘲るような響きが込められていた。

 オーレリアには何故マージが子供を売った金を全額酒に使い切ってしまったのかはわからない。

 ただ、そのお金で生活費を賄おうとしているわけではないのだと感じた。得た金を刹那的に使うことを彼女は己に課しているように見えた。

「……もう一度彼らがここに戻れたら、あなたはどうするつもりだ?」

「……あたしは一度あいつらを売った。その事実は消えない。あいつらはあたしを恨んでる。それに金がない。あいつらが戻ったって結局、どうにもならない……」

「……お金があれば、あなたは彼らを手放さなかった?」

「…………」

 マージは答えなかった。今更だからだろう。

 オーレリアは籠からパンを出した。

「食べよう」

「…………」

 マージは拒否するように顔を背けたが、その喉がこくりと唾を飲みこむ音がやけに大きく響いた。次いで、ぐぎゅるるるるるると、獣の鳴き声のような音も。

「……心配しなくてもトールとリオンも食事は貰えている」

「…っべ、別にあいつらのことなんて」

(なんて意地っ張りな……)

 オーレリアは溜息を吐いた。なんとなく昔の自分に似ている気がして恥ずかしくなる。

(妾も…意地を張って、素直になるタイミングを掴めなくなっていったな)

 誰かが強引にでも手を引いてやらなければこれは収まらないだろう。

 オーレリアはパンを千切ってスープに浸した。離宮の料理長特製の鶏肉とジャガイモとトマトのスープだ。

 マージはちらりと横目でオーレリアの手元を見ていた。

 オーレリアは立ち上がるととことことマージに近寄り、困惑を浮かべる彼女の口にパンを突っ込んだ。

「ふぐ!?」

「食べたいなら食べろ」

「……っ、……」

 文句を言おうとしたマージだったが、あまりの美味しさに言葉と共にパンを飲みこむことに専念したようだった。

「淋しいなら淋しいと言え」

 パンを飲み込み、改めて抗議しようとしたマージの口に再びパンを放り込む。

 マージは再びパンを咀嚼することに専念した。

「会いたいなら会いたいと言え」

「………っ!!」

 マージの瞳に涙が滲んだ。

 オーレリアはマージの声にならない叫びを聞いたような気がした。オーレリアはマージの背中をそっと撫でた。

「……意地を張り続けてはいけない。双子と嫌な別れ方をしたままではきっとお互い傷を抱えたままだ。……少しでも彼らを想う気持ちがあるなら、彼らの為に何を為せるか考えろ。……あなたなら、それが出来ると思う」

 マージは呆然とオーレリアを見つめた。真摯な碧色の瞳。今まで誰かにここまで真っ直ぐに見つめられたことなどなかった。自分を信じて貰ったことも。

 マージが何かを言おうとした、その時。

「殿下」

 不意にアーネストがすっとオーレリアに近寄って背中に庇うように立った。同時に扉が開き、人相の悪い男が入ってきた。

「マージ、おまえ、勝手にガキを売りやがったな」

 男は苛立ちも露わにマージに詰め寄ったが、アーネストに気付いて表情を消した。

「……なんだ、おまえ?」

 今のアーネストは人の良さそうな中年男の姿をしている。一瞬アーネストの存在にたじろいだ男だったが、すぐに相手が無害そうだと判断して居丈高に命令した。

「おいそこのおまえ。俺の女に手を出すとはいい度胸だな。殴られたくなければ銀貨10枚払え」

 アーネストは相手をするのも馬鹿らしいというように男を無視した。無視されたことに男は怒りを覚えたようだった。

「てめぇ、ふざけ」

 男が一歩近付いたところで突然転倒してそのまま動かなくなった。

「……アーネスト、今」

「雷撃で気絶させただけです。殿下に不用意に近付こうとした不届き者など、殺してもいいくらいですが」

 さらりと怖いことを言うアーネストに、オーレリアは真剣に言った。気分は猛獣を手懐ける猛獣使いだ。

「妾は何もされていない。気絶で十分だ」

(それに妾に近付こうとしたと言うよりは、アーネストに近付こうとしていただけだろう)

 アーネストに喧嘩を売ろうなど、殺されても自業自得と言われても仕方がない行為だから結局男に情状酌量の余地はないのだが。

「な、あんたら何を……」

 男が倒れたことにマージが恐ろしい物を見るような眼差しを向けた。

「あの男は眠っているだけだから心配ない。それよりあれは何者だ?」

 オーレリアは一応男の素性を聞いておくことにした。

「トールとリオンの……父親?」

「違う!あいつは……」

 男はマージの情夫だということだったが、アーネストに耳を塞がれてしまったのでよくわからなかった。

「殿下は知る必要のないことです」

 にっこりと綺麗に微笑まれているのに背筋が寒い。

「よくわからないが、わかった。……ともかくこの男が元凶なのだな?」

 マージは微かに頷いた。

 床に転がっている男は、幼い双子を抱えて途方に暮れていたマージにこの部屋を与え、時折訪れてはマージに僅かな生活費を与えていたという。けれど双子が成長するにつれて、その見目の良さからお金になると踏んで彼らをどこかへ連れて行くようになった。

 数時間が数日に及ぶようになり、帰ってきた時に双子はボロボロになっている。けれどマージは男の暴力が怖くて、双子を差し出してしまった。

 マージはこれ以上男に双子を好きにさせたら死んでしまうと思い、今回貴族相手の競売に彼らを売り払ったのだった。貴族ならば少しはいい暮らしが出来るだろうと期待して。それは都合のいい願望でしかないと薄々感じていたはずなのに、見ない振りをして。

 オーレリアに分かったのは、マージに他に行く当てがないこと、この男の援助なしに食べていけないこと、ただしその代償は双子の身柄だということ。

「マージ。この男か双子か。今選べ」

 オーレリアは真っ直ぐにマージの瞳を見て言った。オーレリアの姿はどこにでもいる少年に見えるのに、マージは逆らえない何かを感じた。強く美しい凛とした碧眼。人の上に立つ気品と威圧感を持った王者の眼差し。

「妾と共に来るか」

 魅了され、身体が震える。マージは小さくこくりと頷くことしか出来なかった。








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