18話「静かな午後と封筒」
「あ〜あ、今から図書委員会の会議かぁ……」
午後の授業が終わり、校舎内に少しずつ解放感が満ちていく時間帯。
教室では帰宅準備を始める生徒、部活動に向かう生徒たちが入り混じり、あちこちから椅子を引く音や楽しげな声が聞こえてくる。
そんな中、私はナナセと並んで本館校舎の外へと向かっていた。
肩を落とし、思わず零れたため息は、自分でも呆れるほどだらしない。
「ふふっ、私は楽しみだな。今度はどんな本が増えるんだろうって考えるだけで」
ナナセは足取りも軽く、弾むような声でそう言った。
相変わらずこの子は、図書館に行くというだけで機嫌が良い。
「そういえばシリカちゃん、あんまり本読まないよね?」
「うん……難しい本はね。ページ開いた瞬間、魔法みたいに眠くなっちゃうのよ」
自分で言っておいて、少し情けなくなる。
「冒険譚とか、英雄が活躍するやつなら最後まで読めるんだけど」
「そうなんだ。それじゃあ今度、シリカちゃんでも読みやすいの探してあげるね」
ナナセは本当に悪気なく言うから、余計に反応に困る。
そんな他愛ない会話をしながら、本館校舎の正面入口に差しかかった時だった。
「あれ?」
ナナセの視線の先に、見覚えのある後ろ姿があった。
「あ、リディちゃん。今日はもう帰るの?」
声をかけると、リディがゆっくりと振り返る。
その動作一つ一つが、いちいち様になるのが腹立たしい。
「あら、ナナセさんでしたか」
涼しげな微笑みを浮かべ、軽く会釈をする。
「今日は生徒会役員の集まりがあるって言ってなかった?」
「えっ?ーーええ、本来はそうでしたの。でも――」
そこで一瞬だけ、リディの視線が宙を泳いだ。
「どうやら生徒会長に急用が入ったらしく、後日に延期になりましたの」
「じゃあ今日はもう寮に帰るの?」
「……ええ、そうですわね。特に他の用事もありませんから」
ほんのわずかな間。
気のせいかもしれないけれど、返事までに一拍置いたのが引っかかる。
「……ねえ、リディ」
私の視線は、彼女の手元に自然と向いていた。
「さっきから気になってたんだけど、その手に持ってるの、何?」
リディの指先には、淡い色の封筒が一枚。
無意識に撫でるような仕草が、妙に意味ありげだった。
「……まあ、そうですわね」
少しだけ目を伏せてから、さらりと言う。
「ラブレター、といったところですわ」
「――え?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「リディちゃん、昔からよく後輩の子に貰うよね」
ナナセは慣れた様子で言う。
「今回も?」
「ふふっ、モテる女は辛いですわね」
そう言って、髪をかきあげながら優雅に微笑む。
……くっ、腹立つくらい似合ってる。
って待って、ラブレター?
「え!? 後輩って……ここ女子校よ? そ、そのラブレターって普通……」
「シリカちゃん、知らなかったの?」
ナナセが首を傾げる。
「リディちゃん、昔からこういうお手紙、結構貰ってたんだよ?」
「ちょっと! そんな話、初耳なんだけど!」
「私のような文武両道、容姿端麗な先輩に憧れを抱く後輩の気持ち、理解はできますわ」
自信満々にも程がある。
「……その後輩、趣味悪いんじゃないの?」
「ひょっとして、羨ましいんですの?まぁシリカさんには縁遠いお話ですし、驚くもの無理ありませんわね」
リディは小さく笑い、私を上から下まで一瞥した。
「な、なによ……」
「貴方も素材は悪くありませんのよ?もう少し内面と外面を磨けば、ですけれど」
「……あ、それと頭の中身も、ですわね」
「それ全部じゃない!?」
思わず声を荒げると、ナナセが慌てて間に入った。
「だ、大丈夫だよシリカちゃん。シリカちゃんにはシリカちゃんの魅力があるから」
「……たとえば?」
「力持ちだし、私のお菓子やお料理の試作品、いつも全部食べてくれるし」
――それ、フォローになってない。
「それでは、そろそろ失礼しますわ」
リディは封筒を胸元に抱き、軽く一礼する。
「うん、また後でね」
ナナセが手を振ると、リディは優雅に背を向けて歩き去っていった。
「……ぐぬぬ」
「それじゃ、私たちも行こうか」
ナナセに促され、私は渋々歩き出した。
本館校舎を抜け、図書館棟へと続く道に出る。
遠くでは陸上部の掛け声が響き、魔導箒に乗った生徒たちが空を切る音がする。
『箒レース部』の部員たちが、青空を背景に弧を描いて飛び交っていた。
やがて喧騒は背後に遠ざかり、周囲は次第に静けさを帯びていく。
石畳の道の両脇には手入れの行き届いた花壇が広がり、季節の花々が柔らかな色彩を添えていた。
小さな池がいくつも点在し、水面を渡る風がかすかな波紋を描く。
どこからか鳥のさえずりが聞こえ、時間の流れまで穏やかになる気がした。
そして、その静寂の中心に――
数階建ての巨大な図書館棟が姿を現す。
白を基調とした重厚な外壁。
精緻な装飾が施された豪奢な門は、まるで貴族の館のようだ。
「……何度見ても、場違い感すごいわよね」
中等部の学園施設とは思えない威圧感に、思わず呟く。
「私は好きだけどな。この感じ」
ナナセは嬉しそうに門を見上げる。
門の前に立ち、私たちは姿勢を正える。
「二年A組、ナナセ・ハーヴェストです」 「同じく、シリカ・アルステリアです」
名を告げると、重厚な扉が静かに軋みを上げて開いた。
中は外観以上に圧巻だった。
シックな色合いで統一された内装。
高い天井からはシャンデリアと魔法灯が柔らかな光を落とし、無数の本棚が壁一面を埋め尽くしている。
長机やソファには既に何人もの生徒が腰を下ろし、それぞれの世界に没頭していた。
ページをめくる音だけが、心地よく響く。
「……やっぱり落ち着かない」
「私は落ち着くと思うけどな」
ナナセは小声で返し、中央の大階段を登っていく。
階段を上がった先、関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉の前で、私は軽くノックをした。
中に入ると、そこはカフェのように洒落た空間だった。
柔らかな照明、木製のテーブル。
奥には本が無造作に積み上げられた机があり、その陰から声がする。
「おやおや」
楽しげな声。
「これはこれは、シリカくんにナナセくんじゃないか」
姿を現したのは、この巨大な図書館棟を管理する人物
――ルールーさんだった。
「どうしたんだい? 今日は参考書探しかな?」




