譲渡会とスタジアム(1)
世間は夏休みになった。
テレビやSNSからはもはや定例文と化した"計測事情、最高の猛暑が続いています"という言葉が毎日流れ、その言葉を裏付けるような灼熱の日差しと雲ひとつない空、アスファルトの照り返しと蝉の大合唱が世界を燃やしていた。
しかし、それでも賑わいと娯楽を求めて外に出るのが人の性。
携帯ファンを活用し、ネッククーラーで首元を冷やし、忍びのように全身を冷汗素材で覆い尽くし、スポドリを飲み尽くして熱中症になろうとも人々は楽の追求者として外を闊歩した。
そして今日も楽の追求者達は猫カフェ"Ca-Syuu"へとやってくる。
「「「いやーっ雅様ぁ!」」」
もはや常連以上の常連と化した女子大生3人は畳に肘を付き、お尻を突き出すように四つん這いになって鼻息荒くオッドアイの黒猫、雅に迫った。
「ああっ今日も麗しい!」
「神が作った最高の美」
「ああっそのフォルム、鳴き声、どれだけ私を天に召されるつもりなんですか!?ああっ雅様ぁ。雅様ぁぁ!」
崇拝や信仰を超えた先にいる3人の絶賛。しかし、当の雅は青と緑のオッドアイをきつく細めて小さく欠伸をするだけだった。
人間っておもしろっ
そんな感じで小馬鹿にするように。
しかし、そんな仕草も彼女達には最高の贈り物。
「「「雅様ぁ。もっとぉ!もっと私達を蔑んでぇ!」」」
などと怪しい店バリバリの台詞を大声で叫ぶので子ども連れのお客さん達が揃って眉を寄せて我が子の耳を塞いだ。
「あ……あの……お客様?」
長い髪をポニーテールにまとめ、濃紺のエプロンをした真冬がキジトラの花と共に3人に近寄る。
しかし、3人は雅に夢中で全く聞こえてない。
「お客様……!」
真冬は、声を張り上げる。
反応がない。
ニャーッ。
雅が小さな声で鳴く。
3人は身体を起こして真冬の方を見る。
完全に雅の奴隷だ。
「あれっ真冬ちゃん」
「おはようっ」
「なんかあった!?あっごめんっまだなんの注文もしてなかったね」
何事もないかのように平然と声をかけてくる3人。
頬が引き攣りそうになる真冬に花が"どんまい"というように綺麗に切られた爪でデニムの裾を引っ掻く。
「あの……お客様……他のお客様の迷惑になりますのでもう少し声のボリュームを抑えて頂けると……」
真冬の注意の言葉に3人は一斉に首を傾げる。
「声?」
「ボリューム?」
「迷惑?」
どうやら3人の中では品良く静かに雅を鑑賞しているらしい。
どうしたものか……と真冬が悩んでいる、と。
ニャッ。
雅の鳴き声に3人はピンっと背筋を伸ばして雅に向き直る。
「ああっ申し訳ありませんでした。雅様」
「私達はそんなつもりは!」
「そんなら嫌わないでください!雅様ぁ!雅様ぁ!」
悲鳴と絶望の声を上げながら3人は再び真冬に振り返ると必死に頭を下げる。
「ごめんなさい。真冬ちゃん!」
「もう二度と汚い声を上げません!」
「指を詰めます。全メニュー頼みます。なので許してくださいぃ!」
一体なにを言ったんだろう?というか何が聞こえたんだろう?
真冬は、戦々恐々とお澄まし顔をして目を細める雅を見る。
足元で花が真冬の足をカリカリしながらまだ用があるだろ?と伝えてくる。
あっと真冬は思い出し、手に持ったA4の画用紙を差し出す。
「ご注文のイラストです。本日仕上がりました」
そこに描かれていたのは小さな王冠に真紅のマントを羽織って玉座に座った王子様風の雅にお姫様ドレスを着た3人が蕩けるような顔をして玉座の背もたれに、手すりに、そして足元に寄りかかる昨今流行りのハーレムアニメ丸出しのイラストだった。
3人は、ピンっと背筋を伸ばして食い入るように絵を見て……6本の腕で引ったくった。
「いやーっ!」
「はわあっー!」
「うぎゃぎゃーっ!」
三度三種の汚声が店の中を響き渡り、客達とスタッフの視線が3人に食い込む。
「見てぐだざいご主人様!」
「ごのうるわじいおずがだ」
「まさにがみ……がみでございばずうぅぅ!」
涙と鼻水を垂らしながら雅にイラストを翳す3人。
もはや雅は何もいうことなくオッドアイを白けさせて睨む。
しかし、3人はそんなことにも気づかず願い求める人足の如く雅を尊ぶ。
「お……お客様……その辺で……」
「お客様」
冷徹な声が汚れてしまった店内を浄化する。
雅は、オッドアイを大きく見開き、花は嬉しそうに鳴く。
「これ以上はお店の迷惑になります」
すうっと伸びた細い手が3人の手に握られたイラストを抜き取る。
驚愕に震える3人。
そんな3人をアーモンド型の目が冷たく見据える。
「燃やしますよ」
3人は、悲鳴を上げかけ、互いの口を両手を交差させて抑え込む。
「ごめんなさい」
「もうしません」
「お許しください女王様」
懇願する3人をアキは、じいっと見据え、視線を雅に映す。
「あんたもしっかりホストしなさい。客を色狂わす内は三流よ」
ナァァッ。
雅は、力なく鳴き、顔を落とすと肉球を静かに畳に沈めながら奥へと下がっていった。
過ぎるように雅に手を伸ばす3人。
アキは、小さく嘆息して絵を真冬に渡すと客達に小さく頭を下げて去っていった。
「あの……」
真冬が恐る恐る声をかけるといい大人が決して見せることのない半べそ顔で振り返られ、思わず後退りしそうになる。
「ごめんね……真冬ちゃん」
「私達……ちょっとダークサイドに落ちかけてたみたい」
「服従と虐げられる快感に酔い過ぎてた」
それぞれでそれぞれが危険な台詞を吐いて頭を下げてくる。
「だ……大丈夫ですよ皆様」
真冬は、引き攣りそうになる頬に気合を入れて笑顔を作りイラストを渡す。
「どうぞこちらを」
「ありがとう」
3人は、同時に手を伸ばしてイラストを受け取る。
「後でデータも貰えるかな?スマホの待ち受けにしたいから」
「ナツ君に伝えます。別料金になりますがよろしいですか?」
「大丈夫よ」
「その為にバイトしてるから」
「推しに費やす金は聖銭よ」
「は……はあっ」
ちなみに印刷されたイラストと画像データだけで軽く一万は超える。でバイトのお陰で少しは生活に潤いが出たとはいえ真冬からして見たら信じられない大金だ。
でも、ナツ君の描かれたイラストなら買っちゃうかも……。
そんなことを想像して思わずニヤケそうになる。
半月前なら決して陥ることはなかった推しへの課金沼が目の前に迫っていた。
「ところで真冬ちゃん」
「はいっ」
「夏休みはずっとここでバイトするの?」
「はいっその予定です」
「どっかお出かけしないの?」
「特に予定は。お金も一緒に出かける人もいないですし」
実際、お金もなければ遊びに出かけるような友達もいない。それだけ聞くと物凄く寂しい子に聞こえるが真冬にとっては猫カフェ"Ca-Syuu"で働けることの方が無駄なお金を使って上辺しか見ない人たちと出かけるよりよっぽど有意義で楽しい時間だった。
「ねえねえ真冬ちゃん」
3人の中の1人がニヤッと笑って真冬を手招きする。
真冬は、眉根を寄せて近寄るとかのじのそっと耳打ちしてくる。
「ナツ君とはお出かけしないの?」
ボンッ!
頭の中が弾けて旋毛から煙が出そうになる。
「なっにゃっなっにゃっ!」
真冬は、顔を真っ赤に染めて壊れた音声AIのような声を上げる。
「動揺するってことは図星ね」
もう1人が背後からポンっと真冬の肩を叩いて叩いてニヤリッと笑う。
「いやぁっいいわあ。恋する乙女の恥ずか死ぬ姿。お股がキュンっとなっちゃう」
もうもう1人が両手に顎を乗せて今にも涎を垂らしそうに顔を溶かす。
「いや、あのそんなんじゃ……私……」
「恥ずかしがらなくていいのよ。それに……」
1人は、優しい笑みを浮かべて真冬を見る。
「私たちは味方だから。貴方と……ナツ君の」
その言葉に真冬の目が大きく震える。
「最初は……やっぱ怖かったけどさ。彼のこと」
「でも、凄くいい子だってことは分かってるし、ぶっきらぼうだけど私達が怖がらないよう配慮してくれてるし。この前の真冬ちゃんを守る彼、カッコよかったわ」
「何より雅様を始めスタッフちゃん達が彼に懐いてる。それって彼が優しくて誠実な証じゃない?」
3人から次々と飛び出す温かい言葉に真冬は胸を締め付けられる。
「だから頑張ってね。応援してる」
「その辺りって小さなお祭りが幾つもあるから誘ってみたら?」
「報告期待してるわ。ああっまた推しが増える。推しメン、推しカップル……ああっ赤スパしないとぉ」
3人は、そう言いながら次のスタッフを求めて散会する。
真冬は、3人の言葉に恥ずかしさと喜びを感じながらも胸が痛んだ。
こんな人たちがもっと増えてくれたらいいのに、と。




