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神様、今日も頭が痛いです  作者: 安東盛栄
第2章 レーブル王都
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第40話 疾走者と追跡者

 ひょんなことから夜中に2人で話し合ったアランとハンナ。翌朝、アランは朝食後に仲間を自分の部屋に集め、とある人物の家を訪ねる事を切り出した。小さなテーブル上に、王都の地図を広げる。


 その人物は宮廷魔術師長を長年務め、現在は王都北西部の古びた居住区に隠棲する老人クルクス、とアランは説明し、鍛冶師モーガンを再訪した後に行こうと提案した。


「それはいいけど、何の目的で? そもそもアランがそんな人と知り合いなわけないし」


 セシリアが疑問を口にすると、アランは地図の上にコトンと何かを置いた。それは、赤茶けた1本の短い角であった。水神ラーナとの戦いでアランが謎の巨人を召喚した際に目撃していたセシリアは、それが何なのか瞬時に悟った。


「それは何の角?」


「モンスターのですか?」


 自分の頭から抜け落ちた角とは知らないハンナはしげしげと見詰め、戦いの佳境で気絶したマルリーナは見当が付かなかった。ステラはピケ島で目撃したはずだが、今一つピンときていない。


「実はマリノアをつ前に、庁舎で衛兵隊長のガレフっていう魔術師と会ったんだ。それで、まあ色々と話して……結果、ハンナを連れてそのクルクスを訪ねるように、と依頼されたんだ」


「ガレフ……高位魔法を放ってた人ね。ふーん。なるほど……」


 アランの説明でセシリアは納得した。かの戦いをつぶさに観察していたガレフは、この角の出所や召喚した巨人の事を根掘り葉掘り訊ねたのだろう、と容易に想像できた。


「まずはモーガンさんに、セシリアの鎧について何か判明したか聞きに行くんですよね! 私はブルートスの光魔石をあの方に売ろうと思います」


 ステラは首から下げた変成瓶を手に取って軽く振った。今は光魔液と化している澄んだ青い液体が、ほのかに光を放っていた。


「私も売ろうかな。火系呪文が得意な私には、相性が良くないみたいですし」


「僕みたいに光魔液にして飲めば? 呪文は覚えなくても、魔力は上がるんじゃないか」


「分配した物をどうしようが、リーナの自由よ。さあそろそろ行きましょう。ほら、早く」


 セシリアが皆を()かし、王城へ出仕前の公爵と一人息子のロベルトに挨拶してから、アラン達は公爵家を出発した。貴族居住区から市街地へ入り、先ずはセシリアの鎧に関する情報を聞きに、モーガンの鍛冶工房へと足早に向かう。


 昨日と同じく中央広場を抜けて大通りを西へと進む一行。今日も朝から多くの人や乗り合い馬車、荷車を引く商人が行き交う。道の両側では客を呼び込む商売人の掛け声が絶えない。


 賑やかな雑踏を彩る露店の商品につい目を奪われ、歩調が鈍くなる。そんなアラン達の後方を、付かず離れずの距離を保ちながら、いつの間にか尾行する者がいた。アラン達は誰一人その存在に気付いていない。それは、全身黒ずくめの装備に身を固めた妙齢の女剣士であった。昨日アラン達を暫くつけ回したのも、彼女である。


「間違いない。やはり……」


 女剣士は何やら合点して独りごつと、細心の注意を払いながら尾行を続けた。


 すると、間もなく先頭のセシリアの隣を歩くマルリーナが足を止めた。左の猫耳だけ、ピクピクッと動いている。女剣士はそれとなく露店の商品を手に取って品定めを始めた。


「どうしたの?」


「あ、はい師匠。何か悪寒がするんです……」


「寝冷えでもした? お腹出して寝てたんじゃないの。リーナって意外と寝相悪いし」


 マルリーナと同室のハンナが、ケタケタと笑った。少し頬を膨らます猫耳娘。


「そういうんじゃなくて……」


「牛乳を飲み過ぎて腹を壊したとか?」


「だから違うってば! ……何か妙な気配が」


 アランの推測を即座に否定したマルリーナが、ブルッと身体を震わせた。また猫耳がピクリと動く。


「ん?」


 何かを感じたアランが、サッと振り返った。後方――大通りの東側から、雄叫びが接近してくるのが分かる。


「マルリーナァァァァァ!!」


「うげっ」


 顔をしかめるマルリーナ。やがて自然と人混みが割れ、声の主が疾走してきた。そう、マルリーナが毛嫌いする猫族青年ツーチである。視線の先に愛しの猫耳少女を認めたツーチは、歓喜の表情へと変わった。


「おおおっ!? いたっ! ああマルリーナ、愛の戦士ツーチ参上……」


「出たわねこの変態猫!」


「フギャアッ!?」


 セシリアが電光石火の早業で腕を取って投げ飛ばし、ツーチの身体は勢い良く宙を舞った。美しい弧を描いて石畳に背中から叩き付けられたツーチは、目の焦点が定まっていなかった。


「ウニャッ。さすがセシリアさんです」


「大丈夫ですか? 治癒呪文ヒールでも……」


 ステラが心配そうに介抱しようとすると、ツーチは昨日ギルド内を震撼させた邪悪なステラの姿と重なり、恐怖で飛び上がった。両耳が垂れ、尻尾はブワッと毛が逆立ち太くなっている。


「スス、ステラさん!? あっ、いえっ! へ、平気です」


「なぜ怯えているんですか?」


「えっ? ほ、誇り高き猫族戦士の私が怯えるなど! ス、ステラさんこそ、並みいる冒険者達を威圧するあの様子は一体……」


「何の事ですか?」


 この聖職者の少女はとぼけているのか、とツーチは訝ったが、その後ろでアランが何とも言えない表情で首を軽く2、3回振るのが見えた。ある程度の事情を察したツーチは、話題の矛先を変えた。


「皆さんはどこに滞在しているんです? あれから夜まで、大通り沿いの目ぼしい宿を片っ端から尋ねたのに、全くの空振りでした。宿の主人にどやされるわ、酔っぱらいに絡まれるわで散々でした」


「フンッ、無駄足だったわね。それでリーナの名前を連呼しながら、今朝から走り回ってたの? 変態猫に触れたくはなかったんだけど。あーあ、聖水で手を洗いたいくらいだわ」 


 セシリアは手が(けが)れたかのように、パッパッと念入りに払っている。マルリーナはうんざりしたような様子で、セシリアの背後からひょこっと顔を出していた。


「あはは……。キツいお言葉……」


「黙りなさい、倒錯性愛毛玉野郎。リーナ見ちゃダメよ。こんなド腐れ視界に入れたら目が腐る」


「そ、そこまでこき下ろさなくても」


 痛みを堪えつつ、のそのそと立ち上がるツーチ。アランとハンナが「なんでもありません」と足を止めた周囲の人々に謝罪し、人の流れが元通りになる。


「また会うとはね」


「はっはっはっ、アラン。明日また来てくれと、昨日モーガンが言ってたじゃないですか。私はおおよその時間を見計らって、大通りを行ったり来たりしてたのです」


 胸を張るツーチに、アランは苦笑いした。


「それなら闇雲に駆け回らずに、モーガンさんの鍛冶工房の前で待っていればよかったんじゃ?」


「………………」


 虚空の一点を見詰めて固まるツーチは、片足ずつ交互に僅かに浮かせ、足先を小刻みに震わせていた。猫族特有の羞恥のポーズであった。ほどなくステラはポン、と手を叩き、懐から簡単な王都の見取り図を出すと、ツーチの眼前に突き付けた。


「ツーチさん、モーガンさんを訪ねた後に、ここ、シルム区のこの辺に行きたいんですけどわかります? 何分この王都は、私達にとって初めての場所ですし」


「へっ? ……旧市街ですね。古い街並みがそのままで入り組んでますから、迷いやすいですよ。私なら一発で案内出来ます」


 急に格好つけた立ち姿を見せるツーチを、露骨に蔑んだ目で見るセシリア。


「ねえステラ、このクソ猫に案内役を頼む気なの?」


「まあまあいいじゃないですか。無料の案内人と思えば」


 結局セシリアは満面の笑みのステラに押し切られ、不承不承ツーチと行動を共にする事に同意した。一行が再び歩き出すと、マルリーナはさりげなく後列のハンナの横へと移った。


「……?」


 ハンナが真顔で突然振り返り、少し離れた露店の前にいる、長い黒髪で黒一色の装備をした女剣士に目を留めた。肌は対照的に白く、美しい横顔をしていた。


「どうしたの?」


「ううん、何でもない。早く行こ」


 数歩進んで引き返したマルリーナが訊ねたが、ハンナは普段の快活な笑顔に戻ると、2人して小走りで、アラン達を追い掛けていった。


「なかなか鋭い。下手に近付けないな」


 女剣士は不敵に笑うと、露店の主に素朴な陶器のコップを投げ返し、あわてふためく店主が何とか受け止めて顔を上げると、もうその姿は人混みに消えていた。

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