変わらない世界とちょっとずつ変わっていく世界(1)
夏休みが終わる。
焚き火の中で燻る残火のような質の悪い熱の中に一抹の虚しさとに戻ってくる日常への不安がそこかしこに漂う。
だから、人は楽を求める。
逃れようのない現実から目を逸らすために。
現実に負けない力を養う為に。
そして今日もたくさんの人が猫カフェ"Ca-Syuu"が訪れる。
普段静かな店内にボサノバ風にアレンジされた出囃子が滑らかに流れる。壁には紅白の垂れ幕が下げられ、畳やちゃぶ台の上には金魚を模したハンドパペット、射的銃の形をした持ち手に紐でたこ焼きやイカ焼き、林檎飴の玩具が括り付けられた猫じゃらしが置かれている。
そして店内を我が物顔で闊歩する"猫"とデカデカと赤文字で書かれた法被を着て、耳に鉢巻型のリボンを付けたスタッフ達。
「くばっ!」
「どびゅっしっ!」
「びで……びゅっ!
女子大生3人が劇画タッチの少年漫画でしか聞いたことない汚声を上げて畳の上に転げ落ちる。
彼女達に指先一つ触れることなく倒した法被を着た雅がふんっと鼻息を漏らして丸い目を細める。
我が美しさに骨を抜かれ、身も心も這いつくばるがいい。
とでもいうように。
そして実際にその通りになっている。
「ああっ雅様ぁ」
「神々しい。神々しゅうございます」
「ああっなんで……なんで貴方様は私どものような愚民と同じ時代に生きてくださったのですか?私は……私はあまりにも光栄でございますぅ」
泣き叫ぶ女子大生3人。
それを見て雅は更に小さな胸を張り、ピンっと背筋を伸ばす。
そんな様子を真冬と真冬の腕に抱かれた花がなんとも言えない顔で見る。
出入り口の開く音がする。
真冬は、柔らかい笑みを浮かべて出入り口の方を見る。
「いらっしゃいませ」
ニャァァッ。
真冬の声に合わせて花も愛らしく鳴く。
「おうっいらっしゃいましたぜ」
明るく軽快な声が響く。
大きな紙袋とショルダーバックを下げた三春が日に焼けた爽やかな笑みを浮かべて言う。
「お久しぶりです三春。そしてお帰りなさい」
真冬は、和かに笑む。
「今日はいつもにも増して賑やかだな?」
「はいっ。夏の名残を楽しむイベントをしようと店長が急遽企画したんです」
アキから企画を告げられたのは1週間前。
ほとんどの地域で夏のイベントが終わった今だからこそ夏を締めくくるイベントをしようと言い出したのだ。
そんな企画、思いつきで出来るものじゃないんじゃと不安を感じたが、アキは驚くほど手際良く段取りを進め、備品の仕入れ、夏限定のフードを立案、そしてスタッフ達の法被を入手した。
どんだけの商才だと舌を巻くことすら忘れてしまった。
「ふうんっ」
三春は、小さく唸って顎を擦りながら真冬をマジマジと見る。
「だからお前も浴衣なわけか」
今日はスタッフだけでなく真冬もアキが用意した白、黒、三毛、茶トラ猫が浮世絵風に描かれた浴衣を着ている。猫柄なんて見るのは初めてだがヤンチャな猫達と清楚な真冬との雰囲気が合わさって魅力が増して見える。
「はいっ店長に着るように言われて。私としてはメインはスタッフなのだから着る必要はないのではと言ったんですけど……。それに店長は着てないし」
店の奥でフードを運んでいるアキはいつも通りの紺色のエプロンを着ている。
「なんか私が着るより真冬ちゃんが着た方が絶対に需要があるからとか言われたんですけど……どう言う意味でしょ?」
真冬は、困った感じに眉を顰める。
"そりゃ需要しかねえからだろ?"と三春は思ったが口には出さず、スタッフを見ずにいやらしい目で真冬を見る男達を一瞥して牽制する。
まっ。なんかあったらあいつが何とかするだろ?
そこまで見越して真冬に浴衣を着させたアキは流石と言うしかない。
「それより……ベスト4おめでとうございます」
真冬は、祝福の言葉を述べる。
しかし、三春は笑みを崩して不服そうに視線を逸らして頬を掻く。
「優勝……出来なかったけどな」
「何言ってるんですか!十分です!大金星ですよ!」
真冬は、嬉しさと興奮を交えて声を弾ませる。
「三春の活躍。ずっとテレビで見てました。カッコよかったです」
「そうか……あいつも?」
「ええっらしくなく興奮して叫んでましたよ」
「……そうか」
三春の顔がようやく柔らかくなる。
「バックヤードにいますよ。会いますか?」
「いや、これから部の連中と打ち上げがあって行かなきゃいけないんだ。今日はこれを渡しにきただけだ」
そう言って大きな紙袋を真冬に渡す。
「これは?」
「お土産。甲子園名物のカレー味のスナック」
「へえっ。砂じゃないんですね?」
「それは家で瓶詰めしてる。ここに持ってきてもトイレになるだけだろ?」
そう言って花の頭に手を伸ばして優しく撫でる。
「そんなことしませんよ」
真冬は、不服そうに頬を膨らます。
「この子達にそんな汚い砂は使わせません」
「俺らの汗と青春が染み込んだ砂を汚い言うな」
三春は、ジト目で突っ込む。
「後、猫も食えるって言う産地直送の無添加煮干しと店長とお前に温泉水で作った石鹸、あいつには虎マークの限定タッチペンな」
「そんな買って大丈夫だったんですか?」
「ちゃんと小遣い貯めてるよ。貧困聖女様と一緒にするな」
そう言ってニヤッと笑う三春を真冬は頰を膨らませて睨む。
三春は、ははっと悪気なく笑って背中を向ける。
「そんじゃまたな」
「本当に会っていかなくていいんですか?」
「どうせ夏休み明けに会えるだろ?お前にもあいつにも」
三春は、目を細めて小さく笑みを浮かべる。
「あいつに言っといてくれ。学校で会おうって」
「……はいっ」
真冬は、小さく頷く。
三春は、小さく手を振って店を出ていった。
花は、目を細めてじっと見る。




