暴走と悪事 【il1】
「技術A班、準備完了しました」
「こちら魔法省、同じく完了しました」
「B班、C班ともにコードの検出に成功、いつでも大丈夫です」
各々の技術者、魔導師は準備が完了したことを告げた。
王はその様子に満足気である。
「わかりました。
…それでは、コードをE班―――プログラム班へ、魔法省の方は詠唱の準備をお願いします」
「「了解」」
コードというのは、最終調整により生まれた、理想郷へ変換する為のパスワードである。
プログラム班はこの後、コードをメインコンピュータに投入して、確実に制御下に置き理想郷を実現させる重要な役目を控えている。
魔法省は、逆に各自がコンピュータの動きを活性化させるための魔法を発動するため、大規模な魔法陣を描いた。
その中央にそれぞれの魔力を注ぎ、大きなエネルギーを作り上げようと詠唱を始めた。
一方片隅では、プログラム班の一員であるイブキは疑いを隠せない眼差しで光景を見ていた。
「………」
「なんだ? これから出会える瞬間に感動して言葉を失っちまったのかイブキ?」
「ちげーよ、…本当に成功するんだろうな?」
不安なのか、と茶化してくるのは彼の上司にあたる人物だ。
上司は楽しげにイブキの肩を抱き、宥めるようにこう伝えた。
「疑惑は抱いてはいけない、成功させるためにオレたちがいるんだろ?」
「まあ…」
それでも、イブキの青い目はやはり曇っていた。
次の瞬間に、プログラム班の他の班員が完了の声を上げた。
王はそれを聞き、準備が整ったことを場につたえた。
「えー…皆さんの準備がすんだようなので…
これより、全プログラムの解放をお願いします」
プログラム班は各自コンピュータに向き合い、魔法省は発動の詠唱を始めた。
カタカタと鳴り響くタッチ音と、無機質な詠唱の声が場を包む。
一通りが済んだのか、しばらくしたら辺りは静かになった。
まるで嵐の前の静けさだ静けさだ、とイブキはメインコンピュータと、自信満々に笑顔をうかべる王を目の端で捉えた。
そして王は、最後の号令をかけた。
「……さて、あとはこのボタンを押すだけで世界は変わります。
私達の力が正しいと、証明しましょう」
「盛り上がってるなー…今日は記念日にでもなるのかな」
塔の下に広がる街の中心部は、いつにもなく盛り上がっていた。
彼女自身、そこまで中心部に頻繁に訪れる訳では無い。
それでもこの街は、お祭りの前を向かえているようだと、彼女は感じていた。
「ユアもイブキも、この景色見てるのかな?」
理想郷がこの街に訪れるんだ。と、優越感に浸る。
ナオもまた、楽しそうに塔を見上げていた。
――現実は甘くはなかったと、その場の全員が感じた。
王がボタンを押すと、辺りにけたたましく警報がなり響いた。
魔法の力が暴走して、コードを侵食してしまったのだろうか。
各々の研究者はその場でざわついていた。
「メインルームより各部へ、メインルームより各部へ!
ただいま、メインルームにて爆発事故が15分後に予知されました!
規模はおよそ、この街から全方位へ半径10万キロ程! 直ちに職員は、住民を連れて避難してください!
繰り返します!―――」
――爆発だと!?
――やだ、どうしよう…!?
――この範囲だと、街は愚か、隣町にまでも甚大な被害が出るぞ!
様々な推測、悲鳴の声がイブキの耳に届く。
爆発が起きるほどの実験になってしまうとは、誰も予想はしなかった。 だからこそ、ここまで皆が怯えてしまうのも無理はない。
「言わんこっちゃねえ…どうする?」
イブキは横にいる上司に判断を委ねる。
上司は言わずとも、と指令を下す。
「決まってんだろ、やるぞ」
イブキと上司は、メインコンピュータ前で固まっている王に意見を提示した。
「王! 私たちプログラム班なら、事態を改善できるかもしれません!」
「な、なんだと!?」
それを聞き、救世の一手だと王は解釈した。
そして、イブキと上司に命令を下した。
「直ぐに開始しろ! 被害だけは抑えるのだ!」
「はい!」
上司はけたたましく鳴り響くサイレンに負けない声量で、全プログラム班に声をかけた。
「プログラム班! 今から俺たちでこの爆破被害を改善させる! 相手はコンピュータ、ならば俺達の力で抑えられるはずだ!
全員配置につけ! メインは俺とイブキで担当する、あとは任せるぞ!」
「「了解!」」
上司の部下達は威勢よく返事をした。
とても勇気のある行為を、どこかで誰かは賞賛した。
「回復しました!」
「同じく、幅の調整終了!」
素早く処理を終えていく班員達は、次々に終了の合図を出した。
上司はニッと笑って聞き入れ、次の命令を下した。
「よし、あとはお前らも避難しろ!」
「で、ですがそちらはまだ…!」
――自分たちだけが避難する…
上司と、未だ作業が完了していないイブキを見つめて
部下は心配そうに反論する。
しかし上司は部下の背中を押して、安心させるようにこう付け足した。
「任せとけ、この俺が見込んだ弟子と俺がいるんだ!」
「…分かりました、お気をつけて!」
「そっちもな!」
――行くぞ!と言う掛け声の元、部下達は脱出用の道に駆けて行った。
一方で、荒い声を上げながら、イブキはメインコンピュータにハッキングを仕掛け、コンピュータの主導権を直そうとしていた。
しかし、何重にも巡らされたセキュリティや、ハッキングする度に現れるパスワードに警告のサインなどで、時間は他の数倍かかっていた。
爆発までの残り時間は後7分、その数字がイブキをより焦らせていた。
「……あーくっそ、直んねえぞ!」
「落ち着けイブキ! 打開策なら一つだけある!」
「なんだよ早く言え!」
上司は、彼が苦戦しているものを瞬時に見抜いた。
そして、彼の目を見て叫んだ。
「お前のプログラムを使え! そうしたら制御が効く!」
「なんだと…!?」
プログラムを用いてメインコンピュータを統一させる。と、上司は命令を降した。
イブキは独自で様々なプログラムの開発をしていた。恐らく上司もそれを分かっていたのだろう。
――本当にこれで解決するのか、と疑問を抱きながら、
イブキはポケットに入った黒いメモリーを取り出した。
「……プログラムは、ここにある」
上司の目にはしっかりとプログラム用のメモリーが写り、彼の行動に賞賛の笑みを浮かべた。
「成程……予め持ってきていたわけか?」
「あぁ、これがアンタのいってた俺のプログラム……【il1】だろ?」
彼の手に握られているのは、正しく上司が求めたプログラムソフトだった。
果たしてそれはこの先をいいものへ導いてくれる鍵となるのか または悪いものへ、荒廃させていくのか……
――上等じゃねえか、良い方へと導かせてやるよ
と、上司は強く決意し、Yesと答えを示した。
「おう! 少しこれ借りるぞ!」
上司は早速メモリーをメインコンピュータの差し込み口に刺した。
警報をかき鳴らして、WARNINGの文字を表していた画面を上書きするかのように、メモリーのパスワード入力画面が現れた。
「イブキ、パスワードは――」
「貸せ」
イブキは上司に代わり、素早くキーボードを打ち込む。
上司にはその文字はなにか意味を残しているように見えた。
しかし、彼には初めの文字が『l』、最後が『s』ということしか拾えなかった。
パスワードを考えているうちに、イブキから声がかかる。
「上司、開いたぞ」
「よし……あとは…」
――今は考えていても仕方がない。
全てが終わったら、教えて貰えたらいいな
と、考えを中断させた。
上司はイブキに近づき、「悪い」と、彼を脱出ポッドへと押しのけた。
「な、何するんだ…!」
咄嗟のことに判断が出来ず、力任せに脱出用ワープポイントまで押されてしまう。
直ぐに出ようとするも、メインコンピュータが即座にそれを妨害した。
……今のメインコンピュータの操作権は、上司にある。
イブキはただ、「開けろ!おい!上司!」とポイント越しに怒鳴ることしか出来なかった。
「いいかイブキ、よく聞け!
お前は今から脱出用ワープで外に逃げろ。後は俺が始末をつける」
「馬鹿な事言ってんじゃねえぞ。さっさと片付けてお前も乗れ!」
「上司の命令が聞けないか!!」
「ちっ……」
上司は、誰よりも部下を思っていた。
だからこそ、最後の大仕事は自らの手で始末をつけようと、イブキにはそう考えられた。
しかし、どうしても腑に落ちなかった。
何故ならそのプログラムは、言い換えれば『イブキだからこそ、使えるもの』だからである。
「…悪いが、その命令は聞けない」
「なっ…!?」
イブキは懐にあるもう一つの黒い塊を瞬時に取り出した。――対人用の銃である。
3種類の弾を同時に仕込むことが出来る、街が作り上げた兵器のひとつをイブキはあらかじめ持参していたのだ。
一発目のギアを破壊弾に切り替え、まずはポッドの妨害センサーを破壊。
道が開けたと同時に素早くギアを切り替え、上司が唖然としてる隙に間合いを詰める。
「少し、寝てろ」
――――――バンッ
と部屋中に発砲音が響き渡る。
弾は上司の右肩に当たり、上司はそのまま倒れた。
「がっ……!!」
今放った弾の中には、強烈な催眠弾を仕込んでいた。
体のどこに当たっても、強い睡魔に襲われて一瞬のうちに寝入ってしまうという弾である。
倒れた上司を片隅に、イブキは表情を暗くした。
「…悪いことしたな、生憎だがこの仕事は俺が引き受ける」
脱出用ワープポイントまで上司を運び、安全地までワープするように設定した。
ワープを命令すると、ポイントは緑色の光を帯びて彼を転移させるように作動した。
「…なあ、何故上司が引き受けようとしたんだ」
誰もいなくなった部屋にひとつの声がこだました。
――――――本当はこのプログラムは、決して良いものにはならない。 どう足掻いても、出来る手段は限られている。 ……これは、街にとって悪いことを導く道具なんだ。
悲しげに、誰にも聞こえない声で、彼は孤独にそう呟いた。
――――――……あぁそうだよ、お前までが悪に染まる必要はないんだ。
ふぅ……と、ため息をつき、眼光を鋭く光らせた。
口元は、緩く上がっていた。
「………さて、ここからは悪事の時間だ」




