変わらない日々とちょっとずつ変わっていく世界(4)
「ナツ君」
真冬は、雅と三春のお土産を抱えてバックヤードに戻る。
ちゃぶ台の置かれたスペースで壁に寄りかかってタブレットと睨めっこしていたナツはデジタルペンを止めて血色の瞳を上げる。
「休憩か?」
「じゃなくて閉店。時計見て下さい」
真冬は、雅を抱っこしたまま肩を竦める。
ナツは、言われて時計を見るともうすぐ20時になろうとしていた。
「ずっと描いてたんですか?」
「ああっ溜まってたからな。リハビリにも丁度いいし」
そう言ってCOLDとプリントされた手袋に包まれた手をグッパーする。
「それに誰かさんのせいで大量注文も入ったし」
そう言って真冬に抱っこされた雅を睨む。
雅は、素知らぬ顔をして真冬の胸に頬をスリスリする。
「お布施が出来ないならって10バージョンくらい写真撮りましたからね」
興奮を通り越して狂乱する女子大生3人と雅のしてやったり顔の10通り4ショットを思い出して真冬は苦笑する。
「幾ら使ったんですかね?」
「武道会の賞金くらいじゃね?」
「そりゃ一晩で無くなりますね」
2人にしか通じ合わないトークに雅は首を傾げる。
「それは?」
ナツは、紙袋を指差す。
「三春から。甲子園のお土産。ナツ君の分もありますよ」
「来たのか?」
「はいっ。学校で会おうって伝えてくれって言われました」
「……そうか」
ナツは、視線をタブレットに落とす。
「茶トラちゃん達も来ましたよ」
「元気だったか?」
「はいっとっても。娘さんの顔も輝いてました」
「そうか」
ナツは、唇を綻ばせる。
「ナツ君に会いたがってましたよ。モテモテですね」
「声のトーンと表情があってないぞ」
ハイライトの消えた大きな目と表情の抜けた顔にナツは思わず背中を引く。
「一緒に遊ぶ時は声かけて下さいね。お二人の安全の為にぺったり張り付きますから」
「何の安全だ!?」
「色々です」
真冬は、ははっと乾き笑いする。
「同級生の子も訪ねてきました」
ナツは、眉を顰める。
「誰?」
「三沢さん。知ってますか?」
「確かショートヘアの?」
「分かるんですね」
「自分で質問しといてなんで堕ちる?」
「はははっ」
目のハイライトが更に深く落として暗く笑う。
「あの動画……彼女達が上げてました」
「……読み通りか」
「はいっ。ナツ君が学校に戻るのか気にしてました」
「なんて答えたんだ?」
「行きますと答えましたよ。私も。ナツ君も」
「……そうか」
ナツは、背中を壁に落とす。
「彼女……ずっと謝ってました」
「別にその子が悪い訳じゃない」
「そうですね。その子だけじゃありません。全員が悪いです」
「許してやらなかったのか?」
「謝罪を受け入れました。友達になってというからはいっと答えました」
「じゃあ」
「それでも彼女達がしたことは決して許せないし忘れることはありません」
「俺は、別に何とも思ってない」
「ナツ君の思いは関係ないです。これは私の思いなんで」
真冬は、じっとナツを見る。
ナツも血色の瞳でじっと真冬を見て……肩を竦める。
「強くなったな。いや……頑固になった……か?」
「お互いさまですね」
真冬は、ふふふっと楽しげに笑う。
「でも、学校では仲良くしろよ。同級生の言い争いなんて二度と見たくないからな」
「それは私も一緒です。お友達ですから。でも、あちらの態度次第じゃ分かりません。私は……もう聖女様じゃないので」
真冬は、輝くように笑う。
とても愛らしく、眩しい笑顔。
それは高嶺の花の聖女様ではなく凛と野に咲く星上真冬の笑顔だった。
ナツは、血色の瞳を細めて彼女の顔を見る。
「?どうしました?」
「いや、ちゃんと地球人になったんだなと思って」
「人を地球育ちの宇宙人みたいに言わないで下さい。尻尾は生えてませんから」
真冬は、ぷうっと頬を膨らませてナツを睨む。
雅が僕には尻尾があるよと言わんばかりに尻尾を大きく振る。
「ナツ。真冬ちゃん」
伸びた金色の髪を後ろでまとめたアキがバックヤードにやってくる。その後ろを花と数匹のスタッフも付いてきて、アキが立ち止まるとその足に頬をスリスリする。
「どうかしたのか姉ちゃん?」
「ちょっと2人にお願いがあるんだけど」
「お願い……ですか?」
真冬は、首を傾げる。
また、イベント用の何かを購入してどこかに運ぶのだろうか?
「お買い物に行ってきて欲しいの」
「買い物?」
ナツは、顔を顰める。
「また、スタッフのご飯が足りないのか?」
在庫は、たっぷりあった気がしたが……。
「ご飯だけどスタッフのじゃないわ」
「スタッフじゃない?」
てことは……。
血色の瞳を雅を抱き抱えた元聖女様をじっと見る。
「一昨日パンパンに買ったはずの食材がもう無くなりかけてるのよ。なんでかしらね……」
アーモンド型の目を楽しげに細めて元聖女様を見る。
二つの特異な目に見られて真冬は、恥ずかしそうに頬を赤らめて俯く。
ぎゅっと絞められて痛いのか雅が抗議の鳴き声を上げる。
「地球人用の冷蔵庫じゃ限界があるみたいね。業務用の冷蔵庫を購入しようかしら?それとも物流倉庫の冷凍庫でもレンタルする?」
「やっぱ地球育ちの宇宙人だったか。満月見るなよ」
「だから尻尾は生えてません!」
姉弟の揶揄いに真冬は、顔を真っ赤にして声を上げる。
雅が尻尾をパタンっと振る。
「って……訳だから買ってきて欲しいの。買って欲しいものはメッセージに投げたわ」
「随分多いなあ。持って帰れないぞ」
タブレットに表示された買い物リストを見てナツはぼやく。
「今日分はあるからいいの。配達にしてもらって」
「だったらネットで注文すればいいじゃねえか。わざわざ行かなくても」
「食材と衣類は実際に見た方がいいの。真冬ちゃん食いしん坊なだけあって目聞きは確かだから」
褒めてるのか皮肉ってるのか分からないアキの言葉に真冬は更に恥ずかしそうに縮こまる。
「それにあんただってちょっとは食べてるんだから貢献しなさい」
そう言ってマンチカンの絵が描かれたアイボリーの財布をポケットから取り出す。
「電子マネーじゃダメなの?」
「私物だからね。現金でお願い」
私物もいつも電子マネーかカードで買ってる癖にと訝しく思いながらもナツはアイボリーの財布を睨む。
「それじゃあ私着替えてきます」
流石に浴衣で買い物には行けないと思い、真冬はそっと雅を下ろして着替えに行こうとする。
「ううんっその格好でいいわ。むしろそれが最高」
アキは、アーモンド型の目を細めて言う。
「え……でも……」
真冬は、戸惑いながら浴衣とアキを見やる。
「お店の宣伝にもなるから。食費代の為と思ってよろしくね看板娘ちゃん」
「は……はあっ」
「それじゃあ気をつけて行ってきてね」
「もう行くのか!?」
閉店作業を終えてからでもいいのでは?と言おうとしたが……。
「10代の子をそんな夜遅くに出す訳にいかないでしょ。さっさと行きなさい」
いつもの帰宅時間よりも遥かに早い時間だけどなと思いながらもナツは渋々立ち上がる。
「よろしくね真冬ちゃん」
アキは、アーモンド型の目を柔らかくどこからか猫柄の巾着を取り出してアイボリーの財布を入れて真冬に渡す。
「少し離れたところにあるスーパーの方が安いからそっちで買ってきてね」
「は……はあっ」
「どうぞごゆっくり」
アキの言葉に違和感を感じながらもナツと真冬は簡単な準備だけをして店を出て行った。
「頑張ってね。2人とも」
アキは、アーモンド型の目を柔らかく細めて両手の指でハートマークを作る。
「愛上等」
そんなご機嫌なアキをスタッフ達は丸い目でじっと見つめた。




