17、オーレリアの下町探索1
オーレリアの体調が整うまで暫くアーネストの屋敷で過ごすことになった。
まだ魔力も戻り切っていないため、暴走を起こす心配もないからだ。
離宮から侍女が呼び寄せられ、オーレリアのために居心地のよい空間が作られた。
オーレリアが離宮以外の場所で寝泊まりすることは初めてで、オーレリアは密かにわくわくしていた。初日はガイが心配でそれどころではなかったため、碌に屋敷を見ていなかったが、改めて見てみると重厚で趣のある建物だった。いつもとは違う内装に新鮮な気分を味わう。外に出ることは禁止されたが、オーレリアは十分楽しかった。それはウィルフレッドがずっとオーレリアの側にいてくれたからかもしれない。
倒れたオーレリアを心配してウィルフレッドは四六時中オーレリアにくっついていた。突然魔力切れを起こして倒れないように常に手を繋いだ状態で。
「リア、そろそろ休憩しよう。まだ体調が万全じゃないんだ。無理はしないで」
別にそれ程疲れてはいなかったが甘やかされることがくすぐったくてオーレリアは素直に従った。ウィルフレッドは長椅子に座ると、オーレリアの頭を自身の膝に落とす。
「眠って」
オーレリアの緩やかに波打つ髪を優しく撫でて眠りに誘う。
とろとろに甘やかされてオーレリアはこそばゆく、同時に幸せだった。
三日程経つと魔力もじわじわと回復してきたがまだ通常の半分程度だろうか。
身体も本調子に戻りつつある。むしろ魔力が許容量を超えない分、身体が楽に感じるくらいだった。その分屋敷の中に籠っていることにも飽きてきた。
オーレリアは外に出てみたいと思い始めていた。
「折角下町にいるのだ。この機会に街の者と話してみたい」
「……そうですね、いい勉強になるでしょう」
「殿下のお望みのままに」
オーレリアの希望に対し、エリスもアーネストも特に異論はないようだった。しかしウィルフレッドだけは反対した。
「リアを下町に!?許可できるわけないだろう!危険過ぎる」
「勿論幻惑の術で姿を変えて行きますよ。護衛にアーネスト殿も同行して頂きますし、リアは既に貧民街にも赴かれておいでです。下町の治安は貧民街程悪くはありませんのでご心配には及びません」
「だが今は火事騒ぎの後で町全体が落ち着かない雰囲気だ。人々は疑心暗鬼になっているのだろう?」
火事は一瞬で消火したとはいえ、壁に煤は残ってしまった。命に関わる程ではないにしろ火傷を負った人もいる。
町の人々の間であの火事はなんだったのかと噂になっているのは事実だった。
「だいたいリアが貧民街へ行ったこと自体間違っている。無事だったのは運が良かっただけで次も大丈夫という保証はどこにもないだろう」
オーレリアの身の安全は勿論のこと、配慮すべきは彼女の周りの者たちの安全だった。
エリスは知らないはずだがオーレリアの魔力が暴走して大惨事が起きる危険性もあったのだ。本来オーレリアは軽々しく離宮から出てはいけない存在なのだ。
「……ウィルフレッド殿下の御意見は尤もですが、オーレリア殿下を閉じ込めたままにしておくこともまた将来の禍根となると予言されております。今回はオーレリア殿下の魔力もまだ元に戻っていないことを考慮して、危険性は半減していると考えてよいかと」
エリスとウィルフレッドの話を静かに聞いていたアーネストが徐に口を挟んだ。彼にしては珍しいことだった。
オーレリアの事情を知っているアーネストにそう言われては、ウィルフレッドはそれ以上反対する根拠を失ってしまった。ぐっと拳を握りしめて唇を噛みしめる。
「……危険性というのは、リアの魔力が暴走する恐れがあるということですか?」
エリスの青い瞳が鋭くウィルフレッドの黒瞳を射抜く。
エリスが問うているのは自身に危害が加えられる時に働く防衛本能とは別種のもの。膨大過ぎる魔力を制御できず、災害級の被害が起きる可能性についてだ。
ウィルフレッドは軽く頷いた。エリスがその事実に気付いたのなら隠しておく必要もない。オーレリアの側にいる以上、知っておくべきことだからだ。
「……そうだ。リアがよく体調を崩すのはそのせいだ。あの子の魔力は現黒曜国最高魔力保持者といわれる陛下を遙かに凌ぐという」
「……!!」
「リアの側にいることが怖くなったか?」
挑戦的な視線を受けてエリスは眉間に皺を寄せた。
「……際どい情報をあっさり言わないでください。知った以上、後戻りは出来ないのでしょう?」
エリスとてオーレリアの魔力が多いことには気付いていた。しかし国王を越える程とまでは思っていなかった。
ウィルフレッドはくすっと笑った。
「別に。黒の魔術で記憶を消せばリアの前から姿を消しても構わないぞ」
「下手すると自我まで失う魔術でしょう、それ。お断りします」
エリスは嫌そうに言うと、何かを考えるように口を閉ざし目線を伏せた。暫くして顔を上げた彼の表情は決然としていた。
「……ウィルフレッド殿下。先ほどの問いの答えですが――俺は側を離れるつもりはありませんよ」
ウィルフレッドは目を細めてエリスを見つめた。彼の言葉が本心か探るように。
エリスはふっと口元を綻ばせた。覚悟など、とっくに出来ているのだ。
「リアは興味深い存在です。見ていて飽きない。離れるなど、そんな勿体無いことはしません」
その笑顔は柔らかく、美しかった。ウィルフレッドは腹の底がちりっと焼かれるような感覚を味わった。エリスがオーレリアのことを愛しく思っていることが苛立たしかった。
離宮に閉じ込められていたお姫さま。
今まで彼女の遊び相手は自分だけだったのに。
彼女のことを知るのは自分だけでいいとどこかで思っていたことを思い知らされた。
「……ならリアを危険に晒すのはやめろ」
「……リアが望むなら彼女の自由にさせてあげたいのです」
エリスはオーレリアを閉じ込めない。籠の扉を開けたら小鳥は二度と帰って来ないとは考えないのだろうか。あるいは美しい小鳥を攫われてしまうのではと恐れたりは。
ウィルフレッドは唇を真一文字に引き結んだ。
自分が心配し過ぎなのかそれとも狭量なのかあるいはそのどちらもなのか。どちらにせよ、自分とは真逆のエリスが眩しく、それが腹立たしくもあった。




