変わらない日々とちょっとずつ変わっていく世界(2)
三春が去って1時間ほどが過ぎ、法被の裾を踏んで躓いて畳の上をコロコロする雅のあざとポーズに汚叫びを上げて悶絶する女子大生3人を真冬が宥め、呆れた花が冷めた目で雅を注意していると出入り口の開く音がする。
「いらっしゃいませ」
花に雅と女子大生3人を任せて出迎えに行くと元気な声と愛らしい声が飛んでくる。
「こんにちはお姉ちゃん!」
「ニャーッ」
そこにいたのは車椅子に乗った可愛らしい女の子と母親、女の子の膝の上に乗った茶トラの子猫だった。
「いらっしゃいませ」
真冬は、3人を見てにっこりと微笑む。
獣医師による診察をしてもらい、奇跡としか言いようのない無傷だった茶トラは女の子に引き取られていった。
それから1ヶ月、家が近所ということも会って散歩を兼ねて店を訪ねてくれるようになった。
「また、大きくなりましたね」
真冬は、小さ過ぎて心ともなかった頃から比べ物にならないくらい大きくなった茶トラ猫を微笑ましく見る。
「すっごい元気なんだよ!」
女の子は、小さな両手を大きく広げて茶トラ猫の元気さをアピールする。
「この前なんて食器棚の上から飛び降りてママをびっくりさせたんだから」
「あんな経験したら普通トラウマになりそうなんですけどね?不思議でしょうがありませんわ」
スタジアムからボールのように投げられてキャッチされた。そんな猫は世界中探してもこの子くらいだろう。
「逆にハマっちゃったんでしょうかね?」
人間以上の三半規管と動体視力、そして運動神経を兼ね備えたチート存在だ。
楽しくなってハマってもおかしくない。
「ねえ、あの子達って」
女の子と茶トラ猫の存在に気付いたお客達が騒つきだす。
「あの女の子……それに乗ってるのって」
「間違いない。氷猫だ」
「奇跡の氷猫?」
「うそっあのバズってる!?」
「やばいっ!ちょー可愛い」
「そういえばこの店って……あっそか。そうだよね!」
背中から聞こえるコソコソしながらも隠すことなく噂話をするお客に真冬は苦笑する。
「すっかり人気者ですね」
「はいっご近所からも見にこられたりサインをもらいにこられたり大変なんですよ」
母親も苦笑を交えていう。
「こうやってサインするんだよ」
女の子は、嬉しそうに茶トラの小さな手を持って自分の足にペタンっと肉球を押し付ける。
その仕草が可愛くて真冬はクスッと笑う。
今にして思えば当然だがあの事件は多くの人が見て、多くの人が驚き、多くの人が動画に収めていた。そして当然のようにネットな世界で拡散され、地上波のニュースでも放送された。
その多くは批判的なものだった。
氷結病患者がまた事件を起こした。
無垢な動物をボールにして弄んだ。
奴らの心はやはり凍ってる。人間ではない。
等々……。
真冬は、そのニュースに怒り、アキも直ぐ様抗議しようとした。
しかし、その直ぐ後に流された一つの動画が全てを流した。
"氷結病患者の少年が小さな命を救う"
そうタイトルされた動画は彼が茶トラを救おうとスタジアムを登り、苦悩の果てに放り投げて猫を救い、命の危機に晒されながらも生還した姿がまるで映画のように流された。
それだけではなく彼が茶トラを救おうとしたことを裏付けする為の証言まで撮影され、一種のドキュメンタリーのようになっていた。
その結果、彼に対する批判は嘘のように収まり、茶トラは奇跡の氷猫として注目を集め、氷結病患者は悪しき存在ではないのではないかと言う問題提起までされるようになった。
それはずっと真冬がそうしたいと動きながらもまったく進むことのできなかった事へのきっかけになることだった。
真冬は、優しい笑みを浮かべて茶トラを見る。
「貴方のお陰です。感謝してます。感謝してますけど……」
真冬は、そっと右手を茶トラに伸ばす。
「もうあんなことはしないで下さいね」
そう言って真冬は、茶トラのピンクの鼻を撫でる。
茶トラ猫は、小さく首を傾げる。
「お兄ちゃんは?」
女の子は、キョロキョロと店の中を見回す。
「今、お店の奥でお仕事してます」
「えーっ」
女の子は、不満そうに唇を曲げる。
どうやら茶トラを救ってくれた彼に感謝と憧れを抱いてしまったようで訪ねてくると彼を探している。
氷結病患者である彼を慕ってくれるのは嬉しいけど何故だろう?
少しムカッとする。
「遊んで行かれますか?」
真冬の言葉に女の子は表情を輝かせるが母親は遠慮がちに首を横に振る。
「これから祖父母のお家に行くので。夏休みも最後なんでみんなで食事するんです」
「そうですか」
真冬は、女の子を見る。
しょげている彼女が茶トラが顔を舐めて慰めてる。
真冬は、身を屈めて女の子と視線を合わせて小さく笑う。
「いつでも遊びに来てくださいね。待ってます」
真冬が言うと女の子は「うんっ!」と元気に頷いた。




