譲渡会とスタジアム(3)
久々の電車はとても乗り心地の悪いものだった。
揺れるとか混んでるとかそんな些細なことではない。
むしろ揺れも少なければ混んでもいなかった。
何せ真冬とナツが車両に乗り込んだ瞬間、乗客達は潮が引くように別の車両に流れ……いや逃げていった。
ナツの雪色の髪と血色の瞳を見た瞬間に恐怖に顔を引き攣らせ小さな悲鳴を上げながら。
ナツは、特に気にした様子もなく空いた座席に座り、真冬は乗客たちの逃げていった前後のドアをキッと睨んでナツの隣に座った。
目的の駅に着いてからも反応は同じだった。
ナツがホームに降り立った瞬間、乗客達はナツと真冬から離れていく。
その様はまるでモーゼの十戒の海のよう。
左右に分かれた人の波を歩き、改札を抜けると大きなスタジアムの頭が見えた。
横ヨコスタジアムだ。
この駅がスタジアムの最寄駅であるのとは知っていたがこんなに間近で見えるなんて知らなかったので真冬は思わず感嘆の息を漏らす。
聖地の入口でもある為、駅構内も選手達とタイアップしたポスターが壁一面に飾られ、駅のアーケードもチームの帽子とバットに形作られている。
普段ならファン達の熱気と興奮で嘸かし賑やかしいのだろうが今日は違う。
野球チームのユニフォームを着た老若男女ではなく涼しい服装をした大人、大学生くらいの男女もあれば中学生、小学生くらいの子もいる。しかし、1番目立つのは夏休みだというのにきっちりと夏の制服を着た高校生達だった。
しかもその制服というのが……。
「なんでうちの制服着た奴らがこんなにいるんだ?」
ナツは、血色の瞳を顰めて彼らを見る。
高校生達は2種類に分かれていた。
一つは名も知らない高校の制服を着た高校生。
もう一つは四季折高校の制服を着た高校生だ。
つい先日まで自分も袖を通していた制服を着た高校生達をナツは訝しげに睨む。
「ナツ君……」
真冬は、呆れたようにナツを見上げる。
「私の話し聞いてました?」
真冬は、すっと横ヨコスタジアムの頭に細い指を伸ばす。
「今日は三春達の決勝戦です」
真冬の言葉に血色の瞳が大きく見開く。
真冬の指がすうっと下りて、建物の壁に阻まれた見えない先を指差す。
「譲渡会会場はスタジアムの向かいの建物で行われるんです」
そこまで聞いてようやくナツも真冬がそんなことを言ってたことを思い出し、気まずそうに雪色の髪を掻く。
「すまんっスケッチするのに夢中で話半分だった」
昨日は、客足が少なく、3Dラテの注文もなかったのでで立て込んでいた注文を一気に片付けようと集中していた為、真冬が何か話してるなあと思っていたが聞き逸らしてしまった。
「まったくもう」
真冬は、ぷうっと頬を膨らませる。
「ナツ君ってしっかりしてるようで抜けてますよね」
「お前に言われたくないわ天然聖女様」
「天然はともかく聖女様はやめてください」
「天然はいいのかよ?むしろそっちの方が馬鹿にしてる気がするが」
「天然は私らしいけど聖女は紛い物なんで嫌なんですぅ」
そう言って頬を膨らませた上に唇を尖らす。
その姿があまりに目可愛らしすぎてナツは思わずキュンッと胸を締めつけられ思わず目を逸らす。
真冬は、ナツが急に視線を逸らしてので不思議そうに大きな目をパチクリさせる。
「何あれ?」
コソッとした話し声が聞こえ、ナツは血色の瞳を動かす。
四季折高校の制服を着た女子集団がこちらを盗み見ながらコソコソと耳打ちをしあっている。
「なんで聖女様と氷結病患者がここに?」
「野球部の試合見に来たんじゃない?サードマンと仲良いんでしょ?あの2人?」
「ええっマジ最悪なんだけど……」
「てか聖女様良く顔出せたよね?あんな迷惑メール送っといて」
「あんたにも届いたの?私にも」
「迷惑じゃないよ。呪いだよ呪い」
「アレ見た時、私ショックだった。聖女様メチャクチャ憧れてたのに……私の理想だったのに……」
「結局、聖女様は悪に魅入られる運命だった訳だ」
「うわっ厨二ぃ」
「発想キモッ」
「キモいのはあいつらでしょ。マジ最悪」
そう言ってコソコソと嘲笑する。
ナツは、血色の瞳を萎めて女子集団を見る。
女子集団は、ナツに見られていることに気づき、恐怖に顔を引き攣らせ目を逸らす。
「顔が怖いですよ。ナツ君」
真冬の柔らかい声にナツは視線を緩める。
「あいつら俺のことはともかくお前のことを……」
「気にしないで下さい。やっかみなんて慣れてますから」
「そうなのか?」
ナツは、血色の瞳を大きく見開く。
「聖女様信奉なんてそんなものですよ」
和やかに笑って女子集団を見る。
「まったく……この格好見れば試合見に来たんじゃないって分かりそうなものなのに」
真冬は、小さく肩を竦めて自分とナツと自分の服を見る。
ナツは、不凍繊維で作られたパステルブルーの長袖のパーカーにカーゴパンツ、真冬は長い髪をシュシュで束ねてリボンのついた白い帽子を被り、アキが大学生の頃に着ていたと言う肩の露出したフリルの付いた白色のシャツにデニム、聖女様とはまた違った可憐な清楚さを醸し出している。
防犯対策上、試合会場に入るには出身校の生徒と保護者、そして選手が見に来て欲しいと思う他校の友達に限られており、その選別方法として生徒達は当然制服で、保護者や友人は学校から配られたリストバンドを左手に付けることが義務付けられている。
つまり制服でもない、リストバンドも付けてないナツと真冬がも元より入れる訳がないのだ。
そんなこと四季折高校の生徒なら誰でも知ってるはずなのに。
「話聞いてないんだから……誰かさんと一緒ですね」
真冬は、ナツをじっと見て悪戯っぽく笑う。
「うっせ」
ナツは、恥ずかしそうに頬を赤らめ、そっぽ向いて前を歩き出す。
その瞬間、人々の顔が青ざめ、慌てて道を開ける。
駅の中のように。
「待ってください」
真冬は、慌ててナツの背中を追いかけてくる。
「付いてくるなっ」
「同じ場所に向かうのに無理でしょ?それに私がいないで分かるんですか?」
そう言って綺麗に折り畳まれた紙の地図をペラペラ揺らす。
「気で探る」
そう言って人差し指と中指を額に当てる。
「瞬間移動が出来るなら最初からしてください。電車賃がもったいないです」
「姉ちゃんからもらってるからいいだろ?」
「お店の大事な経費です。掛からないなら越したことはないでしょ?」
「それになんで紙なんだよ?地図アプリ使えばいいだろ?」
「私のスマホ、アプリ使うとすぐ電池無くなっちゃうんです」
「買い替えろ」
「勿体無いです。頑張れば10年はまだ使えます」
そう言ってむむむっと地図を覗き込む。
その感も人々は遠目からナツと真冬をじっと見てくる。ナツに嫌悪と恐怖を、真冬に好奇心と侮蔑の目を向けてくる。
しかし、真冬はそんなの気にせず地図を見て、横ヨコスタジアムを見る。
「三春、勝てますかね?」
「勝つさ」
ナツも横ヨコスタジアムに血色の瞳を向ける。
「あいつが負ける訳ない」
「全幅の信頼ですね。さすが親友」
真冬は、満面の笑みを浮かべて言う。
「試合って午前中だけですよね?上手くいけば帰り会えるかも?」
「俺が行っても迷惑なだけだ」
「もうっ素直じゃないんだから」
真冬は、ぷうっと頬を膨らます。
「お前も俺から離れて歩け。店の中じゃないんだ。お前まで変な目で」
「いやです!」
真冬は、はっきりと強い口調で言ってナツを見る。
「離れたらナツ君私を見てくれないでしょ?気づいてくれないでしょ?」
「今だけだ。ちゃんとお前のことは……」
「それに私もナツ君を見ていたいんです。気づいていたいんです」
血色の瞳が大きく見開く。
「だから変なことは二度と言わないでください」
そう言って真冬はぷいっと顔を逸らして前を歩き出す。
ナツは、雪色の髪を掻く。
「変はどっちだ。馬鹿」
凛と美しく、強くなった聖女の背中にナツはぼそっと囁いた。




