変わらない日々とちょっとずつ変わっていく世界(終)
「めっさ買ったな……」
焼きそば、たこ焼き、イカ焼き、串焼き、お好み焼き、綿飴に林檎飴……祭りの七福神と呼ぶべき存在達に囲まれた真冬を見てナツは血色の瞳に呆れを浮かべ苦笑する。
「いや、あの……ちょっと買いすぎちゃいましたか……ね?」
真冬は、今にもどこかの隙間に入り込んでしまいそうなくらい肩を萎め、頬を真っ赤にして俯く。
「お……お祭りのご飯って見るの初めてだったんで……つい夢中になって……」
「まあ、見事な狂喜乱舞だったな」
縁日に飛び込み、芳しい匂いを漂わせて輝く屋台飯を見た瞬間の真冬の目の輝きと狂いぶりは忘れようにも忘れられない。
「マジで尻尾生えてないんだよな?お前?」
「生えてませんっ!」
「本当かあ?」
ナツは、疑わしげに真冬のお尻の部分を見る。真冬は、顔を更に真っ赤にしてお尻を隠して頬をぷうっと膨らませてナツを睨む。
「とりあえず食べたら?屋台飯とは言え冷めたら不味くなるんじゃないか?」
「……ナツ君は?」
「俺は、これがある」
そういってポケットから不凍液のパックをかける。
「かければ食べれますよね?」
「見た目が良くないだろ?水っぽい焼きそばなんて食いたいか?知らんけど」
ナツの言葉に真冬は「ゔーっ」と唸る。
「気にしないで食べろ。せっかくの初屋台飯なんだから」
「……帰ったら同じものを作ります」
「楽しみにしてる」
ナツは、小さく口元を綻ばせる。
真冬は、両手を合わせて「いただきます」と割り箸を丁寧に割って焼きそばを食べた。
「どうだ?」
「……美味しいです」
「そうか……」
ナツは、小さく呟いて正面を見る。
ナツと真冬がいるのは神社の境内の中に設置された小さなベンチだ。本来は七五三やお宮参りで順番待ちするためのものだが加藤木が2人の為に予約席としてくれていたらしい。
あまりにも姉の手の上で踊らされ過ぎて怒りも悔しさも湧いてこない。
2人の席からは祭りの様子がよく見える。
もうすぐ夜の9時を回ると言うのに喧騒は収まる様子を知らない。
提灯や屋台の灯りは夜の帷を剥がして煌々と独自の世界を作り出し、絶え間なく繰り返す出囃子のBGMが更に人々の心を煽っていく、
夏の終わりを惜しむように、夏がいつまでも続くように。
その様子は幼い頃見た光景とまるで変わっていない。
そう変わってない。
「世界は……まるで変わってない」
ナツは、切なげに呟き不凍液を啜る。
「そんなことはないです」
隣から聞こえた呟きにナツは振り返る。
真冬は、口に含んだ焼きそばをゆっくりと咀嚼して飲み込む。
「世界は……変わってますよ。少しずつ」
ナツは、血色の瞳を顰める。
「変わってるって……どこがだ?」
「これです」
真冬は、焼きそばを見る。
「味付けが変わってたか?」
「それは分かりません。屋台の焼きそばなんて食べたことないですから」
「じゃあ、なにが?」
「これを作ってくれたのは譲渡会で出会った人です」
真冬の頭に焼きそばを売ってくれた初老の女性が浮かぶ。
「焼きそばだけじゃありません。ここにあるのは全て譲渡会の人達が作ったもの」
「そうだな。この町内会だけで譲渡会イベントが開けそうだ」
そうなったらアキがまた張り切るだろうなと口元を緩ませる。
「あの人達……初めて会った時はみんなナツ君を睨んでました。怖がってました。嫌ってました」
キュッと握った割り箸が軋む。
「でも、この焼きそばを売ってくれた時は違いました。ナツ君を見て、笑顔で微笑んでくれました」
「茶トラ猫を助けたからだろ?それかあの動画を見たから……」
「それもあると思います。でもみんな気が付いたんです。氷結病患者は怖い存在じゃないって。同じ人間なんだって」
「真冬……」
「きっと世界は変わります。一歩にも半歩満たない歩みだけど変わっていきます。とても……良い方向に」
真冬は、そう言って焼きそば口に運ぶ。
世界が変わる。
なんて陳腐な言葉なんだろう、とナツは思った。
だって世界は何にも変わってない。
氷結病は無くならない。
差別だってなくなってない。
アキの身体が元気になるわけでもない。
真冬の両親が心を改めて彼女を愛してくれる訳でもないり
何も……何も変わってない。
それでも……。
「世界は……変わっていく。良い方向に」
そう呟いたナツの言葉は心からそう信じたいと願っているようだった。
真冬は、ニコッと微笑んでそんなナツを優しく見つめた。
「……ねえナツ君」
「なんだ?」
ナツは、不凍液をチューッと音を立てて啜る。
「ナツ君は……どうして復学しようと思ったんですか?」
血色の瞳が大きく見開く。
「お怪我が治って仕事復帰されたら急に復学すると言われたので店長も私も驚きました。三春に連絡したら大喜びしてホームランを打ってました」
「だったらベスト4の時に言えば良かったな」
ナツは、苦笑する。
「ねえ、なんでなんですか?」
真冬の大きな目がナツの顔を覗き込む。
ナツは、頬を赤く染めて視線を反らす。
「ひょっとして……私も学校辞めるって言ったからですか?私を辞めさせない為……ですか?」
「……それもある」
「それも?」
真冬は、じっと覗き込む。
「……………………たから」
ナツは、ボソボソと呟く。
らしくない態度に真冬は、眉を顰める。
「……俺が……真冬と学校に通いたかったから……」
ポトンっと割り箸が焼きそばの上に落ち、そのまま足元に落下する。
頬がじわっと赤く熱くなる。
「そんな理由じゃ……ダメか?」
ナツは、白い顔を真っ赤にして訊く。
「……じゃないです」
真冬は、ブンブン首を横に振る。
「ダメじゃ……ないです!」
「……そうか」
ナツは、安心したように口元を綻ばせる。
「気持ち悪いとか思われたらどうしようかと思ったよ」
「そんなこと……」
「また、よろしくな。真冬」
「はい……」
真冬は、顔を真っ赤にして頷く。
「あ……あのナツ君」
「なんだ?」
真冬は、キョロキョロと視線を彷徨わせたかと思うと林檎飴を取ってナツの口元に寄せる。
「一口いかがですか?」
「……いや、食えねえから」
ナツは、露骨に眉を寄せる。
「不凍液をかければ食べれますよね?」
「いや、だからせっかくの食い物が台無しになるぞ。それにお前が食べたかったんだろ?」
「私は……ナツ君にも食べて欲しいです」
真冬は、じっとナツを見る。
「私とは……一緒に食べたくないですか?」
ナツは、血色の瞳を震わせ、林檎雨と真冬を見る。
「……味変わってもしらねえぞ」
ナツは、不凍液のパックを逆さまにして林檎飴にかける。
透明な液体が林檎飴を静かに染めていく。
「いただきます」
ナツは、大きく口を開いて林檎飴に齧り付く。
カチンッと表面が砕ける感触と甘酸っぱい味が口の中に広が……!
目の前に真冬の顔が現れる。
大きな目を閉じ、頬を林檎のように赤らめ、林檎飴に唇を寄せる。
月と祭りの灯りが2人の影を大きく伸ばして神社の壁に写す。
重なり合った2人の顔が甘く溶けて離れない。
不凍液が流れ落ちる。
林檎飴が白く染まり、音を立てて砕ける。
2人の顔が触れるくらい寄り添う。
血色の瞳に真冬の顔が、大きな目にナツの顔が映る。
「……ナツ君」
「なんだ?」
「これからも……私のこと見てくれますか?気づいてくれますか?」
「ああっちゃんと見る。ちゃんと気付く」
「ナツ君……」
「……なんだ?」
「……好きです」
「……!」
「大好きです。この世界で1番、誰よりも……誰よりも大好きです」
「真冬……」
「ナツ君は……私のことをどう思ってますか?」
「俺は……」
「嫌いですか?ウザいですか?」
「そんなこと……」
「……言ってください……」
「俺は………………」
「…………」
「……好きだ」
「…………!」
「俺も……お前のことが好きだ」
出囃子のBGMが消える。
喧騒が止み、屋台の灯りがゆっくりと落ちていく。
しかし、月の明かりだけがひたすらに2人を優しく包み、交わらせる。
「これからもよろしくな。真冬」
ナツは、優しく微笑む。
「……はいっ大好きです。ナツ君」
真冬は、大きな笑みを浮かべる。
白い塵が夏の空を舞う。
閉ざされていた2人の世界が少しずつ変化する。
この小さな変化がいつか大きく世界を変えていくきっかけになるのはまた……別の話し。




