拠点
大変長らくお待たせしました………
「うわ、もう日が暮れてきたよ」
細い指を指す先の景色の空は、うっすらと自然性の闇を取り込み、うずまきはじめていた。
前ならば、科学で統一された世界のものとは思えないほど広大な星空を拝めたというものの、現在はそうもいかず、黒は本来の役目の通りに不安ばかりを掻き立てるのであった。
この女の内心も焦りに満たされていて、こう声を上げたのだろうか。―――またはあくまでも無垢のままであったのか。
同行者の男は群青の目を細めながら、彼女の言う空を見上げていた。
しかし、彼の目には、そんな夜の空の一切が映らなかった。
こいつはどこを見ているんだと、あちこちを見渡してボヤく。
「汚染されたせいで赤いモヤが湧いてるから、よく見えねえ…」
「ほら、若干夜空が見える!」
「あぁ…本当だ」
あの辺だと示された空はうっすらと紺碧を残していた。
この暗がりの中で歩き続けるのは、1人ならばよかったが、女を連れた今の状況だと厳しいだろう。
イブキはそう判断して、先を歩こうとするナオを呼び止めた。
「流石にこれ以上の散策はまずい、今日はどこかで野宿して夜を明かすか」
「なんだかキャンプみたいだねー、賛成!」
先ずはどこか寝泊りが効く場所を探さなければならない。
周りにある風景の建物は全て倒壊、あちこちには崩れそうになった岩壁や、何やら異臭を放つ水溜まりなどがあった。
その中でも特に彼らの目に映ったのは、大きな穴の空いた岩壁である。
中まで空洞になっているのか、外側に向けて風が吹き抜けてくるのを肌で感じた。
「あ、ここにいい感じの洞穴が……」
「……爆破の衝撃で、建物でも吹っ飛んで出来上がったのだろうか。 形が少しいびつだな………」
「入れ…る? それとも外にしとく?」
数歩前に出て、骨ばった細い手で岩を叩いてみる。
―――ゴツッ、ゴツッ
崩れ落ちる気配はなかった。
そして、下に落ちている、洞穴の残骸となる岩を手に取ってじっくりと観察した。
断面は赤黒く、渦巻いたような模様を描いていた。
水分を含んでいる様子があり、乾いて生まれた亀裂などは一切見つからなかった。
これら一連の動作を終えてから、イブキはふぅとため息をついた。
「…この岩、材質的には他のよりは崩れにくくなっている」
「密閉空間のみ、空気を浄化できるようなことがあるのなら、この中で泊まるのも十分にアリだな」
それを聞いたナオは唸るような声をあげた。
「水魔法の応用でそれっぽいことは出来るかも…
けれどさっきは失敗したんだよなぁ……」
先程、似たようなことは試みていたのだ。
イブキと合流する前に、あまりにも息のしずらい空気をどうにか改善しようと水魔法をかけた。
しかし、何故か魔法は上手く発動せずに、空気は変わらぬままに意識を失ってしまったのだ。
「どういうやつだ?」
「あのね、水をスプリンクラーみたいに一気にちらして、空気に水分含ませて浄化しようっていう寸法だったんだ」
高度な場所に水を巻き上げて、そのまま広範囲にシャワー状の魔法を散らす。これで普段なら、空気に浄化作用のある水が含まれることで、空気の洗浄が可能になるのだ。
数分腕を組み、考え込む仕草を見せる。
「洞窟の中を水でいっぱい濡らして欲しい、出来るか?」
「う、うん、分かった」
洞窟の前に立ち、手を前にかざす。先ほどと同じ手筈で、水を大量に生成しはじめる。空気が心做しか潤って、さっきよりも湿気を含んだようにも感じられた。
再び一定量に達した水を、今度は洞窟目がけて一気に放った。
「それっ!」
ビシャッと大きな音を立てて、水は丁度洞窟全てを湿らせるほどの飛沫を上げた。美しく透明な水滴は穢れた岩壁に呑まれていき、やがて浄化作用を発動しては、跡形もなく消滅してしまった。というよりは、壁の中で息をしているという方が正しいだろう。
「これでいい?」
ナオは一連の動作を終えてから、イブキに結果を仰いだ。
洞窟の入口に立ち、イブキは中の様子をぐるりと見渡す。壁に触れてみては、濡れたあとが綺麗に乾いてしまったことを実感した。ナオの水は直ぐに乾くみたいだ。
湿気も先ほどより緩和された洞窟から出てきて、岩壁にもたれかかる。そしてイブキは、ナオにこう聞き返した。
「……どうだ、空気は」
「………あれ、良くなってる……………! なんで?!」
唖然とする彼女を横目に、再び小さくため息をつく。
いかにも呆れた顔をするイブキを見て、ナオは少し不満を覚えた。そして、「むぅ」と顔を歪ませる。
イブキは順序だてて、この原理の仮説を唱えた。
「やり方自体は間違っていなかった。ただ場所が広い割に、魔法の力が弱すぎたんだろう。
だから、こうした限定的な場所でならその魔法も作用するわけだ」
「へぇ……」
「あとは、そこらに落ちているこういう板キレを浄化して、扉代わりに立てかけておけばいい。
そうすることで、外からの空気が充満して…なんてことは起こらなくなるだろ?」
「なるほど……!」
理解が追いついたナオの表情は、くるっと変わって笑顔であった。そして得意げに魔法を発動させ、手の上にクルクルと水しぶきをあげていた。
「じゃあイブキはじゃんじゃん板を持ってきてね!
僕が全部浄化するから!」
〜〜〜
「よし、なんとか一通り済んだね」
なんとか拠点として仕上げた洞窟内で、ナオは支給された満腹薬を口にしていた。カプセルのような形状の青い薬を口の中で数回噛み、そのまま飲み込む。
「うえぇ……この薬、ちっとも味がないね…。でもお腹いっぱいになる……」
「満腹薬はそういうもんだ。 後、噛まずに飲み込んだら、味もくそもないだろう……?」
「あっ、これ噛まないんだ……」
隅にある岩に腰掛け、イブキの口にも薬が放り込まれる。言った通り噛んだ気配はなく、そのまま薬は食道を通過した。
「効力は12時間。1日2錠までだから、試すならまた明日な」
「はーい……」
時刻は凡そ深夜を回った辺りだろうと予想がついた。微かに見える洞窟外の空が、赤みを消してより一層暗さを強調させていた。星なんて見えるはずがない。赤い雲が全て黒く塗られただけであって、そんな空をナオたちは衰退前に見たことは無かった。
先程から灯替わりと、イブキが付けていた小型端末の電源を落とすようにナオは声をかけた。そろそろ就寝時間である。
「じゃ、おやすみイブキ!」
ナオは彼にそう声をかけると、岩肌に身を投げて夢の中に飛び立っていった。
端末の電源を落として、再びイブキは岩壁の天井を見上げる。
虚無の闇の中、本当ならばと葛藤の嵐が静けさとともにイブキを襲った。こんな宵闇を何故独りで見ることにならなかったのだろうか。考え出すだけ無駄であるとは分かっていた。理性では理解していても、イブキ自身に秘められた感情は有無を言わせず懺悔を強いてきた。
考えるだけ疲れるだけであった。もう寝ようと、自身の葛藤に終止符を打ち、乱暴に身体を投げてみせた。




