これはどこにでもある姉弟の話し(3)
アキは、急いで自宅に帰った。
今日は友人達と会うと言っていたので帰りが遅いと思っていた両親はアキの早い帰宅に驚く。
しかも涙に濡れた顔にアーモンド型の目に憤怒を宿して……。
「アキ……どうしたん……」
「どう言うことよ!」
アキは、両親の言葉を遮り友人からもらった記事を2人の前に叩きつける。
凍った池。彫像のような白い手。そして大声で吐き叫ぶ氷結病患者が写った記事を。
「どうして……どうして……どうしてナツが氷結病患者になってるのよ!」
アキは、叫ぶ。
両親は、互いの顔を見合わせ、悲しげに顔を曇らせる。
「思い出したか……」
「いつかは……って覚悟はしてたけど……」
母親は、そう言ってアキが叩きつけた記事を手に取り、胸に抱き締める。
「ナツ……」
母親は、身体を小刻みに震わせ左目から涙が一筋落ちる。
母親の肩に父親はそっと手を置く。
2人の弱った様子にアキは動揺する。
「ナツは……ナツは、どこにいるの?」
「日本よ」
母親は、涙を拭って言う。
「日本の……WHOの施設にいるわ」
アーモンド型の大きな目が見開く。
「なんで……」
「お前のためだ……アキ」
父親は、悲しげな色を浮かべた目でアキを見る。
「お前の為に……ナツが決意したんだ」
「え……っ?」
魂が抜けるように声が漏れる。
父親は、語り出す。
アキが氷漬けにされた後に起きた悲劇を。
アキは、氷漬けにされたことを見ていた誰かが呼んだ警察の救急、そして両者が更に呼んだ自衛隊によって救助された。
アキは、救急車で総合病院に運ばれた。
ナツは……拘束された。
「拘束!?」
アキは、目を剥く。
「病気を発症したばかりの氷結病患者は発熱するように冷気をばら撒くらしいの。それこそ感染症みたいに。だから拘束……隔離するしかなかったの」
職場を通して2人の状況を聞かされた両親はそれを現実のこととして理解することが出来ないまま飛び出して病院に向かい、そして集中治療室で白く固まった彫像のような娘を見て真実と知った。
それからアキの治療方針の説明を受け、全て同意し、その後やってきた警察に改めて状況を聞かされた。
ナツが氷結病患者になったことを聞き、両親は打ちのめされ、更に拘束されたという事実に心臓が千切れそうなくらい鳴り響いた。
その時、説明する医師も警察もどこかヨソヨソしく、蔑むように感じたがそこまで意識する余裕は2人にはなかった。
そしてそれが気のせいでないことを思い知る。
ナツが氷結病患者になったと言う噂は次の日には広まっていた。
氷結病患者には在住地域への開示義務があるとは言えその広まる速度は異様であり、世間の反応はあまりに異常だった。
昨日まで仲の良かった近隣の住民達が蔑むような目で両親を睨んでくる。
"氷結病患者がいることを隠していたのか!?"
"俺たちを騙して楽しいか!
"何企んでやがったこのテロリスト!"
"この人殺し最悪一家が!!"
ナツが発症したのは事件の時だ。
その前までは普通の元気な子だったと説明しても誰も聞いてくれなかった。
それどころか主張すれば数の暴力と暴言で押し潰され、何も言わなければ自宅に石を投げられ、壁に落書きをされ、買い物しようとしても物を売ってくれない。警察に訴えても事件性がないからと目も合わせず拒否された。
両親は完全に孤立した。
それだけではなかった。
父親は仕事を解雇された。
解雇の理由は明かされなかった。上司はゴニョゴニョと歯切れ悪く何かを言うがようは世間体だ。
氷結病患者が家族にいる社員は雇えない。
それを聞かされた時、アキの脳裏に氷結病患者を雇う企業を作ることを反対する仲間たちの差別に歪んだ顔を思い出す。
母親は、解雇の話しこそ出なかったが地方への左遷話しか出た。嫌なら止めろと言わんばかりの僻地に。
2人は打ちのめされながらもアキの病院に通い続け、貯金を叩いて治療費を払い続けた。
ナツには……会いに行かなかった。
その病院でも差別の目は止まらない。
仕事の名の元に丁寧に治療は続け、容態についても説明してくれる。
しかし、医師の目も、看護師の目にも差別と軽蔑、ほして嫌悪が浮かんでいた。
こんなにも氷結病患者の家族というのは虐げられるものなのかと両親は身も心も疲弊していった。
それから数ヶ月してアキが目を覚ました。
後遺症は残っているが5体満足で日常生活を送ることに支障はないと診断された。
そして……人に関する記憶が全てなくなっているとも。
ナツのことも忘れていることも。
それを知った瞬間、両親は決意した。
やり直そう、と。
自分たちを蔑む日本から離れて3人で新たにやり直そう、と。
父親は、大学時代のコネクションを使って海外の企業への就職を決めた。母親も父親と同じ系列会社に何とか雇ってもらえた。
家族に氷結病患者がいることを隠して。
そして海外へと旅立つ準備が出来た時、両親はナツに会いに行った。
ナツに別れを告げる為に。
もう二度と会えない、会わないことを告げる為に。
ナツは、真っ白な病室にいた。
特殊製造のガラスの壁に覆われた隔離病室。
透明なガラスの部屋で絶えず監視と治療が続けられているはずが未だ止まない冷気にガラスは白く凍てついていた。
母親は、病室の前に立ち、封をされた箱をぎゅっと握りしめる。
ナツの大好物だけを詰めたお弁当箱。
しかし、WHOの職員にナツはもう普通のご飯を食べられないと告げられどこに置くことも渡すことも出来ないまま持っていた。
父親は、息を吸い……吐く。
「お願いします」
父親が告げると凍てついたガラスの上から液体が流れてくる。
不凍液と呼ばれる氷結病患者の冷気に唯一凍らない液体によって霜が溶けていき、病室の中が露わになる。
凍てついた雪色の世界。
天井にも床にも霜が苔のように走り、絶えず溢れる冷気に氷柱すら出来ない。
唯一凍っていないベッドの上に雪色の髪の少年がちょこんと座って、真っ白な天井を眺めている。
「ナツ……」
母親は、呟き、涙が一筋流れる。
その声が聞こえたのかナツは振り返り、両親の姿を見つけると満面の笑みを浮かべる。
その笑顔に両親は胸を締め付けられる。
ナツは、ベッドから降りてゆっくりと両親の方に近寄り、数歩離れたところで止まる。
「パパ……ママ……」
ナツは、嬉しそうに2人を見て、そしてキョロキョロと周りを見る。
「姉ちゃんは?」
ナツは、不安そうに呟く。
母親は、ゔっと呻いて身を屈める。
父親は、拳を爪が食い込むほど握りしめる。
「ね……姉ちゃんは……まだ病院にいる」
「病院……」
ナツは、目を大きく見開く。
その時、父親はナツの瞳が血色に変化してることに気づく。
「大丈夫……なの?」
「ああっ大丈夫だ。アキは……大丈夫だよ」
父親は、冷た過ぎるガラスに手を当て、謝罪するようにその場に膝をついてナツと視線を合わせる。
「ナツ……大切な話しがあるんだ」
「大切なお話し……?」
ナツは、首を傾げる。
「パパとママ……姉ちゃんは遠くに行かないといけないんだ」
血色の瞳が大きく見開く。
「遠く?どこ?」
ナツは、不安そうに聞く。
「飛行機に乗るくらい遠いところだよ」
「なんで?」
ナツは、じっと父親を……母親を見る。
母親は、ぎゅっとくちびるを噛み締める。
父親は、喉を鳴らして息を飲む。
「姉ちゃんの……為だよ」
父親は、痛みと共に声を吐き出す。
「姉ちゃんが元気になる為に……遠くに行かないといけないんだ」
「姉ちゃんの為……」
ナツは、ボソリっと呟く。
「本当に……?」
ナツは、血色の瞳でじいっと父親を見る。
「本当に……遠くにいけば……姉ちゃんは元気になるの」
「ああ……元気になる。間違いなく……元気になる」
父親は、大仰しく笑った。
母親も泣きながら頷く。
ナツは、父親と母親の顔を見て……しばらく考えるように俯いてから……にこっと笑う。
「分かった」
ナツが言った瞬間、両親の胸に激しい痛みと心地よい安堵が訪れる。
「パパ……ママ……バイバイ」
幼稚園でお別れするときのようにナツは言う。
そのあまりにもあっさりとした反応に両親は呆気に取られる。
しかし、次にナツが発した言葉に2人は心臓が千切れそうになる。
「姉ちゃんに伝えて」
ナツは、血色の瞳を揺らして悲しげに笑う。
「僕のこと……思い出しても忘れてね」




