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荒む大地   作者: Ecrire
第二部
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12/20

出発

「出発に先立って、聞きたいことが何点かある」

「ん?なになに?」


 先ほど出会った塔の外殻から少し外れた荒野にて、先頭を歩くイブキから発せられた言葉は、ナオの好奇心を揺するのに十分だった。

 踏む度に砂が壊れていく土についた足を止め、イブキはナオに向き合って、数年間聞きそびれていた質問を投げかけた。

ついでに、今後役に立つであろう取引を持ちかけてもみた。



「お前の魔法について、詳しく聞かせて欲しい。

今後少し長い旅になるだろうから、お互いの手の内を明かしておかないか?」



 魔法の開示。

 幼なじみとして、数十年間共にしてきておきながら、しっかりと説明するのはナオにとって初めてであった。

 イブキから聞かれないということは、既にそこらの知識は掌握していたものだと勝手に考えていたが、そういう訳ではなかったようだ。

 ただ単純に興味がわかなかったのだろう。だから今日の日まで、ナオの力の全ては伝達されることは無かったのだ。



「それもそうだね、いいよ!」


 少しも違和感見せずに、イブキならいいかと、ナオはにこやかに応対してくれた。


 イブキが見守る中、ナオは手始めに軽く水魔法を披露した。

 口から特に呪文が唱えられた形跡はなく、ナオが手のひらを上にかざしたなら、水はまるで命令されたかのように上空までの水柱を形成してみせた。

 高々と終わり無く舞い上がる水をそばに、ナオは口頭で軽く説明を入れた。



「僕は水の魔法が得意なんだ。

こうやっていくらでも生成が出来て、生み出した水は被っても濡れないし、飲めるし、とにかく便利なんだよね」



 そう言っては、水柱を一気に上空に離してそのまま落下させた。水柱はナオの真上から、バシャーンと水しぶきを盛大にたてて散っていったが、説明の通りナオが濡れたようには見えなかった。

 水が乾いた空気の中を潤しく舞っていき、砕けた地面へと生命の手網を一瞬だけさしのべたようにも思えた。


 濡れない水なんて、そんな都合のいいものまで生成できるのか。と、イブキがひとりでに感心している間にも、ナオの説明は続いていく。



「戦いとかになれば、応用を効かせて色々と出来るよ。

例えば…水の流れを急速にすることで、鉄も切れるほどの硬さを誇るものが出来るから、それを使って戦ったり…かな?」


 今度は水の流れを剣のように仕立てあげ、実際に手に持ってみせた。

 けれど、実際には少々弱気であり、「僕自身、そんなに戦いは得意じゃないんだけどね」と、苦々しい笑みも浮かべていた。



「ふむ…」


 これまでの説明から、ナオは水の魔導師であると確信を得られた。

 説明も実演込だったため、実に見ていてわかりやすい講義であったとイブキは捉えていた。

 しかし、彼の中で一点だけ引っかかることがあったのだ。



「魔法の使用にあたって、お前ら魔導師は“魔力”を消費するものだと聞いた。お前も…そんな具合なのか?」


 イブキは昔、塔で研修を受けた時に魔力について説明を受けたことがある。

 人が持つ才能の具現化だったり、魔法を使う際に必須のものであったり、魔導師が生まれつき持つものであったりと、様々な説が存在している。

ナオも魔導師であるならば、同じように魔力が流れていて、それをソースにあのような魔法を繰り出しているのではないか、とイブキはそう考えていた。


 それに対し、うーんと一言、ナオは唸ってみせた。



「普通の魔導師はそうだね。 生まれつきに持った“魔力”を削って、こんなふうに魔法を発動させてるんだと思う」


「……思う?」


「僕はちょっと特殊なんだよ。

利点として、その魔力が人一倍あるわけなんだ。

だからこういう簡単な魔法くらいなら、詠唱無しで半永久的に使えるってこと」


 魔法というのは、発動するための呪文を詠唱して使うものであり、詠唱する呪文の中には必ず魔力を消費する文面が書かれているという。

 しかし、ナオに至っては詠唱が不必要、すなわち魔力を消費せずに水の生成をすることが出来るというのだ。



「まあ、難しい魔法とかは流石に唱えないと使えないけれどね。そこまで僕も優れているわけじゃないし……」



 あくまでもナオも魔導師としては若手である。人一倍の魔力と言えど、限界のラインはしっかり見定めているように思えた。

 当人はというと、自身は少し普通じゃないということを誇らしげに話しきった反動から、イブキに自信満々の笑みでこう述べた。



「どうどう? 見直した?」

「まあ……よく分かった」


 実際説明はわかりやすいものであったため、イブキが特段否定するものは何も無かった。

 それがナオにとって嬉しかったらしく、照れくさそうに笑っていた。



「なんだかんだ、ちゃんと説明するのは初めてだったもんね」


 ずっと一緒なのに不思議なものだと、ナオはイブキの傍に戻ってきてそう言った。

 ボコボコした岩の上に座り、隣に立つ幼なじみに「逆に何を知ってた?」とナオは聞き返してみた。



「俺が知ってるのは、お前がミクサーっていう、他の魔道士より少し上部の立場にあることと、魔法以外はほぼ無能に等しいってことだな」

「サラッと貶さないでよ!」


 自然な流れでそう述べたイブキに、ナオは鋭くつっこんでいく。

 普段ならここにユアも居合わせて、この光景をニコニコと眺めていてくれたものだった。

そう考えるともの寂しく、早く街をどうにかしなければなと、二人は心の裏側でそう固く誓った。




「それで、イブキは?

僕、君がプログラマーってことしか知らないんだけど……」


 ナオがイブキに自身のことを話さなかったのと同義に、イブキ自身も最低限の情報しか彼女に与えていなかった。

 幼なじみとはいえ、という理由ではなく、単に忙しくて話す暇すらもなかったのが言い訳だ。

 幾何年も空振り続けるなんて、逆に面白いよなと捉えていたが、いい機会だし話しておこうと、イブキは口を開いた。


「確かに俺はプログラマーだ。

これでも、塔の技術省、プログラム科でずっと働いてたからな」


 着用しているジャケットを捲りあげてみせる。下に着ていたシャツの右上にはイブキのネームプレートがくっついていた。

ちゃんとした名刺代わりにもなるそれは、調和の塔で働くものが皆平等に持っているものであり、名前、性別、所属、年齢がプリントされていた。


 まずはそれをナオに見せてから、自身の能力について説明を開始した。


「先に断わっておくが、俺は魔法は一切使えない。

だから、たまたま持ち合わせていたこのカバンの中に入っているものと、今回の件の情報を知っているのが強みになるんだろうか」



「使えないの?魔法」


 そう断言され、ナオは不思議に思い聞き返す。

 魔導師として魔法が使えないという状況下があまりピンと来ないらしく、無垢な瞳でイブキをじっと眺めている。

 イブキは苦々しく顔を逸らし、ボソリと補足説明をした。


「………魔力検査で、お前の魔力は0だと断言された」

「あらら……」


 以前に魔力について講義を受けた際、同時にイブキは魔力を図るテストを受けていた。

今でも魔法省の長が、笑いながら検査結果を伝えてきたことを鮮明に覚えている。

自分でも皆無だとは思っていなかったのに、まさかの結果にとても恥ずかしさを感じたのも記憶に新しい。


 魔力以外に触れておくべき点は何があるだろうかと、思考を巡らせていると、ナオが好奇心に身を任せて、イブキの所持品について質問を投げかけてきた。



「そのカバン、いつも下げてるよね?

何が入ってるの?」


「あぁ、これか…」と、イブキは肩に下げていた茶色のショルダーバッグを下ろした。

 常に身につけている鞄の中には、もし何か起きた時のためにと、必要最低限の物品が丁寧に収納されていた。


 岩の上にカバンを置き、中身をゴソゴソと別の岩の上に並べてみせる。


「えっと…

小型端末と、環境適応薬、満腹薬らの薬、技術省で配布された拳銃と弾薬になるエネルギー缶、小型ナイフ…くらいか」


 薄い板切れと、瓶の中に詰められたカプセルの薬が何錠か、カラフルな色をした液体が入っている缶に、変わった形の拳銃、皮のホルダーに仕舞われた小型のナイフが陳列される。


「凄い、いっぱい入ってる……」


 見たところそこまで大きくもないカバンだったが、開かれた荷物の量を見てナオは感嘆の声をあげてしまう。

 イブキが常にこれを持ち歩いているとなると、中々に準備のいい男であると思い、改めて関心を抱いた。


 広げられた荷物の中でも、ナオの目にはとある一品が特に目に止まった。

 普段の気粗い彼の性格から想定される事故などが、一気にナオの脳内をかけめぐり、余計に恐怖を漂わせる。


「ねぇ…イブキ?」

「なんだ」

「イブキってさ……その、拳銃もかも……いつも持ち合わせていたの?」

「僕、もしかしたら撃たれていたかも…なんてこと、あった…?」


「はぁ………」と、大きなため息が荒野をかけた。

 何を心配してそんなことを聞いてきたのかと思えばと、鈍く光る黒い拳銃に目を落として、イブキはナオを諭すように、彼なりの優しい声音で言い放った。


「……護身用だ。怒り任せに撃ったりはしない」

「うう…信用出来ない」

「こんなもんに頼らなくても、お前くらいならぶっ飛ばせるが……試してみるか?ナオ」


 ぎらついたように見えた群青の目がナオを鋭く捉えると、ナオは「ごめんって!」と反射的に謝った。


「ったく…」


 彼はまだ、こういう言動がナオからの信頼を削いでいることには気づいていないようだった。

 しかしこれがいつもの流れであり、気を取り直したナオはもう通常の立ち振る舞いに戻っていた。



「この銃……普通のとは違うみたいだね。

弾とか…どういう仕組みなの?」


 話を戻し、黒い拳銃に目を向けるナオはそう問いかけた。

 ナオは先程イブキに言われたとおり、魔法以外の知識はほぼ皆無に等しい。故にこの銃からどうしたら弾が出てくるのか、どのように取り扱うべきものなのかの見当すらたたないままでいた。



「リボルバーのシリンダー部分が改良されて、この缶がそのまま突っ込めるようになってる。

3本までしか入らないが、缶の中に入ってるエネルギー液がからにならないかぎり打ち続けられる」


 慣れた手つきで銃を取り上げ、カチャカチャと実践してみせる。

 銃口の手前に伸びた長い筒入れは飛び出すようになっていて、そこに空いた穴に先程の缶を入れて機能させるという仕組みらしい。


 この拳銃は、数年前に技術省の結合科と呼ばれる部が編み出したものであり、塔に務めてる者は皆、一丁ずつは手にしているという話である。

 イブキも昔から所持していたが、あまり公表すると街の治安に影響が出ると、なるべく内密に取り扱ってきたのだ。

 しかし今は一刻を争う時であるから、こうして躊躇い無くナオに説明が出来ている。


 次にイブキが手にしたのは、岩の上に並べられたカラフルな缶達であった。

 透明な缶の中に、赤、青、緑の液体が詰められていて、それが遠目から見ると缶の色に見えていたのだとナオは理解した。



「液体の色によって効果が代わり、色が赤に近いほど多量の液体を1発ごとに消費する。

逆に青に近ければ、少量で済む」


 左手に2本、右手に1本持ち、色の度合いをよりわかりやすく図式してみせる。

 もう少し細かく話すと、中に使われている液体の化学式を上手く組み合わせたものであるという、絶対にナオが理解できない話になってくるのでイブキは説明を端折った。

 実のところ、結合科の知り合いに一度聞いた話ではあるが、あまり厳密な作用まではイブキも覚えていないのだ。


 イブキは片手に持つ缶の色を一つ一つナオに見せ、それらの弾が及ぼす効果の説明に入った。


「この赤いのが“破壊弾”つって、普通の拳銃の弾と同じ効果。

緑のが“催眠弾”、5分は眠らせられる。

青いのが“回復弾”、傷の治療に効くらしい。」


「今俺は1本ずつしかストックがないから、無駄撃ちは出来ない」


 全ての説明を終えてから、また丁寧にカバンの中に収納していく。

 正直この拳銃を使う機会なんてこの荒廃した世界であるとは思えないが、一応予備は大切にしておく必要があると判断して、イブキは使用していた缶を詰め直し、これもまたカバンにしまった。


「へぇ……なるほどね」


 どうにか理解が追いつけたナオは、技術省で行われていた武器の生成に少し興味を抱いていた様子だった。



「射撃の腕はいい方なの?」

「一応、プログラム科では2番手だった。

1番が俺の先輩、3番目に上司がいた」

「凄いね、上司さんより出来るんだ……」


 ナオが感心している隅に、イブキは呆れた顔でこう言い返した。


「30過ぎた独身のおっさんだぞ? 俺の方が有利だ」

「……独身だったんだ…………」


 ナオは直接イブキの上司と話したことはない。

 けれども、普段の会話の中で抱いていた上司の像と、目の前にいる部下が淡々と述べる上司の像の落差に、思わず苦笑いが生じてしまった。



「まあ…ともかく、銃はそんなもんだ。

薬に関しては名前の通りの効果が出るだけだし、端末は電波無しで大丈夫なものしか使えない。後は質問もないだろう」


イブキの言葉に否定もなく、ナオはうんうんと頷いていた。


 彼の強みとしては、魔法が使えないという欠点をカバーするほどの情報量であろうとナオは予測していた。

 元々地頭も幼なじみの中ではずば抜けて高い方であり、身体能力も18歳の平均よりはやや上をキープしている。

 そんな彼が今回共に行動してくれるなんて、とても心強いことだな、とナオは密かに笑みを零していた。



「……さて、これからの動向について話したいんだが」


 全てを収納し終え、カバンを背負ったイブキはナオにこれからのことについて話し始めた。

 

 目的としては、ナオのいう“時の魔導師”に出会うことである。

その人物の居所も把握しているとのことで、あとはそこを目指して歩いていけばいいのだ。



「隣町に、その魔導士は居るんだったな?」

「うん。西部の隣の所だから、そっちに歩いていけば大丈夫だよ」


 西部といえど、崩れきったこの街にはもはや方角を把握する道筋や目印なんて見当たらなかった。

 この状況でどうやって魔導師に会いに行くのか、街の外郭を一周すればいいのか、果たして相方の魔導師は理解しているのかが疑問であった。


「方角の把握は出来ているのか?」

「ちょっと待ってねー……」


 イブキから少し距離をとり、ナオは地面に大きめの円を描いた。

 どうやらナオも理解はしていないようで、魔法を使って把握しようという魂胆らしい。

描いた円を綺麗に四分割して、ナオはその円の中心に立った。

 そして、イブキが今まで聞いたことも無い言語をブツブツと唱え始めた。



「“Hre s a plath f cntrl. Rech to th opin plath.”」


「(……詠唱? 水魔法か…?)」


 ナオは簡易な魔法であれば詠唱せずにいいと言っていた。

 しかし今回は、魔法陣みたいなものまで描いて魔法を使っている。

 水魔法であるならばきっとこの円形から水が浮き出てくるものでは無いのかと推測していたが、発生する気配は微塵もなかった。


「(いやでも、何か違う…)」


 ナオが立つ円形からは、溢れるばかりの光だけが生成されていく。光に包まれたこの場所は、どこか空間が歪むような、そんな錯覚にまで落ちる不思議な感覚が支配していた。


 光は徐々に中心に集まり、そこから一方向を目指して真っ直ぐに伸びて行った。

 青く澄んだ瞳を開き、その方向を確認すると、ナオは魔法陣の上にバツ印を描いた。

 交差する線によって魔法はどんどん収縮していき、最後にはあの光は宇宙へと還っていった。


 自信満々ないつもの表情で、ナオはイブキに方角を指し示した。


「あっちの方だよ!」


 イブキは、理解が追いついていなかった。

 ―――――これが本当の魔法なのか。こんなにも身近で見るのは初めてであったが、圧巻の一言であった。

 そしてどこかで、この魔法はナオが話していたものと同義のものであるのかを疑ってしまっていた。


「お前、今どうやって…」

「へ? あー…ま、魔法だよ!応用したんだ!」

「……」


 ナオの声は震えていた。

 普段正直な彼女がこんな声を上げるのは、どういう時であったか。

 しかし不本意に触れるのも違うだろうかと必死に考えていると、ナオは補足して言葉を付け足した。


「それにさ、時の魔導師さんは僕の知り合いなんだ。1回かれの拠点で会ったことあるから、分かるんだよね」


 自分はそんなに土地勘は狂っていないんだと誇る彼女の論は、別に濁ったようには見えなかった。


「………まあ、いい」


 ――――――今は明かさずともいずれは理解出来るのだろうか。

 そう思いを馳せる彼へと、お構い無しで呑気に笑っている。

 今行うべきは明確になり、これから二人は長い旅路に着くことになるだろうと予測された。


「行くぞ、ナオ」

「はーい」


 荒む大地を歩く、異質であり近しい存在の二人。

 街の復刻のため、思い出の復元のため、彼らは歩を進めていった。


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