哀愁と遺産
「おはよぉ……眠い…」
朝を苦手とするか弱い声が洞窟中をこだました。この水の魔導師はどうもこの時間帯が苦手らしい。眠そうに青眼を擦り、ふぁあ…と大きくあくびをひとつついた。
一方で相方の黒衣の技術士…イブキは、既に目を覚まして洞窟の隅に座っていた。先日口にした腹の足しになる薬、満腹薬を口に放り込んで、無心になってそれを噛んでいた。どうやらこの薬は噛むことで弾力も味わうことができるらしい。変わらず無味な非常食ではあったが、普段から遅くまで仕事をしている彼には必須の薬であった。
「準備が出来たら出発するぞ。方角は定まってるか?」
「うん。この洞窟を出て……あっちの方向だよ!」
ナオは細い指を、相変わらず何も無い荒野に向けて目的地を指し示す。跡形もなくなったこの大地に、イブキは何度目かのため息をついて、またそっと言葉を紡ぐ。
「……俺が、直さねぇと…」
「? どうしたの?」
暗い群青の目は影を取り込み、より一層深く闇に落ちた眼差しを地面に向けていた。罪悪感という言葉だけでは収まりきらないほどの感情と、自らが託されたという使命感に駆られるが、それもまた必然だったと、冷静を取り戻そうとする。普通なら壊れてもおかしくない精神状態にあった。そのため、時折こうして自らの罪に潰されかけてしまうのだ。
「……何でもない。先を急ぐぞ」
「う、うん……分かった」
ナオは、なんとなくの感覚でしか彼の傷に気づくことが出来なかった。共にこの街を直せばいいであろうと捉えている為か、完全に相方を理解することが不可能であった。それが、いずれ彼との間に暗雲を呼ぶことを、彼女はまだ微塵も感じていなかった。
〜〜〜
「だいぶ歩いたねー……大丈夫?」
荒野は炎天下に近い気温になってきた。いくら歩いても変わらない景色と嫌な感じのする空気に、2人はいい加減慣れてきてしまった。数多くの種類の汚染ガスなどが混在した現在の空気の中では普段より体力の消耗が激しかった。
ナオは魔導師の仕事などで体力にはそこそこ自信があったため、悠々と歩くことが出来た。しかし相方の技術士はどうだろうかと、心配そうに目線を配る。
「俺は問題ないが……少し休むか?」
「んー……大丈夫! まだいけるよ」
「そうか。なら……もう少し歩くとしよう」
華奢な体のどこにそんな体力があるのだろうと一瞥して、ナオは彼に声をかけた。
「イブキって意外と体力あるね。僕、君の方が早くへばるんじゃないかって思ってたよ」
「……あまり、普段動かないけどな。仕事の関連で凄く体を動かす時が、たまにあるから…体力は無いわけじゃない」
「へぇー…。普段どんな仕事してるの?」
思い出すように眉間の下を指でつまみ、昔にやっていた職をなぞるように思い出していく。その部位をつまむのは昔からのイブキの癖であった。ナオはその素振りを和むような目で見つめていた。
「俺は普段、同僚や上司達と街のプログラム作ってる。
あとは……王が下した、ちょっとした訓練と……そんな所か」
「王様から直々にって凄くない? それは、プログラム科でとか…そんな感じなの?」
「一部の科に設けられているだけで、一般化はされていない。加えて、基本的に普段の仕事が多忙だから…そっちに手を加えてることが多いな」
「なるほどね。ホントに君、いつも忙しそうだもん」
軽い談笑の後、イブキは来た道を振り返り、そっと靡く穢れた風に思いを馳せた。
「……仕事、な。また、出来るといいけど…」
「……イブキ…」
彼にとって仕事は何よりも大切な所業であった。働き者といえば聞こえはいいが、ただの熱意だけで成り立つほど小さな思いが込められている訳では無い。プログラム科の仕事場というのは、彼にとってそれほどかけがえのない場であり、言い換えるならばひとつの家族のような存在であった。そんな場を残し、彼はまた、俯いてしまった。
すると、ナオが前方にとある物を発見した。驚く歓声がイブキの耳にも届き、彼も正気を取り戻す。
「あ……ねぇ、見てあれ……」
「あ……?」
「……建物が、残ってるだと…?
まさか……あの爆発だったんだぞ…?」
「ど、どうする? ……行ってみる?」
目線の先にはドーム状の建物がポツリと残されていた。辺りはすっかり風化してしまったのに、この建物だけは外装が汚れた程度で、建物としてその場にそびえ立っていた。
2人は大きく困惑した。あの環境下で生き延びた場所があること、そして実に数日ぶりに見た街の遺産に、思わず涙を零しそうな程の感動を覚えた。
ナオの提案にイブキはしばらく考え込み、ひとつの結論へと辿り着いた。
「……何かあるかもしれない。中に向かおう」




