変わらない日々とちょっとずつ変わっていく世界(3)
それから1時間後。
お神輿に見立てたキャットタワーの天辺に乗って鳳凰の尻尾に倒立して戯れ、あたかも神輿の上で凛々しく舞っているように見える雅にお札どころかICカード、電子マネーまでもお布施しようとする女子大生3人を必死に止めていると出入り口の開く音がする。
真冬は、花と他スタッフ達に雅の暴挙を止めるようにお願いして出入り口に向かって……驚く。
そこにいたのはショートヘアの同級生……三沢だった。
「こ……こんばんは」
三沢は気まずそうな声で挨拶する。
「こんばんは。いらっしゃい」
真冬は、笑顔で応対する。
「今日は遊びにいらしたんですか?」
「そう……じゃないんだけど……」
三沢は、お腹で組んだ両手の指をモジモジさせて視線を反らす。
「もうすぐ……夏休み終わるでしょ?」
「そうですね。あっひょっとして休み明けのテスト対策ですか?」
停学を喰らっている彼女達は休み明けのテストで良い結果を残さないと今度こそ退学の一歩手前まで追い込まれてしまう。
「申し訳ありませんが今年は見ての通り忙しいので私もあまり勉強出来てないんです」
それにもう学年一位に固執しているわけでもない。
この数ヶ月で成績なんかで注目を集めて評価される虚しさと意味のなさは嫌と言うほど痛感したから。
「なのでお役には立てないかと」
真冬は、深々と頭を下げる。
「いや……そうじゃないんだけど……」
「それじゃあばっちりと?」
「ううんっ赤点免れれば御の字」
「じゃあ、なんでしょう?」
彼女の目的が分からず真冬は眉を顰める。
「星上さんと進藤君は休み明け学校に来るの?」
彼女の言葉に真冬は目を大きく見開く。
自分が何に驚いたのか分からなかった。
学校に来るか……つまり退学せずに普通に学校に来るのかと聞かれたことか?
自分のことを"聖女様"ではなく"星上さん"と呼んだことか?
それとも"氷結病患者"ではなく"進藤君"と彼を呼んだことか?
「行きますよ」
真冬の言葉に三沢の一重の目が大きく見開く。
「私も彼も学校に行きます。いつも通り、今まで通りね」
真冬の言葉に三沢の顔が微かに輝く。
その反応に真冬はずっと抱いてきた疑問に結びついた気がした。
「あの動画を上げたのは貴方達ですね?」
真冬の言葉に三沢の肩がびくんっと震える。
真冬の言う動画とは彼の事件の心象を変えたあの動画"氷結病患者の少年が小さな命を救う"のことだ。
「あの動画を見た時、不思議に思ったんです。この投稿者はなんでこんな動画をあげたんだろうって。大半が氷結病患者叩きで盛り上がる中、敢えて炎上覚悟の動画を上げたんだろって」
実際、投稿当初はアンチコメントで埋め尽くすされ、そのまま沈んでいくと思っていた。
「私、何度も何度もあの動画を見ました。で、気付いたです。この動画の投稿者は謝ろうとしてるって。罪を償おうとしてるって。許しを乞おうとしてるって」
そう……まるで戦場に出た兵士が自分が殺した敵の兵士の家族に謝罪に出向くように。
「アレは貴方の……貴方達の罪の形なんですね?」
三沢は、視線を逸らし両手をギュと握る。
「流石だね聖女……星上さん。本当頭が良い」
「お世辞はいいです。でも……そう言う事なんですね?」
「そうだよ。アレは私達の罪滅ぼし。一方的に出した免罪符だよ」
一重の目が震える。
「星上さんに進藤君のことを何も知らないって言われた時、凄いショックだった。だって……」
一重の目から涙が一筋落ちる。
「私たち……本当に進藤君のこと何も知らなかったから」
病気しか見てなかった。
怖いとしか思ってなかった。
早くいなくなって欲しいと願っていた。
「彼がどんな人かなんて……何を考えているかなんて……どんな気持ちでいるかなんて考えなかった……考えなかったの」
涙が一つ、二つと落ちる。
「みんなで話した。彼に何かされた?嫌なこと言われた?凍らされそうになったかって……」
「どうでした?」
真冬は、固い声で訊く。
「なかった」
三沢は、弱々しく呟く。
「なかった……そんなこと一度もなかった。彼は教室の隅っこで生方君とお話しして勉強して帰っていくだけ。何も……何もしてなかった」
三沢は、両手で顔を覆う。
「私たち……なんてことしちゃったんだろうって。何にも悪くない人をただ偏見で、病気だからって差別して、無視して、悪人にしたて上げて。悪いのは彼じゃない。私たちなのに……」
両手の隙間から涙が溢れでる。
「だから罪滅ぼしをしようと思ったの。あの日の動画を頭を下げてかき集めて、譲渡会の人や見ていた人たちから証言を取って繋ぎ合わせて……」
「良い意見ばかりでしたね?サクラをお願いしたんですか?」
「ううんっ。みんな心からの意見だよ。氷結病は怖いけど彼は怖くなかったって……とても優しい人に見えたって」
「そうですか……」
真冬は、胸に手を当てて唇を綻ばせる。
「本当にごめんなさい……」
三沢は、深く深く頭を下げる。
「謝罪は彼に直接してください。学校で」
三沢は、涙に濡れた顔を上げる。
「学校で、彼の顔を見ていってください。そして……」
真冬は、胸に当てた手をぎゅっと握りしめる。
「今度は……彼のことをよく見てください。気付いてください。彼と言う……1人の男の子を」
「……うんっ」
三沢は、重く、深く頷く。
「星上さん」
「はいっ?」
「星上さんとも仲良くしても良い……その……今度こそ友達として」
三沢の言葉に真冬は直ぐに返答しなかった。
数瞬、何か考えるように大きな目をギュッと萎めて……和やかに笑った。
「はいっこれからもよろしくお願いします」




