交差する青と黒
「ん……。あれ、僕…」
「気づいたか」
ナオが目を覚ましたことに気づいたイブキは、安否の確認を短く取った。
未だに視界はぼやけるものの、ようやく知人に会えたという安心感から、ナオはとても嬉しそうに返事をした。
「あ、イブキだ! 良かったやっと人に会えたよ~…」
とろん、と表情が溶けた彼女を傍に、イブキは1番確認したかったことを聞いた。
本来なら、この場にこの人物はいるはずはなかったのだ。
しかしなんの偶然か、人を1人巻き込んでこの世界に閉ざしてしまうという失態を彼は犯してしまったのだ。
「何故お前がここに居る。街の外じゃなかったのか?」
深刻な顔をして聞いてくる彼の形相を見て、どうやら自分は招かざる客であったという事実をナオは確認した。
そして、自身に何があったのかを順を追って彼に説明した。
「実は、ユアと一緒にいたんだけどはぐれちゃって…
別れ際にこれ渡されて、そのままユアが塔の方に向かってって、それから…うーん思い出せない…気づいたら街がこんなふうになってたの。」
一通り話し終えてからナオはポケットにしまっておいた、鈍く輝くペンダントをイブキにみせた。
濁った緑のそれをみて、イブキはハッとした。どうしてこれが子の物の手にあるのか、あの時の話とは違うんじゃないか。
様々な葛藤が彼を襲い、ついに一言呟いてしまった。
「お前、これ……」
「イブキ、知ってるの?」
「……いや、なんでもない」
「そっかー…」
――――――……どうやらナオは気づいていないらしい。
この事象についてはおいおい検討する必要がある、とイブキは「続けてくれ」と指示した。
「それでね、誰か人がいないかなって塔の方まで来てみたんだけど、空気が変な感じして倒れちゃったみたい」
自分で説明している時、ナオは何も違和感を覚えなかった。
――――次の瞬間、肝心なことに気がつくまでは…。
「……あれ? もう頭痛くない! どうして?」
混乱と喜びの中にある彼女のために、イブキは懐からケースを取り出して補足説明を加えた。
「そりゃ、倒れてる時にこれ飲ませたからな」
「何それ? 薬…?」
ケースには何錠かのカプセル型の薬が入っていて、ラベルの上には“T薬”とだけ記されていた。
何を飲まされたんだろう…と肩をさするナオに、「悪いもんじゃねえよ…」と、宥めるようにイブキは説明を続けた。
「環境適応薬。…まあ、名前の通りだ。
研究の一環で、あちこちに出かける時に研究員が飲む薬。
これだけ飲めば、どんな環境だろうと耐えられるんだとよ」
「おお…! 研究でこんなものも出来てたんだー…」
改めて自らの街の発展に歓喜する彼女を横に、なぜこの女がいるのかいくつか仮説をたてた。
――考えられるものとしては、あの時の言葉が無効になった。
あるいは、またひとつのメッセージでも込められている。
しばらく考え込んでも、いまいち答えになる根拠がこの場では見いだせなかった。
イブキは「さて…」と、これからの方針をナオに説明した。
「俺はこの後、この街を再生する鍵を探しに行く。
悪いがこの先は俺一人で行わせてもらうぞ。だからお前は別の国にでも隣町にでも逃げていろ。」
「そっか、この街を直さなきゃいけないんだっけ」
ナオはイブキの考えに頷きながら、これから自分はどうしようかと考えた。
「隣町は怖いんだよー。名のある魔導師が住んでいるから、街の人がみんな魔導師に過剰に期待してたり…あの空気苦手なんだよなぁ…」
「……そういや、お前も一応魔導師だったか?」
思い出しては嫌な顔をうかべる、一応魔導師である彼女にイブキはそんな疑問を投げつける。
技術士である彼からすると、魔導師や魔法なんてものは無縁の存在である。だからこそ、そういった話には多少なりとも興味はあったのだ。
「まあ、スゴイ力があるわけじゃないけどね!」
「……ん?」
ナオは、――――――この魔導師はあることを思いついた。
人々の想像を凌駕するその力を、果たして黒衣の技術士は気づいているのだろうか?
ナオはイブキにむけて、自らの方針を提示するついでにとある交渉を持ちかけた。
「イブキ! やっぱり僕にも助力させて欲しい!
直す方法知ってるかもしれないんだ!」
「あぁ? 何言ってるんだ?」
「時の魔導師の力を借りればいいんだよ!
時間を戻せば、どうにかなると思う!」
「……どういう事だ?」
―――――――やっぱり知らないんだ。僕の思った通りだ。
ナオは少し嬉しそうに、自らの考えにより具体性を含めるために概要から話し始めた。
「えぇっと、まず簡単に魔導師達の優位関係から説明するね!」
「魔導師は5種類の属性使いに分けられるの。
5大エレメントっていう…火、水、土、雷、風の属性なんだ。
大抵は1人1属性しか使えないんだけど、特に優位な魔導師たち、“ミクサー”って呼ばれてる人達は複数の属性を使えるんだ。」
「それが、なにか関係あるのか?」
「まあね」
当然の質問である。ナオはさらに説明を加えていった。
「そのミクサー達の中でも、5大エレメントに含まれない属性を操れる魔導師が2人いるって話なの。
片方は空間の魔法を、もう片方は時の魔法が使えるんだ。
それぞれ魔導師達の中では凄く有名で、空間の魔導師と時の魔導師って呼ばれてる…」
「僕の考えでは、その時の魔導師に協力をしてもらって時間を巻き戻すことによって、街を再生することが出来るんじゃないかな?ってこと!」
時の魔導師とは、名前の通り時間魔法を扱う二大魔導師の一人である。
ナオは時の魔導師と面識があるらしく、その人ならばこの現象を直すための手段を持っているのだと考えたのだ。
イブキとしても、ナオを追いやったあとはどうやって街を戻そうかまでは考えついていなかった。
魔法の力なんて知らなかったし、自身の技術力でもどうにかなるかは未知数であった。
だからこそ、この案は彼にとっても素晴らしく思えた。
……しかし、ナオはとある欠点に気づけていないように彼は感じたのだ。
「……その、時の魔導師って奴が街の中に居た場合は意味なくねえか?」
イブキの問はナオを驚かすものだと彼は考えていた。
しかし、ナオの返答は真っ直ぐであった。
「普段あちこちを旅してる人なんだ。今頃は隣町付近の隠れ家にいると思うよ!」
少し考えてから、イブキは最後にこう聞いた。
「……何故それが分かるかは、置いておこう。
その話は確かなんだな?」
「うん。 僕を信じてよイブキ」
嘘をついているようには見えなかった。
澄み切った青色の目は、真っ直ぐ彼の眼光に突き刺さり、
何も偽りのない話を、彼女の思う最適解と織り交ぜて交渉してくれたようにも感じれた。
イブキは、ふぅ…と一息ついてから、答えを出した。
「分かった。お前には行動を共にしてもらうぞ、ナオ」
「OK、宜しくね!」
こうして水の魔導師は、黒衣の技術士と共に行動をすることになった。
入り交じる真実と嘘を、全て見切ったのはまだ先の話であるが、少なくとも二人には、『これが正しい』と強く思えていたのだった。




