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17話「魔導書の食事」


「よし、この辺りならいいかな……」


俺はゆっくりと足を止め、周囲を見回す。

中庭の奥――大きな樹木が何本も立ち並ぶ、その影に隠れるように置かれたベンチ。


午後五時を少し回ったこの時間帯は、授業を終えた生徒たちが各々の時間を過ごし始める頃だ。

遠くから聞こえてくるのは、楽しげな話し声。

部活動だろうか、規則正しい掛け声や、金属音のようなものも混じっている。


風に揺れる木々の葉が擦れ合い、乾いた音を立てるたび、学園という場所が“生きている”ことを実感させられる。


そんな中、俺はベンチに腰を下ろした。

紙袋の中に手を入れ、包み紙にくるまれたパンを一つ取り出す。

レタスとトマトらしき野菜が挟まれたそれは、見た目だけならこの世界の軽食としてはかなり出来がいい。いわゆるサンドイッチだ。


「……よし。ここなら、ひとまず誰にも見られないよな……」


思わず周囲を警戒する仕草をしてしまう。

傍から見れば完全に不審者だ。

だが、違う。断じて違う。


(別に、いかがわしい事をするわけじゃないからな……)


誰に向けた言い訳なのか分からないまま、心の中でそう呟く。


「よし……じゃあ、『食べさせるか』」


俺はサンドイッチを一旦ベンチの横に置き、鞄の中から赤い魔導書を取り出した。

今や、俺の生命線とも言える存在。

だが、それでも――この本に触れるたび、胸の奥がざわつく。

どうしても、あの召喚事件の光景が頭をよぎるからだ。


ページをぱらぱらと無造作にめくり、適当なところで止める。

そして、開いた魔導書の上に、包み紙ごとサンドイッチをそっと置いた。


次の瞬間。


魔導書が、ぼんやりと赤く光る。

それから――パタン、と音を立てて本が閉じた。

まるで、獲物を飲み込むかのように。

数秒後、再びゆっくりと本が開く。


そこに残っていたのは、先ほどまでサンドイッチを包んでいた紙切れだけだった。


「……やっぱり、これ……どう見ても“食事”だよな……」


喉の奥が乾く。


俺は、副校長からこの魔導書を渡されたときに聞かされた、“条件”を思い返していた。


この魔導書の使用条件


その1:触れている間だけ使用可能。手を離すと即座に魔法効果が切れる。


その2:一日十回まで使用可能。詠唱して魔法を成立させた時点でカウント。


その3:開いているページの魔法のみ使用可能。ページをめくらない限り他の魔法は使えない。


その4:詠唱必須。無詠唱不可。


その5:一日一回、“食事”が必要。魔導書自体が魔力エネルギーを摂取する存在であり、食事を与えなければ翌日以降使用不可。


昨日の夜は、シリカがくれたクッキーを少し食べさせた。


……正直、疑問は尽きない。


本が食事をするなんて、どう考えても異常だ。

それでも――。


(この世界で正体を隠して生きていくには、これが無いと詰む)


どれだけ怪しかろうが。

学院長や副校長が、俺に何かを隠していたとしても。

全部飲み込んで、前に進むしかない。


「……本当は昼飯の時に済ませても良かったんだけどな……」


人目が多すぎて、さすがに無理だった。




――時間は、少し前に遡る。




午前の授業を終え、クルルに話しかけられ、ミラルトとの会話を終えた俺は、そのまま食堂へ向かった。

正直、混雑すると言っても、せいぜい列に並ぶ程度だと思っていた。

だが、その認識は甘かった。


アニムス学園全校生徒二千名超え。

その胃袋を支える場所は、規模も熱量も、俺の知る“食堂”とは次元が違った。


俺が使ったのは、通称「一年生食堂」。

名前の通り、一年生が主に利用する場所だ。

一学年だけでも、ざっと七百人近い。

空腹を抱えた生徒たちが、波のように押し寄せている。

配給カウンターは複数あるが、どこも人で埋め尽くされていた。


(女子中学生とはいえ……食べ盛り、恐るべしだな……)


気後れしつつも列に並び、なんとか昼食を確保する。

そのついでに、魔導書用のサンドイッチも購入した。


(満員電車に詰め込まれるサラリーマン気分だ…………いや、社会人経験ないけど)


奇跡的に空いた席に座り、俺はカレーライスを口に運ぶ。

少しスパイシーだが、味は驚くほど馴染み深い。


(異世界でも、カレーは裏切らないのか……)


よく分からない具材もあったが、気にせず完食した。


その帰り際、食堂の中でシリカを見かけた。

ミラルト、ナナセと一緒に食事をしていたらしい。

ふと視線を落とすと――シリカの皿だけ、明らかに量が多い。


「こ、これは! 今日はたまたま凄くお腹空いてただけだから!ほ、ほら! 今朝、変な奴らに絡まれたし!」


「……あ、あはは。まぁ、午後の授業に支障が出ないようにね」


それ以上、何も言わずに背を向けてその場を離れる。

それなのに――。


(……なんか、すげぇ視線を感じるんだけど……)


俺は何も言ってないじゃないか、シリカさん……


そのチクチクする視線に耐えながら食堂を出て、午後の授業をこなして現在に至る。


そして、


「ふぅ……なんとか今日も乗り切れたな……」


包み紙を丸め、近くのゴミ箱に放り込む。


(元の世界に戻れるのは、いつになるんだろうな……


 俺、ちゃんと隠し通してやっていけるのか……?)


漠然とした不安の中、魔導書を見つめていると――


「先生!!!!テンリュウ先生!!」


突然、空気を切り裂くような声。


「な、何だ!?」


思考が一気に現実へ引き戻される。


声の主は――シリカだった。

中庭の端にいる俺を見つけると、迷いなく駆けてくる。

勢いそのままに俺の前まで来ると、少し咳き込みながら立ち止まった。

そして――次の瞬間。


「先生!! 大変なの!リ、リディが――!」


その必死な表情を見た瞬間、

俺の背筋に、嫌な汗がじわりと滲んだ。

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