14、人攫い撲滅作戦後日譚―ウィルフレッドへの報告2
上半身を起こして寝台に座った体勢でオーレリアは人身売買組織殲滅作戦のことを話した。
「ふぅん……。ガイを心配して、ね」
オーレリアが説明し終わっても、ウィルフレッドは納得がいかないという風に眉根を寄せた。
「それであんな大規模な魔術を」
オーレリアは必死だったのでそれがどれ程の規模の魔術だったのか把握していなかった。ただ、火事の範囲が相当広かったことは覚えている。あれを全部消すのは結構な労力だったことも。
「兄さまはあの時の魔術をご覧になられたのですか?」
「……王城に近いうちの屋敷からはっきりと見えたよ。この王都は王城を頂点になだらかな丘になっているからね。暗闇に突如広範囲に火が回って、それが数分で消えたんだ。幻かと思ったよ」
一瞬だが火事を覆うように黒い結界が築かれ、黒い炎が赤い炎を呑みこむように消したのが見えたため、王族の力が発動したのだと分かった。それと同時にその魔力がオーレリアのものだと気付いた。
「自分でもあの時の集中力は奇跡だったと思います。……民にあまり被害が及んでいなければよいのですが」
「それは心配ないよ。すぐに消えたから。全くの無傷というわけにはいかなかったが精々軽症の火傷で済んだようだ」
「よかった」
オーレリアはほっと胸を撫で下ろした。
「よかった、じゃないよ」
言葉と共に、ウィルフレッドに抱きしめられた。
「リアが無事だったからよかったけど、火事が収まらなかったらリアも危なかったんだ。……二日も目を覚まさないし。……僕は生きた心地がしなかった。リアの魔力が暴走する危険もあったし、本当に奇跡的にうまくいっただけで、失敗する確率の方が高かったの、分かってる?僕が死ぬほど心配したってことも」
言葉と表情は怒りを伝えて来るけれど、オーレリアを抱きしめる腕は壊れ物を扱うようにそっと、優しく包み込んでいた。ウィルフレッドの胸に顔を埋めるように抱きしめられていたため、彼の心音が激しく鳴っていることにも気付いた。本当に心配をしていたのだとその音が何よりも雄弁に語っていた。
「にいさま、ごめんなさい……」
オーレリアはウィルフレッドに心配をかけてしまったというのに、何故か胸の奥がじんわりと温かく、満ち足りた気分だった。不謹慎にも嬉しいとまで思ってしまった。
「……でも、リア。よく頑張ったね」
ウィルフレッドの温かな手が優しくオーレリアの頭を撫でた。
「…………!」
褒めて貰えるなどと思ってもいなかったので、まさかの不意打ちにオーレリアの胸がきゅんと震えた。
そこへ冷ややかな声が割り込んだ。
「――そろそろリアの独り占めをやめて頂けませんか、殿下」
「……全く、無粋な。『待て』も出来ないのか。それからリアと馴れ馴れしく呼ぶな」
「生憎と俺は貴方の犬ではありませんので。リアと呼ぶことは本人の許可を得ています」
突然寒風が吹き荒れた。温かかった胸は瞬時に凍り付いた。オーレリアは頬を引き攣らせて後ろを振り返った。
「……エリス?」
エリスがにこりと笑みを浮かべた。
「リア。心配しました」
「……心配かけて悪かった」
いつの間にか開いていた扉からエリスが優美に近寄って来る。その後ろにはコリンとガイもいた。ガイの姿にオーレリアの胸がどくりと鳴った。
「ガイ!無事なのか?」
オーレリアは寝台を飛び下りてガイの前に立った。ガイはオーレリアの勢いに少し驚いたが、こくりと小さく頷いた。
本人の言葉通りどこにも怪我がないかオーレリアはぺたぺたとガイの腕やお腹に手を当てて確かめて、漸く納得した。ガイは硬直していたがオーレリアはお構いなしだった。
「……よかった」
安堵と共にじわりと涙が浮かび眦から流れ落ちる。
「……姫さま」
咄嗟にオーレリアの涙を拭おうと伸ばされた手は頬に触れる直前で止まり、躊躇うように僅かに揺れたがそのまま力なく下ろされ、ぎゅっと握りこまれた。
ガイは泣くオーレリアに動揺しながらも、どこか苦しそうに表情を歪め、俯いた。握りこんだ拳は小刻みに震えていた。
「……俺、が火を」
その姿はあの火事の時、オーレリアが見た白昼夢の中のガイそのままだった。
(――ああ、やはり。あれはガイが妾に救けを求めていた姿だったのだな)
オーレリアはガイの言葉の続きを待たずに少年を抱きしめた。オーレリアの方が小柄な為、見た目は完全にオーレリアがガイに甘えている図だが、オーレリアの気持ちとしては震えるガイを慰めてあげたいと思ったのだ。
「……ガイ。おまえを一人で行かせてすまなかった」
ガイの身体がぴくりと震えた。オーレリアは宥めるようにガイの背中を優しく撫でた。
(やはり妾も行くべきだった……。ガイが辛いときに近くにいてやれなかった)
ガイが身動ぎした。
「……姫さま、俺に触っちゃいけない」
「……ガイ?」
「俺が火事を起こしたんだ、だから」
ぐいっと両肩を押されてオーレリアはガイから引き離された。顔を上げると苦しそうに眉根を寄せたガイが真っ直ぐにオーレリアを見つめていた。
「俺は……自分で自分が信じられない。また同じことを起こすかもしれない。……だから」
「……だから?」
オーレリアは小首を傾げて静かに問うた。
「妾はガイが無闇に火事を起こすとは思っておらぬ。おまえに触れたからといって焼かれるなどと微塵も心配しておらぬ。むしろ今のおまえは抱きしめてやらねばならぬと感じている。……何があったか話せ。妾はおまえの保護者だ」
オーレリアは引き離された分、一歩前へガイに近付き、両手を伸ばしてガイの頬を挟むと、しっかりとガイの瞳を見つめて、ひとことひとことゆっくりと刻み込むように言った。
澄んだ碧の瞳に真っ直ぐ射抜かれて、ガイは息を飲んだ。
自分よりも幼くて小さな女の子なのに深く包み込まれるような錯覚を覚える。凛とした眼差しは力強く、ガイの葛藤を容易く薙ぎ払う。
オーレリアは宣言通りガイを抱きしめた。ガイも今度はその温もりを引き剥がすことが出来なかった。




