譲渡会とスタジアム(6)
12時を回っても横ヨコスタジアムから上がる歓声は静まることなく、むしろ秒を刻むごとに熱と声を上げて行った。
「盛り上がってるねえ」
男性スタッフがスマホを見つめながら呟く。
「今、ちょうど8回の裏になったところだ」
「どっちが勝ってるの?」
「1対1の同点。初回で点を取り合って以降、ずっと膠着状態が続いてるみたい」
「へえっ逆に凄いね。確か四季折高校ってそんなに強くないんじゃなかったっけ?決勝に来れたのが奇跡みたいな前評判だったんじゃ?」
「なんか3番にとびきり優秀な選手がいるみたいだよ。取って良し、打って良し。その一点も彼がセンター前ヒットを打って盗塁を重ねた結果だって」
「へえっすげえ」
「写真見たけどイケメンで華がある感じ」
「優勝出来なくてもプロからスカウトされるんじゃない?その子?」
盛り上がるスタッフ達。
お昼になるとお客さんの出入りも少なくなるのでお互いに声を掛け合って休憩に入る。
休憩といっても部屋を設けてる訳でなく、会場の隅に薄いカーテンのパーテションを張って仕切りを作り、パイプ椅子を並べるだけの簡易なもの。
それでも一つの目的に集まったスタッフ達は和気藹々と食事をし、猫の話題もすれば各々の近況、そして目の前で繰り広げられる夏の激闘に話題を咲いた。
ナツ以外で。
ナツは、会場の隅に作られた休憩スペースの更に隅でパイプ椅子に座って不凍液に啜りながら窓の外の横ヨコスタジアムの壁を見る。
「ナツ君!」
カーテンの隙間からランチボックスを持った真冬が姿を現し駆け寄ってくる。
「もうっ急にいなくなるから探しちゃいましたよ」
真冬は、ぷうっと頬を膨らませて恨みがましくナツを睨む。
あまりに可愛らしくてナツは思わず口元を綻ばせる。
真冬は、馬鹿にされたと思って更に頬を膨らませる。
「休憩する時は声かけてください」
「いや、なんか忙しそうだったからな。悪いと思って」
「ナツ君は、私のサポートです。勝手にいなくなっちゃダメです」
「いらないだろ。サポート」
ナツは、血色の瞳を半目にして真冬を見る。
実際、真冬にサポートなんて必要なかった。
慣れてない緊張感と猫達の為にと言う使命感で動きこそ固かったが猫カフェ"Ca-Syuu"で昇華された聖女様属性がスタッフ達と遜色なく、いやむしろ猫達と同様に愛され、引き立て合っていた。
そんなところに嫌われ者が入ったらそれこそ醜悪なオブジェだ。
「大したもんだよ。お前は」
「お褒めくださりありがとうございます」
真冬は、丁寧に頭を下げるが顔は不満そうだ。
「お昼一緒にしたかったのに……」
「まだ、食べてるよ」
そう言って不凍液を真冬に見えるように掲げる。
「隣座ってもいいですか?」
「……どうぞ」
少し躊躇いつつもナツは頷き、左隣のスペースに左手を伸ばす。断っても真冬が強引に隣に座ることはなんとなく分かっていたから。
それに……ナツ自身も彼女に隣に座って欲しかったから。
真冬は、嬉しそうに微笑むと近くのパイプ椅子を持ってナツの隣に座る。
窓の外から歓声が聞こえる。
「おいっ3番がジャンピングキャッチしてスリーアウトだってよ」
「普通なら届かねえって。手が伸びたように見えたとか言ってる」
「マジかよ。漫画じゃねえんだから」
「本当のスター選手だね。今からサイン貰っとこうか」
沸き立つスタッフ達。
そんな姿を真冬は嬉しそうに笑う。
「凄いですね三春」
「まったく、さすがサードマンだ」
ナツも口元を柔らかく綻ばせる。
「どんな結果でもお祝いしてあげましょうね」
「そうだな。お前が祝ってやったら喜ぶ」
「もうっナツ君も一緒に祝うんですよ。何言ってるんですか!」
真冬は、プンプン怒りながら膝の上にランチボックスを置く。
大きい。
見かけの割にたくさん食べる真冬だがそれにしても今日のランチボックスは大きい。裕に2人前は入りそうだ。
「姉ちゃん随分と気合入れたなあ」
真冬の譲渡会デビューとはいえ張り切りすぎではないか?
「気合いは入ってますが店長ではありませんよ」
真冬の言葉の意味が分からず眉を顰める。
「私が作りました」
「はっ?」
真冬は、ランチボックスのジッパーを開けて二段重ねのお弁当箱を取り出すと膝の上で器用に開ける。
胡麻を振った真っ白な俵おにぎり、鮮やかな黄色の卵焼き、ふんわりと揚がった唐揚げにタコさんウィンナー、茹でたブロッコリーに大学芋。
見てるだけで心が楽しくなるメニューにナツは思わず見惚れてしまう。
「これ全部真冬が作ったのか?」
「はいっ店長に習いました」
えっへんっと真冬は胸を張る。
「キッチンをお借りして作ったんです。雅ちゃんと花ちゃんが邪魔して大変でした」
食いしん坊の雅と花がナアナア泣きながら邪魔しにくる様子が浮かんで唇を綻ばせる。
ナツの口元が緩んだのを見て真冬は嬉しそうに笑う。
「それにしても……可愛い弁当だな」
卵焼きにタコさんウィンナーなんて幼稚園か小学生のお弁当みたいだ。
「それに量も半端ない」
それでも真冬なら食べられそうだ、と思っていると。
「だって2人分ですもん」
「2人分って……誰と食べる気だったんだ?」
まさか仲良くなったスタッフにお裾分けでもするつもりだったのだろうか?
「誰ってナツ君に決まってるじゃないですか」
「はっ?」
血色の瞳が大きく見開く。
真冬は、ランチボックスから折り畳みフォークを取り出して開くと卵焼きをプスっと刺してナツの口元に持っていく。
「……なんのつもりだ?」
ナツの顔が邪険に歪む。
「なんのつもりって……あーんっですよ」
真冬は、嬉しそうに言う。
血色の瞳に怒りが映る。
「お前……」
「安心してください。これ全部不凍液を混ぜて作ってるので」
血色の瞳が大きく震える。
「このメニュー覚えがありませんか?」
真冬に言われ、ナツは改めて弁当箱を、目の前の卵焼きを見る。
「店長から聞いたナツ君大好きメニューですよ。子供の頃の」
まだ氷結病が発症する前、幼稚園で、遠足で、アキと出かける時に母親が作ってくれたお弁当のメニュー。
おにぎり、唐揚げ、卵焼き、タコさんウィンナー……。
「ナツ君、アキさんがこれを作ろうとした時、拒否されたんですよね。食べたくないって……」
脳裏にナツに拒否されて静かに顔を歪ませたアキの顔が浮かぶ。
「本当は食べたかったんですよね?でも食べれなかった。不凍液を使ったら味が変わってしまうから。思い出が上書きされてしまうから」
血色の瞳が震え、手に握った不凍液のパックを握りしめる。
真冬は、潰れそうになった不凍液のパックをナツの手から抜き取り、卵焼きをナツの唇に近づける。
「これは私の作った私の料理です。だからどんなに食べてもこれは私の料理ですので安心して召し上がって下さい」
血色の瞳が卵焼きを映す。
真冬は、優しく微笑む。
ナツは、躊躇うように唇を動かし……卵焼きを食べる。
真冬は、大きく目を見開く。
フォークが抜け落ち、柄との繋ぎ目部分が薄く凍る。
ナツの口がゆっくりと動き、喉が大きな音を立てる。
「頬が痛い」
ナツの口からぼそりっと声が漏れる。
「唇がベタついて舌が攣りそうだ。歯もむず痒い」
ナツから発せられる言葉に真冬の顔が青ざめる。
しかし……。
「美味い」
真冬の目が大きく震える。
「食べるって……こんな感じだったけか?」
血色の瞳が真冬を映す。
真冬の頬が赤らむ。
「もう一口もらえるか?」
「は……はいっ!」
真冬は、目を輝かせて大きく頷く。
「な……何がいいですか!?」
「……タコさんウィンナー」
ナツは、恥ずかしそうに言う。
真冬は、笑みを深めてタコさんウィンナーをフォークで刺す。
「それって……どう不凍液を混ぜたんだ?」
「お水の代わりに不凍液を混ぜて作ったタレと一緒に漬けました」
「マジか」
「頑張りました」
タコさんウィンナーがナツの口元に運ばれる。
「あーんっ」
ナツは、照れ臭くしながらも口を開いた。
その時。
カーテンの向こうから声が響く。
「あっこらっ!」
「やばいっ!」
「ダメっ!いっちゃ!」
ナツと真冬は目を見合わせる。
他のスタッフ達も驚いた顔で立ち上がる。
カーテンから飛び出すと青ざめた顔のスタッフと開け放たれたゲージ、空中に飛び交う毛、泣きそうな顔の少女、そして出入り口に向いたお客さん達の目。
それだけで何が起きたのかは容易に察することが出来た。
「逃げたのは誰だい!?」
険しい顔の加藤木がやってくる。
「このゲージの中にいた茶トラの女の子です」
女性スタッフが青ざめた顔で言う。
「お客様があの子を気に入って……顔合わせしようとゲージから出したら……」
「ごめんなさい……」
少女が涙流しながら謝る。
「私が……無理やり抱っこしようとしたから……」
真冬は、少女を見て目を震わせる。
少女は、車椅子だった。
しかも腰を下ろした車椅子のフッドレフト部分にはあるべき足がなかった。
「猫ちゃん……猫ちゃん……」
少女は、泣きじゃくる。
「すいませんうちの子が!」
母親と思われる女性が必死に頭を下げる。
「君のせいじゃない。気にしないで」
加藤木は、優しい目をして少女と視線を合わせる。
「そこにいた子……気に入ってくれたんだね」
「うんっ……とっても可愛くて……私の手をペロペロ舐めてくれて……この子なら飼いたいって思って……」
「この子が自分から意思を示すのは初めてで……私も無理無理にお願いを……」
「そうですか」
加藤木は、鼻下の髭を釣り上げ柔らかく笑う。
「とても気に入ってくれたんだね」
「うんっ」
「ちゃんとお世話出来るかな?」
「分からないけど……」
少女は、足のない足を隠したスカートを握りしめる。
「頑張る」
少女は、涙を浮かべた目で加藤木を見る。
加藤木もじっと見返す。
「分かったよ」
加藤木は、すうっと立ち上がると動揺する女性スタッフに目をやる。
「逃げた子の特徴をもう一度教えてくれるかな?」
「ちゃ……茶トラの女の子です。恐らく生後6ヶ月くらい。身体は小さくてカギ尻尾、甘えん坊ですが臆病で……」
「隠れるとしたらどこかな?」
「暗い隅っこか高いところ。でも混乱してたから外に飛び出しちゃうかも……」
「ありがとう」
加藤木は、お礼を言うとスタッフ達に目を向ける。
「休憩してる人たち、申し訳ないが探すのを付き合ってくれるかな?」
「はいっ」
「はいつ」
休憩していたスタッフ達は、大きく頷くと会場の外を出ていく。
「残ったみんなは引き続き仕事を続けて。休憩時間が遅くなって申し訳ないけど……」
しかし、加藤木の言葉に反論するものはおらず、みんな自分たちの持ち場に戻っていく。
加藤木の目がナツと真冬に向く。
「2人には外を見てきてもらってもいいかな?性格的に可能性は低そうだけど、万が一があるからね」
「はいっ」
「分かりました」
ナツと真冬は、互いの顔を見合わせ頷くと出入り口に向かう。
「あの子が無理やり触ったんじゃない?」
誰かが囁きが真冬の耳に届く。
真冬は、足を止める。
「やりそうよね」
同調するように誰かも囁く。
「猫もあの子見てびっくりしたんじゃ……」
「飼われたくないって思って逃げたのかも……」
「てかどうやって飼うつもりなのかしら?あんなんで……ねえ」
「無責任よね?」
「このまま見つからない方が猫も幸せなんじゃ?」
「そうだよね。どっちが飼われるか分かったもんじゃないわ」
クスクスと笑い、汚泥を漂うように広がる無邪気な悪意。
真冬は、右手を握りしめ、誰だか分からない誰かを怒りの目を向けようと……。
「やめろ」
ナツの声が清水のように耳の中に入る。
「そんなくだらないもんに迷わされるな」
手袋に包まれた右手で真冬の肩を叩く真似をする。
「俺達がやることは一刻も早くあの子と猫を出会わせてやること。違うか?」
血色の瞳が真冬を映す。
真冬は、大きな瞳を揺らして……頷く。
「いくぞっ」
「はいっ」
そして2人は会場の外へと飛び出した。




