氷結病患者に断罪を!(1)
同級生達から放たれた苛烈な言葉に真冬は絶句し……お腹の底から怒りが湧き上がった。
「何してるんですか!貴方たち!!」
真冬の叫びに同級生達の声と動きが一斉に止まり、視線が彼女に集中する。
ナツも真冬が現れたことに気づき、血色の瞳を向ける。
「せ……聖女様……」
「お……おは……おはようございます」
「あの……これは……その……」
「この氷結病患者がですね……」
言い訳を並べる同級生達。
しかし、真冬の耳には届かず大きな目を怒りに震わせ彼らを睨みつける。
「どいて……」
「えっ……?」
「どいて!」
真冬は、声を荒ぶらせ叫ぶ。
同級生達は、見たこともない聖女様の激昂に慄き、モーゼのように人垣を開いて道を開ける。
「ナツ君!」
真冬は、必死な顔でナツに駆け寄る。
「ナツ君、大丈夫ですがっ!?怪我はないですか!?酷いことされませんでした!?」
「来るな!」
ナツの冷徹な言葉が鞭のように真冬を打つ。
「お前には関係ない。失せろ!」
非情な言葉。
しかし、それが真冬を守る為に吐かれた言葉であると直ぐに察した。
「てめえっ聖女様になんてことを!」
「本当、外道!本当、屑!」
「聖女様、なんでこんな奴のこと……」
「目を覚まして聖女様」
ショートヘアの女子生徒が真冬に近寄る。
よく真冬に勉強を教わりにきていた三沢だ。
三沢は、悲壮に顔を歪めて真冬の肩に手を置く。
「貴方はそいつに誑かされて……」
「触らないで」
真冬の手が肩に置かれた三沢の手を叩く。
三沢は驚く、
そんな三沢を真冬は冷たく睨む。
見たこともない聖女様の表情と反応に三沢を始め同級生達は気圧されする。
真冬は、ナツの前に立つ。
「貴方たち……何のつもりですか?」
真冬は、お腹の奥に溜まった怒りを抑え込んで小さく、低い声を絞り出す。
「1人の生徒をこんな大勢で虐めて……許されると思ってるんですか?」
「い……虐め?」
そんな事考えもしなかった同級生の何人かがたじろぎ出す。
「虐めだなんてそんな……聖女様……」
男子生徒の1人が前に出る。
「俺たちは、ただ聖女様を救いたかっただけです」
「私を……救いたい?」
「そうよ。聖女様……」
男子生徒の声に呼応して後ろにいたサイドテールの女子生徒が声を上げる。
「私達は、貴方をそいつの魔の手から守りた……ひっ」
女子生徒は、小さく悲鳴を上げる。
真冬の怒りに鋭くなった目に睨まれて。
「救いたい?……守りたい?何を言ってるんですか?貴方達にそんなことされなくても十分にナツ君に守ってもらってます。救ってもらってます」
真冬の言葉に再び同級生達が騒つきだす。
氷結病患者が人を救う?守る?
そんなこと……。
「ある訳ないだろ!」
人垣の後ろから怒鳴り声が飛ぶ。
同級生達の視線が声の方に集まる。
真冬の目が大きく見開く。
「貴方は……」
そこにいたのは1ヶ月前に真冬に告白して失敗し、逆恨みで襲い掛かろうとした野球部の坊主頭だ。
「なんで……貴方がここに?別のクラスでしょ?」
「そんなのはどうでもいいんだよ!」
坊主頭は、汚らしく口を開いて怒鳴り、右腕を掲げる。
赤い火傷のような跡が広がる右腕を。
「俺は、そいつに氷漬けにされそうになったんだ!殺されそうになったんだよ!」
「それは貴方が……!」
真冬は、叫びかけ……気付く。
「これは……貴方が仕組んだんですね?」
真冬は、ぐっと彼を睨む。
視線の端でナツを見ると驚いた様子もなく彼を見ている。恐らく囲まれた時に既に彼の存在に気付き、この馬鹿げた宴の首謀者が彼であると察したのだろう。
「仕組んだって何がだよ?」
坊主頭は、嘲るように笑う。
「俺は、氷結病患者に誑かされた聖女様を救いたいというこいつらに俺が受けた仕打ちを話しただけだよ。友達のこともな」
友達!?
坊主頭は、いやらしく笑い尻ポケットからスマホを取り出すと片手で操作する。
「これだよ」
坊主頭は、スマホを真冬に翳す。
スマホの画面に映し出されたのは画質の動画。
それを見た瞬間、真冬は絶句する。
映っていたのは真冬の初めてのバイトの日、ジャッジメントタックローが真冬に襲い掛かろうとところをナツが助けに入り、彼のスマホスタンドとカメラを凍らせる場面。
しかし……。
「そんな……」
坊主頭が映し出した画像は肝心な場面を切り取り、ナツがタックローを襲って意図的に凍らせたかのように編集されていた。
「おいっこれ……」
同級生の誰かが声を震わせる。
「マジかよ……」
「何もしてない人凍らせてんじゃん」
「こえぇ」
「マジ氷結病患者」
次々に漏れる恐怖と嫌悪の声。
しかし、声はそれだけではなかった。
「ねえ、氷結病患者と一緒にいる女の子って……聖女様?」
ナツがタックローを襲っているかのような動画、ナツの後ろに映っている地味だが綺麗な顔立ちの女子が真冬であると気付くのは遅くなかった。
「嘘、聖女様がなんで氷結病患者の犯行場面に!?」
「えっ?まさか共犯!?」
「聖女様が……聖女様じゃなか……った?」
同級生達の絶望的な反応。
ナツが唇を歪め舌打ちする。
その反応に彼が同級生達に言われるがままだった理由を理解した。
壁に張り出された写真を見た瞬間、ナツは気づいたのだ。
これが彼の策略であること。
ジャッジメントタックローと彼が繋がっていること。
そしてジャッジメントタックローと繋がっていると言うことは真冬のもう一つの姿を把握していると言うこと。
だから、ナツは何もしなかったのだ。
真冬を……守る為に。
だったら……。
「そうですよ」
真冬が発した言葉に同級生以上にナツが驚いた。
「ま……真冬?」
らしくない動揺の声を上げるナツに真冬は優しく微笑む。
「ありがとうナツ君」
真冬の言葉に血色の瞳が大きく見開く。
「私は……もう大丈夫だから」
真冬は、同級生に目を向ける。
強い決意のこもった目を。
「私は、ナツ君と一緒にいました。ナツ君と一緒に働いてるから」
働いてる?
坊主頭以外の生徒達の頭に?が浮かぶ。
彼らの頭の中では真冬は生粋の令嬢。
働くなんて結びつくはずがない。
「私は、貴方達が思うような聖女様ではありませんよ」
そんな同級生達の思考が読め真冬はクスリっと笑う。
「お家賃の安いマンションで暮らしてるし、制服以外のお洋服はご自由にお待ちくださいとダンボールに入れられたものを頂いたものです。下着なんて中学の頃のものをずっと使って擦り切れてます」
真冬が何を言ってるか分からない。
母国語で話してるはずなのに異国語で話されているかのように理解が覚束ない、追いつかない。
「ご飯は毎食カップ麺でお昼は食べれません。一つのカップ麺を二つに割って朝と夕に分けます。お風呂だって湯船を張れないし、水が勿体無いから簡単に済ませます。ドライヤーだってかけません。お化粧なんて出来ないからせめてお肌が綺麗に見れるように石鹸を溶かしたお水で2時間フェイスマッサージしてます。お布団も汚くて見せれたものではありません」
「おいっ真冬……」
ナツは、顔を引き攣らせ立ち上がる。
「あっでも皆さんに見栄を張りたいからスマホの料金だけは払ってます。あのお金だけでご飯何食食べれるんでしょうね。通帳から引かれる度にお腹がキュウキュウ鳴るんです。その度にお水でお腹を埋めるんです。知ってました?お水だけは料金未払いでも簡単には止まらないんですよ。生命線だからでしょうね。でもお水の料金はちゃんと払った方がいいですよ。お水は偉大です。お塩やお砂糖をひとつまみ入れるだけで立派なスープに……」
「真冬!」
手袋に包まれた大きな手が後ろから伸びて真冬の唇を触れずに隠す。
「ナツ君?」
「それ以上はダメだ真冬。みんな戦闘力がゼロだ」
呆然、唖然、絶句。
同級生達は魂が抜けてしまったかのように表情をだらつかせ、宙の先を見ている。
それを見て真冬は不満そうに頬を膨らます。
「もうっだらし無いですね」
「あとの2人は更に強いと聞かされるより絶望的な聖女様のリアル清貧話聞かされれば脳が停止するに決まってるだろ!?」
特に清楚清廉、深窓の令嬢と言うガチガチのイメージに固められていた聖女様の裏に隠された真実ともなれば尚更だ。
「ナツ君は平気そうですけど」
「平気じゃない。前も言ったが隣の部屋でそんな悲劇が起きてると知った俺の戦闘力ももはや1を残す程度だ」
本当、なんでもっと見なかったんだろう?
気付かなかったんだろ?
そうすればこんなことになる前に色々と手が打てたはずなのに。
ナツは、悔しそうに唇を噛む。
「大丈夫ですよ」
それを見て真冬は嬉しそうに微笑む。
「ナツ君は、ちゃんと見て気づいてくれましたから」
まるでナツの頭の中を覗き込んだかのような言葉に血色の瞳が揺れる。
真冬は、同級生達に目を向ける。
「ナツ君は、そんな私をたくさん助けてくれました。聖女様とも可哀想な貧乏少女なんて色眼鏡で見ることなく1人の女の子として接して、話しを聞いて、私のことをずっと見てくれる、気付いてくれると約束してくれました」
真冬は、ギュッと両手を握る。
背中に彼の冷気を含んだ温もりを感じ、愛おしさが込み上げる。
「そんな彼が私を貶めるなんてことがあるはずがありません、ナツ君は……誰よりも誠実で優しくて素敵な男の子です」
真冬の声が教室に清廉と響き渡る。
そのあまりに真摯な言葉に同級生達は何も言えなくなり、俯き、視線を反らす。
彼らが押し黙ったことに真冬はほっと胸を撫で下ろす。
しかし……。
「……言いたいことはそれだけか?」
坊主頭が表情を醜く引き攣らせながら真冬とナツを睨む。
「ちっ……いい女だと思ってたのにハズレを掴まされるところだった」
坊主頭の言葉に血色の瞳が激しく揺れる。真冬の唇を覆う手を離し、彼女の前に出る。
「話しを聞いたろ?こいつはただの貧困に喘ぐ同級生でバイト仲間だ。だから巻き込むな」
「巻き込むつもりなんかねえよ。俺らは聖女様を助けようとしただけ。余計なお世話だったみたいだし裏切られたけどな」
坊主頭は、ぎろりっと真冬を睨む。
ナツは、真冬を守るように背中で隠す。
「それに勝手に解決した雰囲気出してるけど、何にもなってねえからな。お前が俺と俺の友達を凍らせて自分の姉貴を殺したことは変わりないんだからな」
凍らせた。
姉を殺した。
この二つの言葉に同級生達は正気を取り戻して再びナツを憎悪を込めて睨みつける。
「それは貴方達が悪いんでしょ!ナツ君に罪を転換しないで!」
「じゃあ、百歩譲って俺たちが氷漬けにされたのはいい」
坊主頭は、ヘラリっと気持ち悪く笑い、黒板の記事を指差す。
「じゃあ、あっちはどうする?姉殺しの罪も俺たちのせいにする気か?」
真冬は、ぐっと喉を鳴らす。
ナツと関わり出してから幾度も耳にした"姉殺し"と言う符牒。
しかし、それを追求しようとしたことはなかった。
あんなのは氷結病患者を嫌う誰かがでっち上げた捏造だから、ナツがそんなことをするはずがないと信じていたから。
しかし、それに対しての根拠を得なかったことがこんな所で仇になるとは思わなかった。
同級生達もどう反応したら良いか分からずナツと坊主頭の間に視線を泳がす。
血色の瞳がそっと閉じる。
「事実だ」
ナツの発した言葉が小波のように教室に広がっていく。
真冬は、目を見開き、ナツの横顔を凝視する。
「俺は……姉を氷漬けにした」




