昼休みの告白
昼休み。
ナツは、食堂に向かう三春と別れて小さな黒い袋を持って屋上へと向かう。
ナツと離れた途端、彼の友人と思われる男子生徒が寄ってきて談笑しながら歩いていく。
氷結病患者と付き合いながら一定数の友達と仲良く出来るのは彼の人柄の賜物というものだろう。
その途中、真冬も何人かの女子生徒や男子生徒から昼食を一緒にと誘われていたが「お弁当を持ってきてるので」
と聖女スマイルを浮かべて丁重に断る姿を見かけた。
お弁当と聞いてあの夜のカップ麺が頭に浮かぶ。が、自分には関係ないと視線を戻して屋上に向かう。
四季折高校の屋上の扉は基本的に施錠されているので出ることは出来ず、扉から階段、踊り場までは体育祭や文化祭等のイベントで使うテーブルやその他諸々の道具や荷物が置かれ、一種のバリケードのようになって生徒が近づけないようになっているのでナツにとっては最高の場所だ。
ナツは、申し訳程度に開かれた階段に腰を下ろし、ポケットからNOT COLDと銘柄のされた銀色のスタンドパウチのチューブを取り出し、蓋を開けて口に含むと袋の中身を取り出す。
タブレットとデジタルペン。
ナツは、タブレットの電源を入れイラスト用アプリを立ち上げると画面に幾つもの保存された絵が浮かび上がる。
ナツはその中から一つを選び立ち上げると2つのイラストが左右に現れる。
一つは黒猫と三毛猫に左右から顔を挟まれて満面の笑みを浮かべてゆったりと3Dの猫のラテアートの乗ったコーヒーを飲む金髪の綺麗な女性。
もう一つは背景に色取り取りのジャポン玉を浮かべて沢山の猫に囲まれてブラシしていく同じく金髪の綺麗な女性。
どちらにも"猫カフェで働いてみませんか?"とポップ体で書かれている。
アキに頼まれたバイト募集のポスター。
昨今どこの業界にも起きている人材不足の波は猫カフェCa-Syuu"にも例外なく起きている。特に3号店の人材不足は著しい。アキとナツが定休日以外を毎日出勤してようやく回すことが出来ている。なので人材募集は必須なのだが……。
"猫カフェで働いてみせんか?"の下、猫カフェ"Ca-Syuu"3号店、採用担当、相場より少し高い時給、電話番号とメールアドレス、そして最後にはこう書かれている。
"氷結病患者が働いてます"
その無感情な文が絵よりも相場より高い時給よりも色濃く浮かび上がる。
想いも希望も全てを無気色に染めるように。
ナツは、チューブの先を噛み締め、デジタルペンを走らせた。
無気色の中に色を見出すように。
「あのぉ……」
穏やかな女性の声が階段の下から聞こえる。
ナツは、デジタルペンを止める。
「こんな所で……私に何か御用でしょうか?」
聞き覚えのある声。
ナツは、チューブを離し、タブレットとペンを置いて腰を上げ、荷物の隙間から顔を出して手すりの下を覗き込むと一組の男女がいた。
一人は真冬。
もう一人は丸坊主に日焼けした肌、ナツよりは小さいがそれでも上背と筋肉があると分かる男子生徒。
真冬の戸惑った表情と先程の言葉を聞けば二人が友達でも知り合いのないのは一目瞭然だ。
そして坊主頭の緊張に張り詰めた赤い顔を見れば何が起きるのかも容易に推察できる。
(告白か)
ナツは、あちらに気付かれないように小さく息を吐く。
別に驚くことじゃない。
星上真冬は、この学校の聖女様であり高嶺の花。
男子生徒から告白されたなんて話しは三春としか付き合いのないナツですら耳にする。
そしてその告白を悉く断っていることも。
だから見るまでもなく結果は分かっている。
ナツは、興味を無くして手すりから離れる。
「聖女様」
坊主頭の絞り出す声が階下から響く。
「好きです。俺と付き合ってください」
身体中から熱と感情を絞り出すような告白。
ナツは、階段に腰を下ろす。
「ごめんなさい」
真冬のお淑やかで少しだけ申し訳なさそうな声が聞こえる。
丁寧に頭を下げる姿まで浮かんでくる。
「気持ちを伝えてくれたのは嬉しいです。でも私は誰ともお付き合いする気はないです。ごめんなさい」
もう一度頭を下げる姿が浮かぶ。
テンプレートのような謝罪と動き。
お淑やかで清楚な口調の裏には感情の機微なんてまるで感じられない。
三春の言う通りだ。
確かにこれはAI搭載のロボットだ。
定められた言葉と動きをただするだけ。
そこに感情なんてどこにも……。
ナツの脳裏に見窄らしい格好をしたもう一人の聖女様の姿が浮かぶ。
恥ずかしそうにしながらも感情を声にした聖女様の姿が。
ナツは、チューブを啜り再びデジタルぺンを取る。
「それでは……失礼します」
真冬が去ろうとす踵を返す音がする。
振られた坊主頭が心を痛めながらも彼女の背中を見送る……。
「やっぱあいつと付き合ってるの?」
空気が不穏になる。
ナツは、眉を顰める。
真冬の足音が止まる。
「あいつ?」
真冬が坊主頭の言葉の意味が分からず首を傾げる姿が頭に浮かぶ。
「生方だよ」
ナツは、チューブを落とす。
丸坊主、筋肉質、日焼けした肌。
あいつが三春に手を出した……!
ナツは、階段から立ち上がる。
「三春?」
真冬は、整った眉を顰める。
「三春がどうしたんです?」
「呼び捨てなんだ……」
坊主頭は、唇を歪ませ吐き捨てる。
「やっぱ付き合ってんじゃねえか」
「えっ?」
坊主頭は、真冬を睨みつける。
怒りと嫉妬の混じりあった目で。
「なんでだよ?」
坊主頭は足を踏み出す。
真冬は、慄き後退さり、壁にぶつかる。
坊主頭は構わず詰め寄る。
「なんであんな奴がいいんだよ!」
真冬は、横に逃げようとするが坊主頭の両腕がドンッと壁にぶつかり、真冬の頭を挟むように動きを封じる。
「いいから俺と付き合えよ!あんな奴よりもっといい思いさせてやるからよ!」
坊主頭の手が真冬の頬を掴む。
真冬の目が恐怖に染まる。
「あ……あっ……」
「あいつ、ロクな奴じゃねえよ。あの氷結病患者とつるんで悪いことばっかにしてるに決まってる!」
坊主頭は、汚れた声で叫ぶ。
「じゃなきゃあんなチャラいのがレギュラーでサードマンなんて呼ばれる訳がねえよ。きっと顧問に凍らせるとか言って脅してんだよ」
まるで根拠のないの嫉妬。
しかし、黒い炎を目で燃やした坊主頭はそのことに気づかず言葉を吐き続ける。
「知ってる?あの氷結病患者。自分の姉を氷漬けにしたんだよ」
真冬の大きな目が震える。
「ひでえよな。病気と一緒で心がないんだよ。あいつ」
坊主頭は、侮蔑の笑みを浮かべる。
「聖女様も脅されてるの?凍らせるって?」
黒く燃えた瞳孔が真冬を映す。
「俺が救ってあげる。氷結病患者なんて怖くないよ。知ってる?氷結病患者は故意に何かを凍らせたら犯罪者ってことで問答無用で捕まるんだよ。脅してもそう。だから安心して。俺が君を……」
「……こと……ないです」
潰れた口から掠れた声が漏れる。
「あの人は……人を脅したり……しないです」
「はあっ?」
坊主頭は、唇を引き攣らせ、声を荒げる。
「んで、そんなこと分かるんだよ!?」
坊主頭は、苛立ち声を荒げる。
「分かりません……分かりませんけど……」
真冬は、きゅっと右手を握りしめる。
「少なくても貴方よりは立派な人です」
震える真冬の目が坊主頭を打ち付ける。
坊主頭の顔から表情が抜け落ちる。
目が死んだ魚のように濁っていく。
「調子に乗るなよこの女が……」
引きちぎるように真冬の頬から手を離す。
真冬は、痛みとあまりの力に身体をよろけさす。
「二度と逆らえなくしてやる……」
坊主頭の目が暗く揺らめく。
太く鍛え上げられた手が硬く握られ真冬に振り下ろされる。
真冬の表情が恐怖に固まる。
肉を打つ音が無造作に響く。
しかし、痛みが襲いかかってくることはなかった。
「いっ……て」
掠れた声が耳を流れ、雪色の髪と大きな背中が真冬の視界を埋める。
「お……まえ……」
坊主頭の顔が驚愕に歪む。
「歯ぁ欠けたかと思ったぜ」
ナツは、坊主頭に殴られた頬を摩り、手袋をした指を口の中に入れる。
「こんな力で女子を殴ろうとしたんだ。罰は甘んじて受けろ」
罰?
ナツの言葉の意味が分からず坊主頭は眉を顰める。
ナツは、口の中から指を出し、唾液で汚れた指先を坊主頭の右手に向ける。
坊主頭は、釣られるように自分の右手を見て……絶句する。
右手が白く染まっている。
いや、染まっているじゃない。
凍ってる。
白く濁った氷となって服屋のマネキンのように固まってる。
固まって……固まって……固まって……!
「うわああああっ!?うわあああああっ!!?うわあああああっ!!」
坊主頭は、凍りついた右手を抱え、恐怖に顔を焦がして廊下を転げ回る。
坊主頭の悲鳴を聞きつけた教師と生徒たちが駆けつけてくる。
ナツは、恐怖に顔を引き攣られせている教師たちを横目で見て、転げ回る坊主頭の前にしゃがみ込むとポケットから飲みかけのスタンドパウチのにチューブを取り出し、吸い口を凍ったの右手に向けて思い切り絞る。
ドロッとした透明な液体が凍った右腕に注がれる。
その瞬間、ガラスの割れるような音を立てて氷が砕け、真っ赤に霜焼けた右腕が現れる。
坊主頭は、涙と鼻水を流して息絶え絶えに天井を見上げる。
「飯無くなった」
ナツは、空になったチューブを捨てる。
「言い逃れしようとしても無駄だからな。証拠は一部始終撮ってある」
そう言って階段の途中に置かれたタブレットを指差す。
「あ……あっ」
坊主頭は、漂白されたように白くなった顔が土色になって震える。
「二度と三春とあの子に手を出すな。今回は不可抗力だが次は本気で氷のマネキンにしてやる。捕まるなんて知ったことか。分かったな」
坊主頭は、カクカクと玩具のように首を縦に振る。
ナツは、すっと立ち上がり真冬を見る。
「怪我は?」
「え……あ……っ」
真冬は、呆然と呟き、自分が言われたことに気付く。
「だ……大丈夫……です。貴方は……」
「大したことない」
ナツは、ぶっきらぼうに言い、苦笑する。
「よく絡まれるな」
真冬の目が大きく見開き、頬が熱く染まる。
「とりあえず保健室には行っとけよ」
そう言って彼女の肩を叩くふりをして彼女の前を通り過ぎ、階段の途中に置かれたタブレットを拾い上げて狼狽する教師、生徒たちの間を抜けて去っていった。
真冬は、震える目でナツの背中をずっと見続けた。




