四季折高校の聖女様(1)
「おっはようナツ!」
朝の気怠げな教室に一際大きく明るい声が響き渡る。
スマホをじっと見つめていたたナツは、ふうっと息を吐いて振り返る。
「おはよう三春」
ナツが小さく唇を吊り上げて挨拶すると生方三春はにいっと笑う。
明るい茶色の髪、小麦色といって遜色のない肌、ナツより頭ひとつ背は低いが制服越しにも分かる筋肉質な身体に人好きのする整った顔立ち。
名前の通りの春のように明るい陽キャイケメン。
彼が教室に入るだけで淀んだ教室が春日に照らされたように明るくなり、そんな太陽がナツに近づいて挨拶するだけで空気が張り詰める。
しかし……。
「聞いてくれよナツゥ!」
そんなことなど気にも止めず三春はナツのテーブルの前にしゃがみ込んで腕を乗せ、顎を乗せてナツを見上げる。
「昨日さ選抜発表があったんだよぉ!そしたらさ……」
「補欠か?」
「んな訳ねえだろ!一軍に選ばれたよぉ!」
三春は、ブウブウと唇を尖らす。
「そうか」
ナツは、血色の瞳を細める。
「おめでとう」
「あんがと」
三春は、にっと笑って両手でブイを作る。
「ポジションは?」
「サードの3番」
「サードマン復活だな」
チャラい容姿をしているが三春は2人の通う四季折高校の野球部に所属し、一年生の頃から一軍として活躍している。
ポジションはサード。
打席も3番。
名前にも三が入ってることから"サードマン"と呼ばれていた。
「ちなみに背番号も3番だぜ」
ブイにもう一本指を足して3を作る。
嬉しそうな三春を見てナツは何かを言いかけ、止める。
三春の向こうに見える生徒達の痛い視線に気づいたからだ。
離れた場所から奇異と怒りのこもった目でナツを突き刺す同級生達。
彼らの視線が言葉となって訴える。
なんでお前がサードマンと一緒にいんだよ。
氷結病患者の癖に。
私達の三春君に近づかないで!喋らないで!
俺らのスターを穢すな!この化け物!
「俺から近づいてる訳じゃないんだけどな」
ナツは、視線で殴ってくる同級生達に向かってぼそっと呟く。
「どうしたナツ?」
三春は、怪訝そうな顔をしてナツを見てから振り返り、「ああっ」と呟く。
「まったくこいつらは」
三春は、不機嫌そうに唇を尖らす。
「俺が誰と仲良くしようと俺の勝手だろうが」
「そんな物好きはお前だけだよ」
ナツは、苦笑してCOLDと書かれた手袋を嵌めた指をそっと向ける。
「アレが正しい反応だ」
「アレを正しいと呼ぶお前を嫌う」
三春は、ぎゅっと目を萎める。
「俺が俺の大切な友達と一緒にいたいという気持ちを馬鹿にするな」
ナツは、血色の瞳を丸くして驚き……頭を下げる。
「すまない」
「分かればよろしい」
むんっと両手を組んで胸を張る。
「てかよ……やりすぎなんだよ」
三春は、ナツの席の周りを見る。
ナツの席の周りには三春以外の人はおろか机すらない。窓際の席で離れ小島のように浮き出ている。
「いつの時代の感染症だよ。これ」
「理解できない者への恐怖はいつの時代もどこの国も似たようなもんだ」
「なんで当事者のお前がそんな冷静なんだよ」
三春は、ジト目でナツを見る。
「もっと怒って不平不満を申し立ててもいいんだぞ」
「一生涯付き纏うものを一々気にしてたら身も心も持たない。それに……」
ナツは、時計を見て、教室の扉を見る。
「俺への注目なんてもう終わる」
ナツの言葉の意味が分からず三春は首を傾げる、と。
教室の扉が開く。
同級生達の視線が一斉に扉に移る。
「ごきげんよう皆さん」
お淑やかで柔らかな声が教室を華やかせる。
男子達は、頬を上気させて目を輝かせ、女子達も羨望の眼差しを向け、三春の顔が強張る。
ウェーブのかかった腰まで伸びた黒髪、大きな瞳、乳白色の肌、小柄で華奢だが制服越しにも女性らしいと分かる身体つき、幼さと大人っぽさが両手を組んで踊っているような西洋的な美しい顔立ち、そして慈愛に満ち溢れたような柔和な微笑み。
それはまさに……。
「聖女様」
ショートヘアの女子がボソリっと呟く。
それを皮切りに同級生達はは声を上げ始める。
「おはようございます聖女様」
「ご……ごきげんよう聖女さん」
「おはよう!聖女ちゃん!今日も綺麗だね!」
アイドルを見るような羨望の眼差しと色づいた声で挨拶をしていく男子生徒達。
「今日もお元気ですね皆さん」
聖女と呼ばれた少女は彼らに人形のような大きな目を向ける。
男子生徒達の顔が赤らむ。
「一緒にお勉強頑張りましょね」
聖女は、にこっと微笑む。
その瞬間、男子生徒達が爆発したかのようにのけ反り、一斉に「「はいっ!」」と声を上げる。
聖女は、にこっと微笑んで自分の席に座ると男子生徒達と入れ替わるように女子生徒達が彼女の周りを囲む。
「あの……聖女様……」
ショートヘアの女の子が困った顔をして聖女を見る。
「どうしました三沢さん?」
聖女は、柔らかな笑みを浮かべて聞き返す。
「今日の数学の課題、分からないところがあるんだけど教えて欲しいんだけど……」
そう言って三沢と呼ばれた少女はパンッと祈るように両手を合わせる。
そうすると次々と女子生徒達が声を上げ始める。
「私も」
「お願い私も!」
「このままだと次の試験赤点になってお小遣い下げられちゃうぅ!」
女子生徒達は、両手を合わせて必死に頼み込む。
そんな同級生達に聖女は少し困った顔をして……にこっと微笑む。
「分かりました。私で出来ることでしたら……」
聖女が言うと女子生徒達は目を輝かせて飛び跳ねんばかりに大喜び。
「ありがとう聖女様!」
「もう聖女ちゃんステキ!」
「聖母さんしか勝たん!」
大はしゃぎする女子生徒達を聖母は優しい目で見る。
そんな様子を遠くから見ていた男子生徒達がコソコソと話す。
「やっぱ聖女様いいよな」
「綺麗だし、優しいし、お淑やかで他の女子と全然違う」
「この前の中間も学年一位だったろ?」
「確か大きな会社の令嬢なんだよな?すげえ頷ける」
「俺らなんかと住む世界が違うよ」
「住む世界どころか人種がもう違うだろ。神だよ神」
「バカ。だから聖女様なんだろ?」
「そっかそっか、そうだよな」
そう言って馬鹿笑いする男子生徒達。
「厨二病共」
三春は、苦虫を噛み潰すように小声で呟き、ぎっと同級生達を、聖女を睨む。
「あいつもなに煽てられて調子に乗ってんだよ。お前は聖女じゃなくて星上だろ。星上真冬」
星上真冬。
ナツと三春と同じ四季折高校の二年生で同じクラスの同級生。
容姿端麗。
品行方正。
頭脳明晰。
三拍子揃った非の打ちようのない美少女。
そして外見に比例した清楚な佇まいにお淑やかな振る舞い、そして誰に対しても分け隔てなく優しく接する姿からいつしか聖女様と呼ばれるようになり、クラスを飛び越して学校中の注目の的となっている。
「一部を除いて」
「誰に何を解説してんだよ?」
三春は、ゔーっと唸るようにナツを半目で睨む。
「たく、あいつのどこが良いってんだよ?」
「逆にお前は彼女の何が嫌いなんだ?」
ナツは、血の色の瞳を三春に向ける。
「幼馴染なんだろ?」
ナツの言葉に三春の瞼がピクリっと揺れる。
三春の話によると聖女様……真冬と彼は幼稚園の頃からの知り合いで小学校の頃はよく遊んだ仲らしい。
「中学になってから全然つるんでないけどな」
「思春期あるあるだな」
「んなんじゃねえよ」
三春は、唇を尖らせる。
「あいつが中学になってから急にお高く止まりだしたんだよ」
三春の言葉にナツは、眉を顰める。
「あいつ……昔はあんなんじゃなかったんだよ。綺麗なのと頭良いのは変わんないけどもっととっつきやすくて……その……」
「可愛かった」
ナツがそう呟いた瞬間、三春の頬が破裂するように赤くなる。
わかりやすっ。
ナツは、小さく肩を竦める。
「つまり中学になって突然変化した女の子に戸惑ってどう声をかけたらいいか分からない……って感じか?アオハルだな」
「だから、んなんじゃねえよ!」
三春は、顔を真っ赤にして顔を荒げる。
同級生達の視線が一斉に三春に集まる。
真冬もこちらを見ている。
「と……とにかくな」
三春は、顔を真っ赤にして亀のように首を縮こませる。
「中学に変わってから急に変わったんだよ。明るくて、純粋で、面白い奴だったのに急にお淑やかで品の良いお嬢様になって。中学の入学式の時に声掛けに言ったらなんて言われたと思う?"ごきげんよう三春"だぞ。思わず鳥肌が立ったよ」
その当時のことを思い出して自分の身体を抱きしめて擦る。
「まあ、お嬢様なのは本当だけどな。あいつん家、地元じゃ知らない人はいない名家だし。今は家を離れてどっかの高級タワマンでメイドに面倒見てもらいながら優雅に暮らしてるって噂だし……」
高級タワマン……。
メイド……。
「まあ、家のしがらみってのもあるんだろうけどさ」
三春は、机に顎を乗せて同級生達と品よく話す真冬を見る。
「今のあいつは嫌いだ。なんか……綺麗なだけの量販品の人形みたいだ」
量販品の人形。
万人に愛されるように作られた都合の良い玩具。
なんの面白味もないケースに入れられてるだけのお飾り。
「面白い表現だ。お前らしくない」
「うるせ」
三春は、そう悪態をつくともう彼女の話しはしたくないと話題を変えた。
ナツもそれ以上は話しを追求せず三春の会話に乗った。
だから、気付かなかった。
彼女が……星上真冬が同級生と話しながら視線をこちらに向けていることに。




