第41話 光明
何らかの意図を持って、アラン達を追跡する女剣士。ハンナはその気配と視線を一度は感じ取ったが、気のせいかと片付けて以降、背後に注意を払わなかった。
やがてアラン達は王都を東西に走る大通りの西側、商業区と一般居住区の境にあるモーガンの鍛冶工房に到着した。女剣士はアラン達が中へ入るのを確認した後、出入口を見張るのに丁度良い、近くの細い路地へと身を寄せた。
自らの記憶を手繰り寄せる糸。身に着けた鎧がその役目を果たすと大いに期待していたセシリアは、挨拶もそっちのけでモーガンに調査結果を訊ねた。
昨日も利用した休憩小屋にアラン達を通して弟子のミルズにお茶を淹れさせたモーガンは、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「いやぁ、職人ギルドで色々と聞き回ったんだが、目ぼしい情報は無かった。面目無い」
「そうですか……」
期待が大きかった分、落胆の度合いも激しく、セシリアはがっくりと肩を落とした。マルリーナが懸命に慰める一方で、ステラは首から下げた変成瓶を手に取り、青く光る液体に魔力を込めると蓋を開けた。ドロリとした大きな滴が垂れ、光魔石へと変換される。深青色の小石が数個、テーブルの上に転がった。
「モーガンさん、この光魔石を買ってくれませんか? 珍しい物ですよ!」
「ほう? どれどれ……」
モーガンは1つつまみ上げて大きな掌に乗せると、まじまじと鑑定した。
「これは……。見たこともない光魔石だ。強い魔力も感じる。何のモンスターから採取したんだね?」
「聞いて驚き神秘の……んぐっ」
「いやあ、僕らの住んでたマリノアで水揚げされた魚が吐き出したんですよ。あははは……」
「そ、そうそう。ビックリしたよね」
アランは咄嗟にステラの口を塞ぎ、適当な嘘話を披露した。ハンナも空気を読んで話を合わせた。捕獲が禁じられている神秘の亀ブルートスを、密漁したと勘違いされるのを嫌ったのである。街を襲った水神が召喚した個体を倒して得た、と正直に話しても、笑われるのがオチだとアランは判断した。
「ほ~っ。南方のマリノアには不思議な魚がいるんだな。でも惜しいな。もう少し数があれば魔法剣の材料として申し分無いんだがなぁ。30000、いや40000ベルで買い取っても……」
「リーナ! リーナ! あなたのもまとめて売りましょう! 早く出して!」
金貨にして3~4枚。一般市民の数ヶ月分の生活費に相当する。金額を聞いて目の色を変えたステラが、マルリーナに迫った。
「わ、分かりましたから耳を摘ままないで下さい」
両方の猫耳をグイグイと指先で引っ張られて催促され、マルリーナはほのかに頬を紅潮させた。ステラと同じく、変成瓶の光魔液を光魔石へと変換する。ステラはそれをまとめて差し出した。モーガンは銀貨や銅貨を貯めた木箱をミルズに持ってこさせると、じゃらじゃらと掴んで数え、代価の40000ベルを支払った。ステラは素早く硬貨を皮袋に詰めて独り占めし、ズッシリとした重さに満足げであった。マルリーナは何か言いかけて出した手を、そっと引っ込めた。
「ス、ステラさん。それはいけません。きちんと半々にしませんと」
ツーチが勇気を振り絞って、マルリーナの取り分を要求した。
「は? 何か? ちょっと預かっただけです」
「そ、そそそうですよね。あはっ、ウニャッ」
一瞬凄味を帯びたステラの目に恐怖し、ツーチはすぐに引き下がった。他の仲間も愛想笑いを応酬させる。モーガンは光魔石を1つずつ親指と人差し指で摘まんで、創作意欲を湧かせていた。
「……そうだ、これで一振り飛びきりの魔法剣を打つけどどうだい? 安くしとくぞ」
「私はいいわ……この剣で十分だし」
気落ちしたままのセシリアが、腰に差した飾り気の無い武骨な剣に触れてボソボソと呟いた。
「それならアランさんよ、あんたは?」
「そ、それはまあ欲しいですけど。このショートソードはそろそろ買い換えようと思ってましたし」
「なら決まりだ。あのジャシンのガキへの当てつけさ。ようし、腕が鳴るぜ。ミルズ、大仕事になるぞ」
「はい親方! 準備に取り掛かります!」
ミルズが小屋から勇んで出ると、入れ替わりにがっしりとした体格の老人がやって来た。
「モーガン、ここにおったか。ほれ、お前さんが昨日調べてたあの鎧についてなんじゃが」
「おう、ガストロ爺さんじゃないか。何か思い出したのかい?」
「うむ」
「えっ、何か心当たりが!?」
すかさずセシリアが老人に詰め寄った。美しい少女がその鎧の持ち主と知り、老人は意外そうな面持ちであった。
「ほう、こりゃまた……。あ、何の話だったかの?」
「爺さん、このお嬢さんの鎧の事だよ」
「おおそうじゃった。ほれ、西の山に住んでるタズマじゃ。あやつなら何か判るかもしれんぞ。当代随一の甲冑師で、以前は帝国のお抱えだったらしいからの」
「タズマって鉱脈探しの名人の? あの偏屈爺さんに、そんな過去があったのか?」
モーガンは目を見開いて非常に驚いていた。
「ワシも詳しくは知らん。前に会った時に、あやつが珍しく酒に酔ってこぼしたんじゃ」
セシリアはパッと顔が明るくなり、ガストロ爺さんのしわしわの手を握り締めた。
「上物のお酒を手土産にすればいいのねっ?」
「おっ? おお。あやつは酒には目がないからな。バルネリオという鉱山町におるから、訪ねてみるといい。だが道は険しいぞ」
「問題ないわ! さあ行くわよ! まずは酒屋ね!」
言うが早いか、セシリアは小屋を飛び出して、中央広場の方へ行ってしまった。アラン達はモーガンとガストロへの礼もそこそこに、一斉に追い掛けていった。
いち早く追いすがったのは、ツーチであった。足に自信のあるアランより速く、人混みをぬって俊足を飛ばし、セシリアの腕を引っ張って止めていた。
セシリアは前だけを見て振りほどこうとしていた。必死に踏ん張るツーチがズリズリと引き摺られている所へ、少し遅れてアランがやって来た。
「……ふーっ。ありがとうツーチ。……セシリア……まったく、はぐれたらどうするんだ」
息を乱したアランに言われて、セシリアはようやく我に返った。
「……そう言えば、魔術師の老人の家にも行くんだったわね。ちょっと興奮したみたい」
「ハアハア……。凄い力ですね」
ツーチはすっかり疲労困憊していた。他の3人の仲間も、個人差はあったがどうにか追い付く。最後になったステラは走るのが得意ではなく、息も絶え絶えの有り様だった。道端で少し休憩して皆が息を整えると、アランは全員の顔を見渡した。
「お酒を買うのは後回しだ。旧市街のクルクスの家へ向かおう」
「おお、道案内は私に任せて下さい! そこの路地を右へ入ると近道ですから」
勇躍したツーチが、先頭に立って歩き出す。ハンナが緊張の様子を見せていたので、マルリーナはハンナと手を繋いで最後尾に移った。14歳という同い年の2人ではあるが、小柄な猫耳娘と外見上は普通の少女の組み合わせは、微笑ましいものがあった。
一行が路地を曲がると、黒髪の女剣士は尾行を続けるか躊躇した。
(全速で駆け出したかと思えば、すぐ引き返してどこへ行くのか? これ以上は危険かもしれないが……)
迷った挙げ句、女剣士は十分な間隔を空けてアラン達の追跡を続行していた。その目的は何なのか。
敵か味方か。それが判明するのは、もう少し先の事となる。




