氷結病患者に断罪を!(2)
響めきが起きる。
消えかけた嫌悪憎悪の矢印が再びナツに向く。
「ナツ……君……?」
真冬が瞳を震わせナツを見る。
「お前が戦ったのに俺が戦わない訳にいかねえだろ」
ナツは、小声で呟き小さく笑う。
「なに……コソコソ話してんだよ?」
坊主頭は、額に脂汗を浮かばせてナツを睨みつける。
ナツがこんなにもあっさりと認めるなんて思わなかったのだろう、平静を装うとしているが動揺を隠しきれず鼻と口が引き攣る。
恐らく坊主頭の狙いは否定し続けるナツを糾弾し、不和雷同に共鳴しあった同級生達と共に彼をこの学校から追い出す、あわよくば社会的に再起不能にまで追いやることだったのだろう。
しかし、ナツがあっさりと認めてしまったが為にその計画は狂い始めてしまった。
「俺が姉を氷漬けにしたのは事実。あの記事に書かれているのも概ね正しい」
「概ね?」
気弱そうな女子生徒がぽそりっと疑問符を投げる。
「じゃ……じゃあどこが間違ってるの?」
「俺は、姉を殺してない」
再び響めきが起きる。
「氷漬けにしたのは事実。でも殺してなんてない」
「それって……アレか?」
坊主頭は、引き攣った笑いを浮かべる。
「意図的に殺してないって意味か?不幸な事故が重なってとでも言うつもりか?」
「そうじゃない。俺は姉を殺してない」
「じゃあ、その姉ちゃんはどこにいるんだよ!」
坊主頭は、声を荒げ、猛牛の様に鼻息を荒くナツを睨む。
ナツは、血走った坊主頭の目を血色の瞳で冷徹に見返すも何も言わない。
「だんまりかよ」
坊主頭は、勝ち誇ったように口元を釣り上げる。
「後ろめたいことがある奴の典型だな」
「氷漬けにしたのは事実だからな。否定しようがない。だがな……」
ナツは、一歩足を踏み出す。
血色の瞳が沸る。
同級生達は、表情を引き攣らせ、短い悲鳴を上げて後退さる。
「それは真冬には関係ないし、お前らに断罪される謂れもない。これは……俺だけの罪だ」
血色の瞳が坊主頭を映す。
その眼力に坊主頭は一瞬、気圧されそうになるも奥歯をギリッと噛み締め睨み返す。
ナツは、血色の瞳を萎め、ふっと笑う。
「この学校を辞める」
三度、響めきが起きる。
「ナツ君!?」
真冬は、狼狽し、顔から血の気が引いていく。
ナツは、真冬を見ず、坊主頭と同級生達を見据える。
「お前ら望みはそれだろ?だったら俺は学校を辞める。それで手打ちにしろ。真冬と店長にこれ以上関わるな。手を出すな」
「え……っ……あ……」
「そりゃ……その……えあ……」
「でも、そんなこ……う……」
同級生達から次々と動揺の声が上がる。
確かに彼らは氷結病患者がいなくなることを望んでいた。
しかし、それが現実に起きた後のことなんて考えてもいなかった。
ナツは、ふうっと肩を下ろす。
「じゃあこの話しはしまいでいいか?後で職員室に退学の旨は伝えにいく。最後の授業くらいは静かに受けさせて欲しいんだが?」
「ああっ……それくらい……」
「べ……別に構わないんじゃない」
「自分から辞めるって言ったんだからな。俺たちのせいじゃないからな」
次々と勝手なことを言う同級生達に真冬の怒りが噴き上がる。
「貴方たち……!」
「ふざけんな!」
坊主頭が激昂し、絶叫する。
静まりかけた教室の空気が破壊される。
坊主頭は、脳天まで真っ赤に顔を染め上げ、憎々しくナツを睨みつける。
「なに勝手に終わらそうとしてんだよ!?」
ナツは、真冬を守る為に彼女を背中の後ろに隠す。
「勝手にも何も俺はここを辞める。それがお前らの望みだろ?だったら話しはもう終わ……」
「苦しめよ!」
坊主頭は、再び絶叫する。
同級生達は、怯えた表情を浮かべ坊主頭から遠ざかる。
「苦しめよ!悲しめよ!怯えろよ!絶望しろよ!怒りに狂ってこいつらを氷漬けにしろよ!人殺しの氷結病患者としてこの世から消えろよ!」
「お前何言って……?」
坊主頭の私利死滅な言葉に流石のナツも動揺する。
「なんで俺だけこんな目に合うんだよ!悪いのは氷結病患者だろ!?こいつがいなけりゃ!こいつさえ……こいつさえ……!」
坊主頭は、尻のポケットに手を突っ込み、引き抜く。
それを見た瞬間、生徒達から悲鳴が上がる。
それは折りたたみ式のペティナイフだった。
真冬が息を飲む。
ナツは、血色の瞳をギュッと萎める。
「本気か?お前?」
「これなら防げねえだろ」
坊主頭は、ヘラっと笑う。
「お前が死ねばそれで終わり。俺が凍ればお前の破滅」
ペティナイフを水平に構える。
「俺の前から消えろ!氷結病患者!」
坊主頭は、床を蹴り上げ駆ける。
ペティナイフが鈍く輝きナツに迫る。
ナツは、真冬を庇い、手袋をはず……。
シャァァァァッ!
シィィィィィッ!
二つの唸り声がが耳を貫く。
「ぎゃあっ!」
坊主頭は、悲鳴を上げて顔を押さえる。
ペティナイフが床に虚しい音を立てて転がる。
現れたのは小さくも美しい2匹の存在。
ナツは呆然と、真冬は唖然と2匹の名を呟く。
「み……雅!?」
「花ちゃん!?」
そこにいたのは猫カフェ"Ca-Syuu"のスタッフ、黒猫の雅とキジトラの花だった。
雅と花は、猛虎の如く鼻に皺を深く歪ませ、縦目を激らせ、身を低くして坊主頭頭を威嚇する。
「なんだ、こいつら……」
坊主頭は、押さえていた手を離す。
アニメでしか見たことのないような赤い8本の線が4つに分かれ鼻を中心に交互に重なるように✖️を描いていた。
坊主頭の顔を見て何人かの同級生が吹き出すが坊主頭に睨まれて直ぐに顔を背ける。
「なにしやがるクソ猫ども……!」
坊主頭は、血の滲んだ✖️顔を赤く染め上げ、雅達に蹴り飛ばそうとする。
「なにしやがるはお前だ……」
低く冷たい声が坊主頭の耳を打つ。
刹那。
坊主頭の右腕が背中に思い切り捻られる。
坊主頭の口から悲鳴が上がり、そのままうつ伏せに地面に倒れる。
ナツと真冬の目が更に大きく見開く。
「三春……」
ナツは、呆然と呟く。
三春は、見たこともない怒りの形相を浮かべて坊主頭の背中に跨り、右腕を更に捻る。
坊主頭から絶叫が迸り、空いた左手と両足をバタつかせる。
「俺の大事な親友2人に何してくれてんだこのハゲ……」
三春は、怒りに冷えた目で坊主頭を見下ろす。
「凍った方がマシだと思わせてやろうか?ああっ?」
坊主頭の表情が恐怖に青ざめる。
「や……やめ……」
「うっせ。死ね……」
三春は、左手を拳に固め、坊主頭に振り下ろす。
「ダメ!」
真冬は、叫んでナツの背中から飛び出す。
「三春!ダメ!人を殴っちゃダメ!」
三春の拳が坊主頭の頬に触れる寸前で止まる。
「真冬……」
「三春……ダメ……野球出来なくなっちゃう。夢壊れちゃうよ……」
「でも……こいつ……」
「日本高等学校野球連盟」
場違いな言葉を乗せた声が教室の時を止める。
「教育機関。第三者委員会。児童相談所」
静かに教室に入ってきた女性に今度こそナツと真冬は言葉を失い、興奮していた雅と花の顔から険が消えてナアアアッと愛らしく鳴く。
「子ども家庭支援課。生活安全課。人権擁護機関……さあ」
金色の髪がサラリと音を立てて揺れる。
アーモンド型の目が坊主頭を見下ろす。
「どこに裁いて欲しい?」
驚くほど綺麗で冷たい笑みを浮かべてアキは言った。
「店長……」
「てん……ちょう?」
2人の声にアキは、顔を上げて優しく微笑む。
「おはようナツ、真冬ちゃん」
アキは、坊主頭のことなんて忘れた様に2人に近寄る。
突然、現れた画像に写った女性の登場に同級生達は慌てふためく。
「ナツの制服姿久しぶりに見たわね。真冬ちゃんは初めて。本当に清楚な聖女様って感じで驚いたわ」
アキの細い指が汗で頬に張り付いた真冬の髪に触れて優しく剥がす。
「とても綺麗よ」
「店長……どうして」
「どうしてって……」
アキはアーモンド型の目をパチクリさせる。
「これを届けにきたのよ」
そう言って彼女は手に持っていた大きなランチバックを見せる。
「今日の朝ご飯とお昼ご飯。せっかく作ったのに忘れたでしょ。バックヤードに置きっぱなしだったのを雅と花が見つけたの」
アキの言葉に真冬の足元にやってきた雅と花がナアアアっと鳴く。
「仕方ないから2人を連れて学校までお弁当を届けにきたの。どうしても行きたいって鳴くから。離れないことを条件に連れてきたわ。さっそく約束破られたけど」
アキの言葉に2匹は誤魔化すように愛らしく鳴く。
「ここに来るのはナツの入学式以来だし、場所がわからなくて困っていたら彼が声掛けてくれたの」
そう言って坊主頭を羽交締めにしている三春を見る。
三春は、坊主頭を押さえ込みながら何故かチラチラとアキを見る。
アキは、とても美人だから恥ずかしくなってしまうのも分かるがそれとはどこか違う気がする。
次の瞬間、その理由が明らかになる。
「ナツの姉ですって言ったら驚いて案内してくれたわ」
教室の時間が止まる。
真冬は、目が点になる。
彼女が何を言ったか理解が出来ない。
その隣でナツが絶望的な顔をして右手を額に当てる。
「あ……ね……?」
「そうよ」
アキは、アーモンド型の目を弓の様に細めて黒板のボードに貼られた2つの画像に目を向ける。
「私は、進藤秋希。あそこに貼られている姉殺しの冤罪を掛けられた進藤夏結の実の姉です」
その言葉に同級生は響めき、坊主頭は驚愕に固まり、三春は唇をひくつかせ、真冬の思考が止まる。
「弟がいつもお世話になってます」
アーモンド型の目がうっすらと開いて微笑んだ。




