17、オーレリアの下町探索2
「僕も行く」
オーレリアが街へ行くことを認める代わりに自分も行くことがウィルフレッドの出した結論だった。
いざという時は黒の魔力を持つ自分がオーレリアの暴走を止めることが出来るし、離れて待つより一緒にいた方が安心だった。
「兄さまも?」
既に火事から五日が経ち、ウィルフレッドは公爵邸へ帰らなければならないはずだが、オーレリアを心配してずっと側に居てくれた。
オーレリアは嬉しい反面、ウィルフレッドが帰る日が来るのが憂鬱だった。だからその淋しさを紛らわすためにも街へ出てみたいと思ったのだが、それはウィルフレッドが帰ってしまった後になるだろうと考えていたのだ。思いがけずウィルフレッドも一緒に行くことになり、オーレリアは胸の高鳴りを抑えることが出来なかった。
嬉しさを隠すことなく満面の笑みを浮かべるオーレリアに、ウィルフレッドも自然と笑顔になっていた。
オーレリアの波打つ髪に手を伸ばし、撫でるとオーレリアははにかんだ。
ウィルフレッドの内心にはオーレリアが外出を楽しみにしていることが伝わり、許可して良かったという気持ちと、閉じ込めておきたいという相反する気持が同じ比重で占められていた。
どちらを選んでも嬉しく、辛い。ウィルフレッドはそんな自分自身を少し持て余していた。
外出するメンバーはウィルフレッド、エリス、ガイ、アーネストにコリンだった。
コリンはウィルフレッドの護衛として同行を許されたのだった。
全員エリスの魔術で姿を変えての出発だ。オーレリアとウィルフレッドは十歳程の少年、エリスとガイは少し年長の十四、五歳の少年、アーネストとコリンは二十歳前後の大人の姿だ。それぞれどこにでもいるような特徴のない容姿になっており、街に入っても溶け込むだろうと思われた。
「あれは?」
「あれは鶏肉をヨーグルトに浸けておいたものに香辛料を絡めて焼いたものです」
「辛いのか?」
「どうでしょうね」
「少しだけ辛いと思うけど……オーレンは辛い物は苦手か?」
「食べたことがない」
「では試してみましょうか」
「待て、あんな得体の知れないものをリアに食べさせるつもりか」
見た目は普通の下町の住人だが、初めて訪れたといった雰囲気が言動から伝わり折角の変装を台無しにしていた。いっそ本来の姿のままだった方が違和感がなかったかもしれない。
コリンは頭を抱えた。
(めちゃめちゃ浮いてますよ……殿下方)
だがオーレリアが楽しそうなのでいいか、と思う。
自分がどんな敵からも守ればいいだけだし、そもそもアーネストがいる時点で何も起こる気がしない。事故やトラブルが自ら避けて行きそうだ。
「貴方は過保護過ぎです、ウィル」
街中で殿下と呼ぶのは憚られるためウィルと呼び捨てにすることは屋敷を出る前に伝えてあったが、エリスにそう呼ばれることは腹立たしいのか、ウィルフレッドの眉間に皺が寄った。
「あの鶏肉は明らかに異臭を放っていただろう!」
「……珍しいスパイスを何種類も使っていたようですね」
「刺激が強すぎる。慣れないスパイスは腹を壊す」
「にいさ……ウィル、これ美味しい」
「……リア!?」
エリスとウィルフレッドが言い争っている間にこっそりコリンに頼んで買って貰ったのだ。
「ウィル。オーレンです」
「ガイが毒味をしてくれました」
「美味い……です」
「ウィルも、あーん」
「!!」
オーレリアは食べかけの肉をウィルフレッドの口に放り込んだ。
ウィルフレッドはその意外にも柔らかくてジューシーな食感に驚いた。
「……美味い……」
「よかった」
思わず呟いたウィルフレッドにオーレリアはほっとしてふわりと微笑んだ。
ウィルフレッドは今オーレリアの素顔が見られないことを残念に思った。
一行は目的地があるわけではなく、適当にオーレリアが興味を惹かれるままに歩いた。
街の一角で壁を見上げている町人の話声が耳に届いた。
「なんで壁が焦げているのかねえ」
「夜中に火事があったらしいぞ」
「火事?それにしては煤けただけのようだが」
「すぐに消したんだろ」
「そんなことが可能か?火事になったら一区画焼き尽くすまで消えないのが普通だろう」
「ボヤ程度の火だったんじゃないか?朝守備隊がバケツ持って巡回してたぞ」
「守備隊が消したのか?」
「そうなんじゃないか?」
「なんにしろこれだけ広範囲に焦げ跡というのは謎だよな」
「煤塗れの巨人が街中を通り抜けたみたいだな」
オーレリアとウィルフレッドは顔を見合わせた。
「……謎の怪奇現象と思われているのですね」
「……まあ、真相はなかなか推理出来ないだろうな」
オーレリアは頷いた。後ろを振り返るとガイがぼんやりと煤けた壁を見上げていた。
「ガイ」
オーレリアはガイの手を取って歩き出した。
(気にするな、と言っても今は無駄であろうな……)
オーレリアはどうすればよいのか分からず自分が歯痒かった。ただ、ガイの手をしっかりと繋ぐことで少しでも自分が側に居ることを伝えたかった。
その時、高い声が響いた。
「トールー!リオーン!」
少年が噴水のある広場の前で大声を張り上げていた。道行く人々は驚いて一瞬足を止めるがすぐに何事もなかったかのように通り過ぎていく。
「どこ行っちゃったんだよぉ……」
少年は泣きそうな表情だった。
オーレリアは少年のことが気になって近付いた。
「リ……」
「ウィル」
オーレリアの名を呼びかけたウィルフレッドの腕を掴んでエリスが止める。その隙にオーレリアは少年の前に立っていた。
「……どうしたのだ?」
少年は話しかけられて慌てたように目元を拭うとパッと顔を上げた。
「あんた、トールとリオンを見かけなかったか!?」
「トールとリオン?」
「俺の友達だ。トールは翠色の髪でリオンは水色の髪の……」
オーレリアが首を横に振ると少年はがっかりしたように肩を落とした。
「もう何日も会ってないんだ。絶対何かあったんだ」
オーレリアは気の毒になり、励まそうとして協力を申し出た。
「一緒に探すよ」
その一言に少年の表情が明るくなった。
少し離れたところで少年が告げる特徴を聞いたガイには思い当る節があった。そっとエリスの袖を引いて耳打ちする。
「囚われていた子供の中にいたかもしれない」
エリスは頷くと少年の前に進み出て問いかけた。
「おまえの名前は?」
「ジョン」
「見かけたら連絡するよ。おまえの家はどこだ?」
「三番通りの端だよ。俺はもう少し向こうへ行ってみる」
ジョンは元気が出たようで、勢いよく走り出した。
少年が通りの向こうへ消えたのを確認してからエリスはオーレリアの耳元に囁いた。
「ガイが守備隊に預けた子供たちの中に似た特徴の子供を見ていますから可能性はあります。行ってみましょう」
オーレリアは天啓を得たかのように瞳を輝かせた。
(そうだ、ガイによって救われた者も確かにいるじゃないか!)
保護された子供たちを見れば、ガイも自分を赦せるだろうとオーレリアは思った。




