群青の記憶
「……あの日の前に、俺はとある人と会ってきたんだ。その人に塔まで来てもらって…丁度、お前の持っているそれを渡すつもりだったんだ」
暗がりの中、水の魔導師の首元に掛かったペンダントを見て、イブキは思い出すように物語たり始めた。
ペンダントは淡い翡翠色で出来た簡易なデザインになっていた。真ん中に縦長に円を作った翡翠の宝石を基調として、周りをブロンズの装飾で覆っていた。2箇所に穴が開けられていて、そこから紐を通してネックレス上に仕上げられていた。
「これ、なんなの? 綺麗な翡翠色のペンダントだけど…」
ナオは不思議そうに灯りに宝石を照らして質問を投げる。翡翠は鈍く光を放っていた。
「……ちょっとしたお守りだ。詳しくは、まだ言えない」
「隠し事? まあいいけど…」
イブキが顔を曇らせ言葉を飲み込んだのをナオは見逃さなかった。なんとも言い難い、まるで鎖に縛られたような言動が怪しさを引き立てる。しかしナオにそれを深追いする権利なんてなかったので、軽く受け止めてみせた。
「…悪いな」
「いいよいいよ。言えないことの一つや二つ、誰にだってあるもんね」
翡翠のペンダントを再び首から下げて、ナオは話を戻そうとイブキの顔を伺った。群青の目が灯りに揺らめいていて、どこか哀愁漂う感情を彼女は読み取ることが出来た。
「それで? その人に会って…その後は?」
ふぅ…と一息ついてから、イブキは再び説明に入った。今このような葛藤に頭を悩ませていたところで事態は何一つ変わらない。せめてナオには、事の終始を大まかにでも伝えておかなければならないと、あの時の記憶を言葉として紡ぎ始めた。
「少し話してから、俺は塔の仕事に戻った。
その時の俺の仕事というのが、今回の世界の衰退の原因…“il1”の制作だった」
「あい…えるわん? どんなものなの?」
イブキはゴソゴソとカバンの中から空の黒いメモリーを取り出した。乱雑に貼られたシールの上には“il1”とのみ記載されていて、どのように使うのか、またその効果などはナオには一切わからなかった。
「絶対的制御装置と、またの名を言う。これを差し込めば、どんな機械であっても俺の権限下にすることが出来る。…例えるなら、メインコンピュータでさえもな」
「…凄い……」
技術力の結晶を目の当たりにして、ナオはつい感嘆の声を上げてしまう。自分は魔法しか使えないため、滅多にこういった技術士の作品をお目にかかることがない。ただの四角い箱のようなものであっても、この街を制御しているメインコンピュータを乗っ取れる…それだけでもこの機械の価値は明らかであった。それを、自分の幼なじみが作り上げたとなると、ナオは驚きを隠せずにいた。
しかし、イブキの顔は決して自慢げには見えなかった。むしろこのようなものを生み出したこと自体が間違いではないのだろうか、あの時の約束なんて守らなければよかったのではないかなどといった、ナオには分からない葛藤の表情が顔を曇らせていた。
カバンの中にil1を仕舞い、イブキは説明を続けた。
「次の日、世界の衰退が起きたあの実験が行われた。俺は上司と一緒にその場に居合わせ、王の指示の元実験の末路を見守っていた。成功するならどんなに凄いことか、技術士の端くれとしてもとても興味があった」
「……が、結果は失敗に終わった。途中でメインコンピュータが暴発してしまい、大規模な爆発が予期された。範囲はおよそ、この街から約数千キロ先まで。隣の国にも被害がいってもおかしくはなかったな…」
「……え…」
爆発があったことはぼんやりとナオも覚えていた。ユアを探しに行った直後、視界が真っ白に埋め尽くされて意識が一瞬で飛び去ってしまった。もう死んだのかもしれないという錯覚にも落ちたほどだ、よく鮮明に覚えていた。
しかしその爆発が、下手を打てば更に遠方までに影響があったとなると、この街では考えられない大失敗に実験が終わったことになる。ナオはその事実に再び驚かされた。
「けど、上司はその爆発が予告された後にすぐにメインコンピュータに向かっていった。制御を上手く行えば、せめて範囲を狭めることは出来るのではないかという計算の元だった。俺もそれに同意して、他の省や科の奴らが逃げていく中、プログラム科だけがその場に残って後処理をしていた」
「初めは何をやっても全く改善されなかった。けれど俺は、il1を使用すればどうにかなるのではないかと勝手ながら判断したんだ」
説明を行うイブキの顔が徐々に黒くなっていくように感じられた。まるで彼が綴る言葉は懺悔のようで、ホラのようにも感じられた。声音が怖くなり、灯りがより一層イブキを悪へと引き立てていた。
「上司達を逃がして、俺は1人でメインコンピュータを乗っ取った。そして爆発の範囲を、この街だけに収めた。消滅させることも出来ただろうけど、…生憎俺は王が嫌いでな、理想郷なんてものは無の元に生まれるものだとずっと考えていたんだぜ」
「俺は悪人だ。…この街を、ナオも、ユアも、この手で殺そうとしたんだ。…拭っても拭いきれない大罪人だ。だから俺はこの荒む大地で、同じように罪を背負ったもう一人と一緒にこの地で朽ちていこうと考えていたんだ」
吐き捨てるように全ての説明を終えた彼の表情は、黒笑と言っても過言ではなかった。悪意に満ちた街の大罪人、まるでそう思わせるかのような供述であった。
むしろ、彼は悪になりたかったのかもしれない。自分が行った事の悪さを深く自覚した上で、ナオに自分は危険な存在であると、言葉を操って魅せたのだろう。
悪人の顔というのは2つのパターンがあり、ひとつは心から悪意を楽しんだ表情、もうひとつは、行われた悪事に対して酷い自己嫌悪に堕ちる表情である。イブキの場合は言わずともであると、洞窟を照らす灯はゆらゆらとそう言ったように思えた。
「イブキ……」
「…だから、この世界にお前を呼び込むつもりは一切なかった。何故お前がここに居るのか、本来それを持っていた人物は、何故それをお前に託したのか……分からないんだ」
「…それって、もしかして……」
ナオはその時ハッとした。首元にぶら下がったこれを、爆発の直後に渡してきた人物が脳裏に浮かぶ。金髪を長く伸ばした水色のリボンが特徴的の、彼女らにとって共通の大事な仲間である。まさかと思い、ナオはその名を口に出した。
「……ユアの、こと?」
「……」
しばらくの沈黙が続いた。群青の瞳はゆらゆらと影をうねり、諦めたようにイブキは瞳を閉ざした。そして一言、肯定の意味を持って返事をした。
「…ああ。俺はあの日にユアにそれを渡したんだ。何故お前にそれを預けてユアは犠牲者の方へと回ってしまったんだ…」
頭を抱え込み、イブキは何度目かの葛藤に飲み込まれる。思い返せば矛盾の多い行為であった。結局、彼女は何がしたかったのか…今のイブキには理解ができなかった。
「分からない…僕も咄嗟にこれを渡されて…」
理解出来なかったのはナオも同様であった。じっと青目をペンダントに落とし、常に笑顔の絶えない彼女のことを思い出しながら行為の真理を得ようとする。
「ねぇ……彼女は、何の罪を犯してしまったんだろう」
先程のイブキの言葉を照らし合わせると、ユアも何らかの罪を犯したことになる。罪を犯せばここに来るのか、そういう話でもなさそうではあるが…果たしてユアは何をしてしまい、何故本来はこの場にいるべきはずだったのだろうか。ナオは頭を悩ませた。
イブキはそんなナオの言葉を得て、別のことで葛藤をしていた。本来のペンダントの効力、そしてユアの罪を、この男は全て把握していた。それこそ、あの日の約束が直結して関連してくるだろう。葛藤が時間を押し進め、外はすっかり暗がりへと変貌してしまった。
「…さあな、俺にも分からない」
「…そっか」
「話してくれてありがとうね、今日は遅いからそろそろ寝ようか?」
ナオはイブキの顔をもう一度見合わせて、優しい声音で語りかけた。イブキはその問に対して、まずは嫌でも訪れる明日のことを考えては、コクリとナオの提案に頷いた。
「…明日からどうするかは、また朝に考えよう」
「そうだね、おやすみイブキ」
灯は閉ざされた。招かざる客はゆっくりと休みをとり、瞬く間に睡魔が彼女を襲っては夢の中へといざなっていった。
常闇に取り残されたイブキは、表情を酷く渋らせて、洞窟の遥か彼方の空へと思いを馳せた。
「……本当に、すまないなナオ。…偽りの説明になってしまって、すまない……」
――本当は、自分は救世主に成りたかったのに。
誰の助けにもなることが出来なかった、愚かな技術士は、自身の無念と悔しさに、一人涙を流していた。




