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これはどこにでもある姉弟の話し(6)

 アキの話しが終わった瞬間、真冬の大きな目から涙が溢れて止まらなかった。

 雅と花が目を丸くして真冬に駆け寄り膝に頬擦りし、肩の上に飛び乗って涙に濡れた顔を舐める。

「これが私とナツの話し。ねっどこにでもありそうな話しでしょ?」

 アキは、ニッと微笑む。

「どこがですかぁ」

 鼻水を啜りながら三春は文句を言う。

「こんなの今世紀最大の姉弟話しじゃないっすか。マカデミアナッツものですよ」

「それを言うならアカデミー賞ね」

 苦笑を浮かべてアキは突っ込む。

「ナツのことだからマカデミアナッツでいいんすよぉ」

 三春は、訳の分からない返しをして近くにあったティッシュを取って鼻を思い切りかむ。

 昭和のおっさんにしか聞かないような豪快で不快な音にアキは頬を引き攣らせる。

「で……それからどうなったんすか?」

「貴方達の知ってる通りよ」

 アキは、アーモンド型の目を細める。

「私とナツは一緒に暮らした。お店に改装する前のこの家で2人で生活した。WHOの職員と協力してナツの通学の許可を取って学校に通わせた。そのちゃぶ台で2人並んで勉強して、たくさん遊んだ」

 アキの表情が微かに緩む。

 その時間はアキにとってかけがいのないものだった。

 5年と言う空白を埋めるための大切な時間。

 アキは、5年と言う時間をかけてゆっくりと与えていく愛情を取り戻すようにナツに降り注いだ。

「ナツも私を愛してくれた。言葉でこそ"姉ちゃん"と呼ばないけど私を慕い、頼り、そして守ってくれた。きっと側から見たら年上の女に恋慕する少年に見えたでしょうね」

 アキの言葉に真冬の頬が熱くなる。

 まさしく自分がその年上の女に恋慕する少年に嫉妬した痛い女だから……。

「でも……良かったんですか?」

 三春の言葉にアキは、眉を顰める。

「なにが?」

「なにがってその……ほら……」

 三春は、ゴニョゴニョと言いづらそうに唇を揉む。

「え……っと……クラスの奴らの前であんなに大公表しちゃって……」


 もう弟扱いしないでくれ


 それがナツとアキとの間に結ばれた契約。

 アキを守る為にナツが強いた戒めであり、ナツとの絆を守るための唯一の法。

 それをアキは感情に任せて自ら破ってしまったのだ。

 しかし……。

「構わないわ」

 アキは、アーモンド型の目を細めてニコッと笑う。

 三春は、目を丸くする。

「むしろ今までなあなあにしてたからあんなことが起きてしまったと猛省してるの」

 あんなことというのが坊主頭が起こした事件と彼が叩きつけた姉殺しの記事であることは簡単に想像がついた。

「ナツのことを想うならもっと早く公表するべきだった。そうすればナツが姉殺しなんて不名誉な冤罪を受け続けることがなかった。これは全て私の弱さが招いた原因よ」

 ナツに嫌われたくない。

"姉ちゃん"と呼ばれなくてもいい。

 姉扱いされなくてもいい。

 そんな中途半端な願望が今回のことを招いてしまった。

 全ては自分の弱さが原因だ。

「これでもしナツが私のことを嫌いになっても構いはしないわ。私は……ずっとナツを愛し続けるから……」

「なりませんよ」

 真羽のように飛んできた声にアキはアーモンド型の目を向く。

「ナツ君は……決して店長のことを嫌いになったりしません」

 真冬は、涙で赤くなった目を優しく細めて言う。

 アーモンド型の目がキツく萎む。

「なんで……そんなことが分かるの?」

 アキは、普通に話したつもりだったのだがその言葉には小さな棘が生えていた。

 真冬のことは好きだ。

 この2ヶ月一緒に働いて好感は更に上がっている。

 それでも弟(ナツ)のことで触れられるのは我慢できなかった。

 

 あんたになにが分かる!?

 

 そう叫びたい衝動に駆られたが右手で左手を握りしめて必死に抑えた。

 そんなアキの心情を聡明な真冬が読み取れない訳がない。

 しかし……。

「分かります」

 真冬の発した言葉にアキの目に怒りが走る。

 それに気づいた三春が慌てて真冬の前に出ようし、雅と花も目を丸くして真冬から飛び降りて2人の間に立つ。

「ナツ君は、私を見てくれると言いました」

 真冬の言葉の意味が分からずアキは怪訝な表情を浮かべる。

「気づいてくれると言いました。私がこの世界にいることを知ってると言ってくれました」

 この場にいる誰にも理解することの出来ない言葉。

 しかし、真冬にとって何よりもかけがえのない言葉。

 その時の気持ちを思い出し、頬と胸が熱くなる。

「ナツ君は、誰よりも優しくて……誰よりも人の気持ちがわかる人です」

 今だから分かる。

 ナツがあんなに優しい理由が。

 あんなにぶっきらぼうな理由が。

 ナツもまた恐れているのだ。

 取り戻した温もりを失うことを。

 そして守りたいのだ。

 自分の最も大切な者を。

 だからこそ人を突き放すようにしながらも決して見捨てない。

 冷たい身体の奥に秘めた温かい想いで包み込んでくれる。

 誰に理解されなくても。

 だったら……。

「ナツ君は、お姉さんが大好きです」


 私が……ナツ君の想いをみんなに伝える!


「ナツ君は、ちゃんとお姉さんの気持ちを理解してくれてます。あの行動の意味だってちゃんと分かってます。ナツ君がお姉さんを嫌いになることなんて絶対にあり得ません。だから……」

 真冬の目から涙が一つ、二つと落ちる。

「嫌われてもいいなんて……言わないで」

「真冬ちゃん……」

 アキは、アーモンド型の目を震わせて真冬を見る。

「結び直された家族の絆を解かないで。ナツ君を1人にしないで。お願いします……お願いします」

 真冬は、涙に顔を濡らして頭を下げる。

 何度も何度も下げる。

 アーモンド型の目に涙の膜が浮かぶ。

 幼い黒髪のナツと再会した頃の雪色の髪のナツ、そして現在のナツが頭の中で交差する。

「真冬ちゃん……」

 ぽそっとアキの口から声が漏れる。

 真冬は、手の甲で涙を拭って顔を上げる。

 見たこともない優しい笑みを浮かべたアキの顔がそこにあった。

「貴方がナツの側にいてくれて本当に良かったわ」

 真冬は、大きな目を見開く。

「これからもナツのことを……よろしくお願いします」

 アキは、大きく頭を下げる。

「え……あ……はいっ」

 真冬は、緊張と動揺にドギマギしながら頭を下げる。

「不束者ですがどうぞよろしくお願いします」

 そんな2人の様子を見て三春は雅と花に声をかける。

「結婚挨拶か……これ?」

 三春の質問に雅と花は肩を竦めるように尻尾を揺らした。

 扉の開く音がする。

 真冬とアキ、三春が一斉に顔を向ける。

 雅と花、そしてスタッフ(猫)達が一斉に入口に走っていき、中に入ってきた雪色の髪に血色の瞳をした少年に歓迎の声を上げる。


 ニャー!

 ニャー!ニャー!

 ニー!

 ニュ!

 ニィャァ!


 熱烈歓迎してくれるスタッフ(猫)達に苦笑を浮かべながらナツは言う。

「ただいま」

 ナツの姿を見た瞬間、真冬の胸が大きく高鳴る。

 温かな気持ちが身体中を満たしていく。

「ナツ……」

 アキは、膝を立ててナツを見る。

 ナツは、血色の瞳でカフェの中を見回し三春の前で止まる。

「なんでお前がここにいる?」

 そういえば当たり前のようにいたけど三春って突然の来訪者(スペシャル・ゲスト)だったんだと真冬は今更思い出す。

「両親と連絡つかなくて困ってた時にアキさんが助けてくれたんだよ」

「そうか……」

 ナツは、雪色の髪を掻く。

「そう言うお前こそなんで1人で帰れたんだよ?」

「美幸さんに送ってもらった」

「美幸さん?」

 真冬は、首を傾げる。

 突然出た女の名前に嫉妬心が湧く。

「WHOの職員。昔面倒見てもらった。あっちも帰るからと送ってもらった」

 恐らくアキと言い争った職員のことだろうと真冬と三春は察した。

 ナツは、三春を見て雪色の髪を掻く。

「さっきはありがとな。助かった」

「おうっ親友殿の為なら例え木の中幹の中ってな」

「それを言うなら例え火の中水の中だろ?ってかなんだその間違い?逆に低レベルに高度だろ?」

 ナツは、呆れるように血色の瞳を萎める。

「低レベルに高度ってもはや最底辺じゃ……」

 三春は、思わず突っ込むがナツは聞かずに真冬の方を見る。

 血色の瞳に見られ、真冬の心臓は更に高鳴る。

「真冬もありがとな。怪我はないか?」

「う……うんっ私は大丈夫です。ナツ君が守ってくれたから」

「守られたのは俺だろ?」

 そう言ってナツは苦笑する。

 その笑みが素敵すぎて真冬は思わず昇天(のぼせあがり)そうになる。

「後で3Dカフェ奢らせてくれ」

「は……はいっありがとうございます」

 真冬は、恥ずかしそうに指をモジモジさせながらお礼を言う。

 俺には?俺には?と三春が叫ぶが無視してアキに目を向ける。

 アキの表情が不安げに固まる。

 血色の瞳がぎゅっと萎む。

 嫌な予感がして真冬は思わず腰を浮かす。

「ナツ君その……」

「姉ちゃん」

 ナツから発せられた言葉にカフェの中の時が止まる。

「……えっ?」

 アキの口から掠れた声が漏れる。

「姉ちゃんは……大丈夫だった?」

 時が動き出す。

「な……んで?」

 アーモンド型の目が大きく震える。

「なんで……姉ちゃんなんて……」

「自分で暴露したくせに今更だろ?」

 ナツは、呆れたように肩を竦める。

 その口調もいつもの丁寧語ではなく真冬や三春に話すような砕けたものになっている。

「それにこの面子で気を使う必要なんてないし」

「でも……」

 ナツは、アキの弱々しい反応に小さなため息を吐き……優しく苦笑する。

「心配かけたね……姉ちゃん」

 アーモンド型の目が大きく見開く。

 ナツは、アキにゆっくりと近づくとその場にしゃがみ込み、手袋に包まれた両手を回してアキを抱きしめる真似をする。

「どうせ俺が姉弟であることをバラされて怒ってるとか嫌われるとか思ってたんだろ?」

「それは……」

「俺が姉ちゃんを嫌いになるなんてことはないから」

 アーモンド型の目が震える。

「誰よりも姉ちゃんのこと大好きだから」

「ナツ……」

 アーモンド型の目から落ちた涙がナツの服に当たって氷の玉になる。

「大好きだよ。姉ちゃん」

 ナツは、優しく微笑む。

「ナツ……!」

 アキは、声を押し殺して泣いた。

 本当は胸に顔を埋めたい。

 強く強く抱きしめたい。

 そんな想いを押し潰すように声を殺して泣いた。

 ナツは、アキの背中を摩る真似をしてアキの想いだけを抱きしめた。

 そんな2人を三春は嬉しそうに見た。

 真冬は、小さな嫉妬に胸を突かれながらも2人の絆が解けなかったことを心の底から喜んだ。

 これで全て元通りになる。

 そう思って心の底から安堵した。

 しかし……。

「ただ……ごめん」

 唐突にナツの口から漏れた言葉にアキも三春も、真冬も怪訝な表情を浮かべる。

「俺が……姉ちゃんの想いを裏切った」

「うら……ぎった?」

 アキは、ナツの言葉の意味が理解出来ず言葉を反芻する。

「俺……学校やめる」

 ズシンッ。

 ナツの放った言葉が真冬の心を音を上げて潰した。

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