15、人攫い撲滅作戦後日譚―ガイの葛藤
エリスはウィルフレッドに目配せして少しだけオーレリアとガイが二人だけで話せるよう部屋の隅へと促した。ウィルフレッドは眉根を寄せたが仕方なさそうに壁際へ移動した。ただしエリスとは反対側へ。
ガイは何があったのかを詳しく話すことは出来なかった。気分の悪くなるような出来事を大切なオーレリアに話すつもりはなかった。小さな身体でガイをぎゅっと抱きしめてくれるオーレリアをガイは言葉なくただ抱きしめ返した。
オーレリアの温もりはガイに自分が無事帰還出来たことをしっかりと認識させてくれた。
一人で人身売買組織に潜入したことは想像以上にガイの心を蝕んでいたのだった。
「姫さま、俺は姫さまの側にいて……いいのかな」
ぽつりと零された言葉はガイにとってはとても深刻で重要な問いかけだった。けれどオーレリアはあっさりと言ってのけた。
「当たり前だ」
ガイは目を見開いてオーレリアを見つめ、真意を問うように瞳を細めた。
「姫さま、ちゃんと理解しているのか?あの火事は俺がやったんだぞ」
「火は消した。死者も大きな怪我を負った者もいない。問題ない」
「でもそのせいで姫さまは二日間も目を覚まさなかったって!」
「……寝ていただけだ。少し疲れたが、今はもう回復している」
「……本当にそれだけなのか?魔力の使い過ぎで身体を壊したんじゃ」
「大丈夫だ」
オーレリアが大丈夫だと言ってもガイは信じていないようだった。オーレリアは壁際に居るエリスに目を向けた。
「エリス」
目配せされて、エリスは仕方なさそうに答えた。
「……ええ、リアは回復して、問題はありません」
オーレリアは満足げに頷くとガイに向き直った。ガイは逡巡する様子でおそるおそる口を開いた。
「……姫さまは怖くないの?俺のこと」
オーレリアは困ったように首を傾げた。
「おまえは自分が突然発火するとでも思っているのか?……もしそうなら、エリスやアーネストが絶対におまえを妾に近づけさせないはずだ。違うか?」
オーレリアが冗談めかして言うと、ガイは瞬いたあと、思わず笑った。
「……そうだね、その通りだ」
自分を信じられなくとも、エリスやアーネストが許しているのであれば大丈夫だと思ってしまった。
彼らがガイを自由にさせているということは彼らがガイを無害と判断している証に他ならなかった。
その事実がガイの気持ちを楽にさせた。
ガイが振り返ると部屋の端で成り行きを見守っていたエリスが片眉を上げた。
「……ガイ。自分を信じられないならば信じられるようになるまで魔力制御の訓練をやるだけです。他に何を悩む必要があるというのです?」
ガイは驚いて目を瞬かせた。他にいくらでも悩むことはあるはずだが、どれも些末な気がしてきた。
側にいて、いいのだと。側に居たいのなら努力し、足掻けと声援を送られた気がした。
「……僕はおまえがリアに近付くことは最初から反対だけどな。……というか、いつまで甘えているつもりだ」
部屋の反対側にいたウィルフレッドが痺れを切らしてつかつかとオーレリアに近付くと、ガイから引き離して自身の腕に閉じ込めた。
ガイはウィルフレッドの行動に呆気に取られて固まったが、元々敵視されていたため相変わらずだと思っただけだった。そのウィルフレッドにしても、自分がオーレリアと話すことを黙認してくれていたことに気付く。
エリスはウィルフレッドの独占欲に呆れたような眼差しを向けながらも潮時と判断してガイを促して退室した。
「リアの体調もまだ万全ではありませんからね。……殿下、リアを休ませて差し上げてください」
「……わかっている」
「リア、ゆっくり休んでください」
「ありがとう、エリス」
*
エリスたちが部屋を出た後、ウィルフレッドはオーレリアを寝台に押し倒すようにして寝かしつけた。
「兄さま、あの。聞きたいことが」
「もう一眠りしてからにしろ。疲れただろう?」
「……お父さまのことです。……心配してたって」
落ち着かなげに視線を彷徨わせるオーレリアにウィルフレッドは柔らかく微笑んだ。
「あぁ、とてもね。公務がおありだから渋々帰られたけれど」
アーネストやエリスに何度も何度も無事を確認して、ウィルフレッドには片時もそばを離れるなと約束させて本当に渋々帰っていったのだと、ウィルフレッドは苦笑と共に語った。
「……!!」
オーレリアの頬が桃色に染まる。不謹慎だけれど心配されていたと聞いて嬉しくなってしまったのだろう。ウィルフレッドは微笑んであやすようにオーレリアの頭を撫でた。
「もう眠れ、リア」
オーレリアは次第にうとうとし始め、やがてすうすうと安らかな寝息を立てて眠りについた。




