譲渡会とスタジアム(5)
横ヨコスタジアムから試合開始の合図が聞こえると同時に譲渡会会場の扉が開く。
会場はほんの10分ほどで満員御礼となり、ゲージの前にはたくさんの人が並ぶ。
加藤木を始めとした熟練のスタッフ達が手慣れた様子で列の整備とアナウンスを始める。
たくさん来るんだろうなと漠然とはイメージし、覚悟していた真冬も横ヨコスタジアムからの歓声をかき消すほどの賑わいと人の質量に圧倒される。
「ほら集中」
舞い上がる真冬の背後から冷静な声が飛んでくる。
周りに見えないようゲージの裏に隠れたナツが血色の瞳を萎めて真冬を見る。
「お前がビビってどうする?猫達のがよっぽど怯えているんだからな」
ナツの言葉に真冬は目を大きく見開いて自分が任されたブースの猫達を見る。
人、人、人、たくさんの興味津々にギラつく目にらされ猫達。ゲージの隅に小さな身体を顰め、目を震わせ、尻尾を丸めて怯えている。しかし、客達はそんなことにも気づかず「可愛い!」とピンクの声を上げて猫達を見る。
猫カフェ"Ca-Syuu"の人馴れし、逆に人を支配する愛嬌を持ったスタッフしか知らない真冬は猫達のその姿に驚きを隠せない。
「こいつらは人に捨てられたんだ」
えっ?
ナツの言葉に真冬は弾けるように振り返る。
「理由は様々だけどな。高齢とか病気で飼えなくなったとか、引っ越しとか、お金がかかるとか、飼ってみたけど思ってたのと違った……とか」
真冬は、絶句する。
高齢や病気は何となく分かる。しかし、後半の理由はあまりに身勝手過ぎるのではないか?
引っ越すならペットが買える住居にいけばいい、それがダメなら自分で引き取り手を探せばいい。お金がかかるのが嫌なら飼わなければいい。思ってたのと違うのなんて当たり前だ。相手は種も違えば言葉もない。しかし魂を持った立派な生き物なんだから。
「そんな……そんなの……」
「人間は綺麗な生き物じゃない。お前が1番良く知ってるだろ?」
ナツの言葉に真冬の脳裏に父親の顔が浮かぶ。
我が子どころか人としてすら娘を見ない冷酷な父親の顔が。
真冬の額に脂汗が浮かぶ。
身体が小さく震え、右手をギュッと握る。
ナツは、強く握り締められた真冬の右手に触れないよう手を重ねる。
「そんなお前だから出来るだろう?」
ナツは、優しく血色の瞳を細める。
「このたくさんの人の中から見つけてやれ。本当に心からこいつらを愛してくれる人達をな」
真冬の目が大きく見開く。
身体の震えが止まり、右手が解ける。
「頼んだぞ。聖女様」
ナツは、わざとらしく聖女様と呼んで口元を綻ばせる。
真冬は、ムウっと頬を膨らませるも直ぐに笑顔を浮かべる。
「はいっ」
真冬は、大きく頷くとナツから離れ、自分のブースへと向かう。
その顔にはもう戸惑いも怯えもなかった。
大好きな人が見守ってくれてる。
この子達を自分のような目に合わせない。
そんな想いが真冬を前に進める。
「こんにちは。この猫ちゃんはですね……」
真冬は、習った説明を基本にお客さんに接する。
そんな真冬の姿を血色の瞳を細めて優しく見守る。
「さすが進藤さんの弟だ」
いつの間にか加藤木がナツの横に立って同じようにお客さんの対応をする真冬を見る。
ナツは、特に驚いた様子を見せず血色の瞳を加藤木に向ける。
「心を掴むのが上手い。人の心も、猫の心も」
「俺の近くにいたら変な目で見られますよ」
お客さんに見えないようにしているがゲージくらいしか遮蔽物のない空間で身を隠すことは困難だ。実際、ナツの姿を見た何人かが青ざめた顔をして凝視し、逃げていく。それでも会場から出ていかないのは猫カフェ"Ca-Syuu"同様に猫の魅力と魔力のおかげだ。
「別に構わないよ」
加藤木は、鼻元の髭を釣り上げて笑う。
「猫達が良く見られるなら私はそれを引き立てる醜悪なオブジェでいいよ」
加藤木の嘘偽りのない言葉にナツは肩を竦める。
「きっと彼女もそうなんだろうね」
「彼女も?」
「ああっ君と一緒にいられるならどんな風に思われても構わないって」
血色の瞳が大きく揺れる。
「気づいてるんだろう?あの子の気持ちに」
加藤木は、眼鏡の奥の目を萎め、鼻下の髭を曲げる。
「なんで……」
「人は猫より分かりやすいからね」
加藤木は、視線を真冬の背中に向ける。
「で……君はどうするんだい?」
「どうするって?」
「彼女の気持ち。答えないの?」
「答えるわけないでしょ」
血色の瞳が微かに揺れる。
「あいつは、ようやく前に向けるようになったんです。自分を見出すことが出来るようになったんです。それに……あいつに相応しい奴は別にいます」
ナツの脳裏に日に焼けた明るい顔の親友が浮かぶ。
「今のあいつは……俺に依存しているだけです。自分を受け入れてくれた相手を盲目的に心酔してるだけ。そんなの宗教と変わらない。あいつは……そんなものに頼らなくても生きていけます」
ナツの脳裏に坊主頭や同級生達に糾弾された時、ナツの前に立ち、凛と立ち向かい、ナツを守ろうと戦う真冬の姿が浮かぶ。
その姿はまさに遜色のない聖女そのものだった。
それを見て思う。
真冬に自分が必要なのは今だけ。
真冬は、自分の足で歩いていく力をしっかり持ってる。
自分がいたらその足を引っ張ってしまう。
だから……。
「俺が彼女の邪魔になる訳にはいかないんです」
見て欲しいなら見ててやる。
気づいて欲しいなら気づいてやる。
でも、それだけだ。
それ以上はダメだ。
「ふうんっ」
加藤木は、鼻下の髭を撫でる。
「ナツ君……里親の定義覚えてる?」
加藤木の質問にナツは眉を顰める。
「里親の定義……ですか?」
ナツは、眉根を顰めて少し前にアキと加藤木から教えられた定義を思い出す。
「確か……完全室内飼育と……家族全員の同意、経済的な負担能力、必要な医療を受けさせること……でしたっけ?」
「おーっさすが進学校の優等生。よく覚えてる」
加藤木は、嬉しそうに拍手する。
「でも、肝心なことが抜けてるね」
「肝心なこと?」
「愛情だよ」
血色の瞳が大きく見開く。
「正直それが全てだよ。愛情さえあれば後は全て後付けでいいくらいさ」
「そんな無責任な……」
「じゃあ、君がお姉さんのところに来たのは打算なのかな?」
「えっ?」
「お金があるから、将来が安定してるから来たのかな?」
「そんなわけ……」
ナツは、思わず声を張り上げそうなる。
「ナツ君?」
猫を抱っこした真冬が驚いて振り返る。
「どうしたの?」
「いや、その……」
「なんでもないよ」
しどろもどろするナツに変わって加藤木が答える。
「男同士のいやらしい会話さ」
いやらしい会話……。
その言葉に真冬は、カアアアと頬を赤くしたかと思うとじいいっとナツを睨む。
「いや、違うからな。加藤木さんが勝手に……」
しかし、真冬は最後まで聞かずにぷんっと顔を背けて接客に戻る。
そんな様子を加藤木は、微笑ましく笑う。
「アオハルだねえ」
「加藤木さんっ」
ナツは、恨みがましく加藤木を睨む。
「まあ、それはさておき君は経済的に裕福だから姉さんのところに来たのかい?」
「そんなわけないでしょ」
今度こそナツは声を抑え、ぶっきらぼうに答える。
「だよね。姉さんのことを信頼してるから、大好きだから、一緒にいたいから来たんだよね?」
「……はいっ」
ナツは、恥ずかしそうに答える。
「そういうことさ」
「どういうことです?」
ナツは、眉根を深く寄せる。
「まだ、分からない。優等生じゃなかったのかな?」
「勿体ぶらずにさっさと答えてください」
ナツは、いい加減苛立ってきた。
信頼にたる人物だとは思ってるが何が言いたいのかまるで分からない。
そんなナツの苛立ちを理解してか加藤木は優しく笑う。
「一緒にいたいと言うことに小難しい理由なんていらないってことさ」
血色の瞳が大きく震える。
「大好きだから一緒にいたい。それでいいのさ」
ナツの胸がギュッと締め付けられる。
「少なくても僕はそう思ってる。大切な猫達を愛情のない輩に渡すつもりはないよ。どんなに好条件でもね」
「……猫と人は違います。特に俺は……」
「違わないよ」
加藤木が厳しい目でナツを見る。
「その考えこそが差別と知りなさい。猫に対しても、自分に対してもね」
血色の瞳が揺れる。
加藤木は、優しく微笑む。
「若いっていいねえ」
加藤木は、そう言ってナツの肩を叩く真似をする。
「いっぱい考えていっぱい悩みなさい」
そう言って加藤木は、ナツの横を通り過ぎて別のブースへと向かった。
ナツは、何も言わずにスタッフに聞き、悪戦苦闘しながらもそれでも輝く真冬をじっと見つめた。




