変わらない日々とちょっとずつ変わっていく世界(5)
「どういうことだ?」
「どう言うことですかねえ?」
隔絶された国境のように固くシャッターの落とされた店の前でナツと真冬は呆然と立ち尽くす。
シャッターには"本日定休日"と言う覆すことの出来ない最強の言葉が張り出されている。
「店長……間違えちゃったんですかね?それとも忘れてた?」
「姉ちゃんに限ってそれはないと思うけど……」
ナツとスタッフ以外は完璧な姉が自分達に買い出しを頼むのに店がやってるかを調べないはずがない。
だとすると……。
「わざとか?」
ナツの言葉に真冬は目を丸くする。
「わざと?」
真冬は、首を傾げる。
「買い出しは方便で俺たちを外に出したかっただけかもしれない」
「何のためにですか?」
真冬は、目をパチクリする。
「何のためって……」
ナツは、言いかけて言葉尻を濁す。
「多分……」
「多分?」
真冬の大きな目がナツを覗き込む。
「……っなんでもない」
ナツは、思わずふいっと顔を背ける。
俺と真冬を2人きりにしたかったんじゃなのか?
なんてとてもじゃないが言えなかった。
真冬は、不思議そうにナツを見る。
「と……とにかく一度店に戻るか。それか姉ちゃんに別の店でいいか確認して……」
そう言ってポケットからスマホを取り出そうとする……と。
ナツの手袋に包まれた指先に真冬の細い指が絡む。
桃色の爪が青くなり、肌から血の気が失せていく。
「おいっ」
「……嫌ですか?」
真冬は、か細い声で呟く。
指先を白く薄い霜が覆う。
それに反して頬が真っ赤に熱を帯びる。
「私と2人きりは嫌ですか?」
袖がキュッと握りしめられる。
白い霜がひび割れ、氷の塵が零れ落ちる。
血色の瞳が大きく震える。
熱に憂う大きな目がナツを映す。
「……分かった」
ナツは、小さく呟く。
真冬の目に驚きと喜びが浮かぶ。
「もう少し一緒にいよう」
「はいっ」
「だから、手を離せ。凍るぞ」
「もう慣れましたよ?」
「それでもだ」
「……はいっ」
真冬は、名残惜しそうにナツの手を離す。
白い霜が崩れ、夏の風に舞っていく。
ナツは、真冬の温もりを確認するように手袋に包まれた指先を見る。
「じゃあ……どこ行く?」
「どこでも。ナツ君と一緒なら」
真冬は、柔らかく微笑む。
その時……。
グゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
帯に包まれたお腹から盛大に音が鳴り響く。
真冬は、さっきと違う意味で顔を盛大に真っ赤にしてぺたんこのお腹を押さえる。
ナツは、ぷっと吹き出して笑う。
「やっぱ地球育ちの宇宙人だ!」
「だから尻尾は生えてません!」
真冬は、恨みがましくナツを睨む。
「とりあえず何か食べるか?」
ナツは、血色の瞳に浮かんだ涙を拭いながら言う。
「でも、店長が……」
「軽くならいいだろ?お前なら食えるだろうし」
ナツが揶揄い口調で言うと真冬はむううと頬を膨らませる。
「とりあえずコンビニでも探そう」
そう言って再び踵を返そうとする、と。
「ナツ君」
真冬の声に振り返る。
真冬は、再び頬を赤く染めて恥ずかしそうに視線を泳がせる。
「手……握ってもいいですか?」
「駄目って言ったろ?」
「いえ、直接ではなく間接的に。握る真似でいいので」
熱を帯びた大きな目が真剣にナツを見る。
ナツは、真冬目をじっと見返して……そっと左手を差し出す。
「真似だけだぞ」
「……はいっ!」
真冬は、嬉しそうにナツの手に自分の手を触れるか触れないかで重ねる。
それだけで互いの体温が伝わる気がした。
真冬は嬉しそうに、ナツは少し恥ずかしそうにしながら足を進めた。
便利なお店だからコンビニエンスストア。
つまり近くにあって気軽に行けると言う利点が売りのはずなのにどれだけ歩いても看板も案内標識も出てこないのはどう言うことなのだろうか?
「疲れてないか?真冬?」
ナツは、手が触れないように添えて横を歩く真冬を見る。
「はいっ大丈夫です」
真冬は、笑みを浮かべて言う。
「浴衣って歩き辛いんじゃないのか?」
「まあ、お洋服に比べればそうですけど下駄を履いてるわけではないので……」
そう言って足を上げて履き古して敗れかけたスニーカーを見せる。
「姉ちゃんから靴もらってなかったか?」
「はいっ何足か頂いたんですが……」
本人はお古と言っていたが明らかに新品の高価で趣味の良いものを。
「勿体無くて履けなくて……」
「履かない方が勿体無いだろ?加水分解起こすぞ」
「良くそんな言葉知ってますね」
真冬は、目を丸くして言う。
「一応、授業は真面目に受けてたからな」
「お利口さんですね」
真冬は、手を添えてない方の手でナツの頭をナデナデする真似をする。
「お前には及ばないけどな」
そう言ってナツは口元を緩め、真冬は楽しそうに笑う。
そんな2人の様子を道行く人達がジロジロと見る。
珍しい猫柄の浴衣を着た可憐で清らかな雰囲気の漂う美少女と、忌みな雪色と怖を招く血色の瞳をした氷結病患者。
そんな不揃いで歪な2人が仲睦まじく手を取り合い、楽しそうに会話する。
その姿が周囲にはあまりにも悍ましく、気持ち悪く映り、そしてそう見られていることを誰よりも2人が気づいていた。
「顔が怖いぞ。真冬」
むすっと頬を膨らまして周囲を睨む真冬にナツは声を掛ける。
「そんな怖いですか?」
「ああっ姉ちゃんもそうだけど美人の怒り顔ってのは迫力があるからな。周りも俺にじゃなくて真冬にビビってるんじゃないか?」
「怖い……」
真冬は、考え込むように俯く。
それを見てナツは後悔する。
ひょっとして怒らせてしまったのでは……と。
しかし……。
「良かったです」
真冬は、嬉しそうに唇を綻ばす。
「良かった?」
「うんっナツ君じゃなくて私を怖いと思ってもらえたならいいかなって。うんっそっちの方が全然いい」
血色の瞳が大きく開き、真冬を凝視する。
「でも、あの動画見てないんですかね?あれ見ればナツ君が……氷結病患者が怖くないって分かるのに」
「みんながみんな見てる訳じゃないだろ?精々が高校野球ファンと猫好き、そしてミーハーくらいだ」
「でも……」
「俺は、三春が甲子園に出場出来ただけで満足だよ」
そう言って唇を綻ばせる。
あの動画の効果は氷結病患者の負のイメージを和らげただけでなく、その日戦っていた高校球児についても向けられた。
猫を救うと言う勇敢な行為の裏側で彼らに涙を流させてはいけない、と。
そして四季折高校野球部の勝利は無効にならず、むしろ奇跡の野球部として注目を集めて甲子園出場することが出来たのだ。
「あれは……本当に良かった」
「ナツ君、ベッドの上で泣いてましたもんね」
真冬は、当時のことを思い出してニヤッと笑う。
あの時、突然ナツも無事ではなかった。
落下を防ぐために不凍液と化した滝のように大量の水に両手を突っ込んだ。
結果としては不凍液の効果の薄くなった水は緩やかに凍ってブレーキとなって落下を防いだ。しかし、滝の衝撃と緩やかとは言え凍りを砕きながらのブレーキは両腕にダメージを与えた。しかも頭部に裂傷という大怪我まで負って。
全治3週間。
欠損も骨折も神経断裂もなかったのが奇跡だった。
「店長も大変でしたね。ナツ君の顔を見るなり号泣して……」
「ああっあれは痛かった」
ナツは、空いてる手で頬を摩る。
普通の病院では治療の受け入れをしてもらえないナツはWHO管轄の病院の隔離病棟で入院することになった。
氷結病を警戒しての隔離。
専門資格を持った医療従事者か職員以外は身内でも入れないと言われたのに……。
「簡単にセキュリティ突破したからな」
「はいっ右腕だけで魔王のお腹を突き破ったくらいの衝撃です」
アキは、職員達が止めるのも聞かずに病室に繋がる何重ものセキュリティーを単独突破してナツの病室に侵入した。
ナツは、予期せぬ姉の侵入に驚き、アキは怒りにアーモンド型の目を釣り上げてナツに近寄り、彼の頬を思いきりビンタした。
バシンっと病室に響く音に恐れ慄く医療従事者と職員。
何が起きたのか分からないナツ。
そしてアーモンド型の目が大粒の涙を溢して泣き叫びながら凍るのも厭わずに強く抱きしめた。
その瞬間、ナツは二度目の生きていて良かったと実感した。
「お家に戻ってからもずっと付き添ってましたもんね」
「店があるからいいって言ったのにな」
ナツは、肩を竦める。
「ブラコン」
「ナツ君も十分シスコンだと思いますよ」
真冬は、ふふふっと笑う。
「コンビニないな」
「そうですね」
「腹は?」
「大丈夫です」
ニコッと笑いながら言いながらも無意識にお腹に手を置いてる。
ナツは、下顎に皺を寄せてコンビニじゃなくても何かないか探す、と。
浮き立つような艶やかなBGMが微かに聞こえてくる。
「これは?」
「出囃子?」
ナツと真冬は、同じように首を傾げて互いの顔を見やる。
そうこれは猫カフェで流れていた出囃子のBGMと同じものだ。
ナツと真冬は、怪訝に思いながらもハメルーンの笛に導かれる子どものように出囃子のBGMが鳴る方へと足を向けた。
ぼんやりとした提灯の灯りが目に飛び込む。
灰色の鳥居の奥に整列するようにびっしりと埋まった心躍らせる配色と文字の屋台、胃袋を刺激する匂い、そして現実と切り離され、多様な高揚感を生む空間がそこにあった。
「これって……」
「縁日……というものでしょうか?」
2人は、呆然と呟く。
2人の言葉通り、それは小さな神社の敷地内に催されたお祭りだった。
「こんな夏の終わりに祭りってやるもんなのか?」
「地域ごとに重ならない予定を組んでるんでしょうけど温暖化とかもあるんじゃないでしょうか?ほらその……熱中症対策とか」
「ああっなるほど」
自分には縁のない症状なのですっかり懸念していた。
「ひょっとして……姉ちゃん……」
この祭りのことを知ってて真冬を浴衣のまま出したのか?
だとすると店が休みだったことの説明がつくし、もしかしたら真冬に浴衣を着せる名目を作るために店のイベントを企画した可能性も……。
「姉ちゃんならやりかねねえ」
自分とスタッフにだけポンコツになる才女はついにバイトの女の子に対してもポンコツになったのかもしれない。
真冬は、大きな目を子どものように爛々と輝かせて縁日を見ている。
「祭り……行ったことないのか?」
「はいっ……その……行くような家ではなかったので」
そう呟く真冬の表情に少しだけ翳りが落ちる。
「三春とは?」
「夜に出るのは許されなかったので……」
放任どころかいないものとして扱ってたのに……と真冬は暗く苦笑する。
ナツは、ぎゅっと唇を結ぶ。
「ナツ君は?」
「病気になる前はよく行ってた。姉ちゃんに引き取られてからも何度か連れてってもらったけど……」
ナツは、鳥居の向こうに目を向ける。
ナツの存在に気づいた何人かが顔を思いきり顰めて睨んでくる。
「みんな俺が行くと嫌がるからな。食べるもんもないし」
今度は真冬が顔を思いきり顰める。
「ナツ君」
ナツの手に添えられた真冬の手にキュッと力が入る。
「なんだ?」
「……行きませんか?」
血色の瞳が大きく震える。
「あの反応見たろ?俺が行ったら……」
「関係ありません」
真冬の指先が手袋に包まれたナツの手に触れる。
「周りがどう思おうが関係ありません。私は……ナツ君と行きたいんです」
大きな目が強くナツに訴える。
「ナツ君は……どうしたいですか?」
「……俺は……」
「楽しみたいに決まってるよねえ?」
突然、背後からかけられた声に2人はびくんっと背中を震わせる。
振り返ると墨色に円紋様の浴衣を着た鼻髭を生やした男性、加藤木が人好きの笑みを浮かべて立っていた。
「ようこそ。我が町内会のお祭りへ」
ナツ達が「なんで加藤木さんがここに!?」と言う前に加藤木が先制を打ってきた。
「ここ……加藤木さんの町内会なんですか?」
長年付き合いのあるナツも初めて知る事実に驚く。
「そうなんだよ。まあご近所さんと言う程じゃないけどね」
加藤木は、楽しそうに笑う。
「まあ、そのお陰で進藤さんと知り合ったんだけどね」
加藤木は、浴衣の左の裾に右手を突っ込んでゴソゴソ弄り、綺麗に折り畳まれた紙を取り出すと真冬に差し出す。
真冬は、紙を受け取ると加藤木に許可を取ってそっと開く。
「地図……ですか?」
そこに書かれたのは神社を中心にどこに何の出店があるか描かれた地図だった。出店の何箇所かには赤いマジックで小さな丸が描かれている。
「その丸のところはね。うちの譲渡会の会員が出店をやってるんだ」
加藤木は、ニコニコと答える。
「みんな君たちが遊びに来るの待ってるよ」
その言葉にナツと真冬は同じように目を丸くする。
「ピヨピヨは使えないから現金で払うんだよ」
そう言って真冬の持つ猫柄の巾着を指差す。
「それじゃね」
そう言って加藤木は去っていく。
ナツと真冬は加藤木が去っていくのを呆然と見送り、顔を見合わせる。
「完全に……」
「策にハマったな」
2人の脳裏に「作戦完了」とクールに微笑むアキの姿が浮かび、思わずほくそ笑む。
「……いくか」
「はいっ」
そう言って2人は神社の鳥居を潜り抜けた。




