貴方が大好きでした(2)
三春と真冬がやってきたのは校舎裏の花壇だった。
大きな校舎に阻まれて日が当たらないにも関わらずマリーゴールドやポーチェリカといった花々が咲き誇り、真冬のぽっかりと開いた心を少しだけ和ませた。
「そこ座って待ってろ」
三春は、花壇のヘリに座るよう真冬に伝えると少し離れてから1分ほどで戻ってきた。
その手にはスポドリと缶ジュースが握られている。
「ほらよ」
三春は、缶ジュースを真冬に差し出す。
「あ……ありがとうございます」
真冬は、驚きながらも缶ジュースを受け取る。
それは子どもの頃にカラフルなデザインの描かれたグレープ味の炭酸飲料だった。
「好きだったよな?ソレ?」
「は……はいっ」
小さい頃、炭酸飲料なんて飲めるところに連れて行ってもらったことのなかった真冬は三春と遊んだ時、彼がコレを飲んでいるのを見て購入し、あまりの美味しさと感じたことない刺激にハマってしまった。
「覚えててくれたんですか?」
「まあな」
三春は、恥ずかしそうに言うと真冬の隣に座ってスポドリの蓋を開けて口につける。
「あの……練習はいいんですか?」
三春の格好を見れば朝練の途中だと言うことは誰の目にも分かる。それに次は準決勝戦と言っていたから大切な練習のはずなのに……。
「トイレに行くって抜けてきた。ついでに水分補給しようとスポドリ買いに来たらお前がいた」
「だったら尚更戻った方が……」
「あんな顔見て戻れるかバカ」
三春は、ふんっと鼻を鳴らして真冬を睨む。
真冬は、驚いた顔をして、小さく口元を綻ばせる。
「変わらないですね。三春」
「お前は随分と変わったけどな」
三春は、チビっとスポドリを飲む。
「こうやってご一緒するの久しぶりですね」
「ご一緒って……昨日、話したろ?」
「アレはナツ君越しだったので……」
真冬は、ギュッと缶を握る。
「……ナツと何かあったのか?」
三春の言葉に真昼の大きな目が見開く。
「やっぱりな」
三春は、大袈裟に肩を竦める。
「なんで……?」
「勘違いするな。別にお前を見て察したんじゃない。親友のナツを通して見て察したんだ」
「なんですか?それ?」
真昼は、苦笑する。
「推理ものだったらまったく成立しないし人気出ないですよ?」
「バトル漫画なら成立するぜ。先読みってな」
「これって先読みなんですかね?」
「ご都合主義ってことでいいんじゃね?それに……ナツに言われたからな」
「ナツ君に?」
「ああっお前に気づいてやれって。お前もそれを望んでるって」
真冬の大きな目が震える。
この場にいないナツの想いに胸が締め付けられる。
「で……何があった?」
三春の目がじっと見てくる。
それは小学生の時、家のこと家族のことで落ち込んでいた真冬を気にかけ、手を伸ばそうとしてくれた時の目だ。
あの時は、三春に知られるのが嫌でその手を拒否したけど……。
「私……あの家を出たんです」
「……そうか」
「弟が生まれて……家族の縁を切られました」
「……そうか」
「驚かないんですね?」
「いや、驚いてるよ。驚いてるに決まってる。今からお前の親父さんをボコしに行こうかと思うくらいには十分に驚いてる」
「やめてください!大会出れなくなっちゃう!」
瞳孔を拡げ、激らせ怒る三春を真冬は必死に宥める。
「あんな人達、三春が怒る価値ないですから。お願いだから落ち着いてください!」
「……分かった」
三春は、大袈裟なくらい大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。恐らく試合で緊張した身体をほぐす為のルーティンなのだろう。三春の表情が少しだけ柔らかくなる。
「それじゃあお前が聖女様になったのはそのせいか?」
「……はいっ。お父様達に……見て欲しくて」
「逆効果だな」
三春は、バッサリと切る。
「そんなことしなくてもお前は良い子だったし、魅力的だった。あんなことしたって寄ってくるのは表面からしかお前を見ない馬鹿だけだ」
「だから……三春も私から離れたんですもんね」
真冬が苦笑して言うと三春は喉をぐっと鳴らし「ああっ」と頷いた。
「あの時は……あんな態度で俺に接してきたお前が苛立たしかったし、心底気持ち悪かった。俺の知ってる星上真冬はいなくなってしまったんだと悲しかった」
三春の手が缶を握る真冬の手にそっと触れる。
ゴツゴツした逞しい、大きな手。
あの頃とはまるで違う手。
「気づいてやれなくてごめん。見ててやれなくて……本当にごめん」
「ううんっ大丈夫です」
真冬は、優しく微笑む。
「今はこうして見てくれる。気づいてくれる。それだけで十分です」
「そうか……」
三春は、ほっとしたような、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「でも……今、落ち込んでいたのはソレが原因じゃないだろ?」
「はいっ」
「それは……ナツ関係か?」
「はいっ。でもそれはナツ君が悪い訳ではありません」
真冬は、三春の手に添えられた自分の手を見る。
「私が一方的にナツ君に依存しちゃってたから。それでナツ君にご迷惑をおかけしただけなんです。ナツ君の想いを無視して」
「依存?無視?」
「三春は知ってますよね?ナツ君が働いてるお店の店長さん?」
「ああっ見たことはないけど」
「とっても綺麗な人ですよ。女優さんみたいに顔も小さくてスタイルも良くて……金色に染めたショートヘアもお洒落で……ナツ君と本当にお似合いで……」
真冬の声が無意識に震え、トーンが落ちていく。
「ナツ君は……店長さんのことが好きなんです」
言葉に出した瞬間、真冬は後悔した。
胸に思っていただけの言葉は口に出した瞬間、無数の針と刃となって真冬の身体を切り刻んだから。
辛い、悲しい、痛い。
母親に出て行かれた時も、弟に誰?と無邪気に聞かれた時も、父親に冷たく捨てられた時だってここまての痛みは感じなかった。
なのに……なんで……?
真冬の目から涙が一筋、二筋と流れる。
「真冬……」
三春は、きゅっと真冬の手を握る。
「真冬は……ナツのことが好きなんだな」
……えっ?
真冬は、顔を上げて三春を見る。
三春は、暖かい笑みを浮かべて真冬を見る。
「じゃあなきゃそんなに悩んだり苦しんだりしないだろ?」
「そんな……だって……」
私は三春のことが……。
「お前、今、俺に手を握られてるけどドキドキしてる?」
あっ……。
真冬は、自分の手を見る。
缶を握り、三春の手に添えられた自分の手を。
小学生の頃、この手が遊んだ時のふとしたきっかけで触れた時、心臓が千切れちゃうんじゃないかってくらいドキドキした。
でも、今は何も感じない。
ゴツゴツした大きな手と感じるだけだ。
「ナツに手を握られたらどうだ?」
「ナツ君は私に触れることは……」
「想像でいいんだよ」
ナツ君に手を……。
真冬の頭の中でナツが仏頂面で真冬の手を握ってくる想像が浮かぶ。
その瞬間、頬が熱くなり、心臓がバクバク鳴りだす。
「やっばりな」
三春は、小さく笑って真冬から手を離す。
「無自覚とはいやはやラブコメだねえ」
「いや……そ……でも……」
「否定してももう身体と脳みそが反応してんだよ。お前はナツが好きなんだよ。心の底から」
「そんな……」
私がナツ君を好き?
だから、こんなに苦しいの?
だから、こんなに悲しいの?
だから……だから……だから……。
真冬は、缶を持った両手を胸に当ててギュッと握りしめる。
「で……」
三春は、スポドリを煽る。
唇の端からスポドリが筋となって落ちる。
「どうすんだ?」
ふうっと手の甲で唇を拭い、真冬を見る。
「どうするって……」
「だからナツに想いを伝えるのかどうかだよ。もう自分の想いに気づいたんだから後に引けねえだろ?」
「でも……ナツ君は店長のことが……」
「それはそれ。これはこれだろ」
三春は、肩を竦める。
「好きならちゃんと想いを伝えてこい。そうしないとまた聖女様に戻っちまうぞ」
三春は、真剣な目で真冬を見る。
「でも……それでナツ君が見てくれなくなったら……気付いてくれなくなったら……」
そんなことになったら……もう生きていけない。
「ナツはちゃんと見るよ」
三春は、優しく目を細める、
「どんな結論になったとしてもナツはお前を見てくれる。気づいてくれる。だから……」
三春の大きな手が真冬の小さな肩を叩く。
「自分の想いしっかり伝えてきな」
三春は、輝くような大きな笑みを浮かべる。
真冬は、大きな目を見開き、唇を震わせる。
「はいっ!」
真冬は、自分でも驚くほど大きな声を上げて立ち上がる。
花壇の花々が真冬の心に呼応するように風に吹かれて身を揺らす。
「ありがとうございます。三春」
真冬は、綺麗に頭を下げる。
「最後に……一つだけ……いいですか?」
「最後?」
三春は、訝しげに眉を顰める。
真冬は、躊躇いがちに、しかし意を決して告げる。
「私は……三春のことが好きでした」
突然の真冬の告白に三春の目が大きく見開く。
「幼稚園の頃、周りで浮いている私に優しく声をかけてくれた三春が、小学生になってからも態度を変えず、朗らかに、明るく接してくれた三春が大好きでした。自業自得で縁が切れてからもずっと貴方をお慕いしてました。いつか昔のように話せるようになりたい。ずっと一緒にいたい、大好きだって伝えたい……ずっとそれだけを夢見ていました」
真冬の大きな目から涙がこぼれ落ちる。
「身勝手でごめんなさい。自己チューでごめんなさい。でも……この想いだけは伝えたかったんです。私をここまで支えてくれたのは間違いなく貴方だったから……貴方がいたから私は今日まで生きてこれたから」
「真冬……」
「貴方が大好きでした」
涙に濡れた顔に笑みが浮かぶ。
花のような大きく美しい笑みが。
「本当にありがとうございました」
真冬は、深々と頭を下げる。
涙が熱いアスファルトに落ちて黒いシミとなって蒸発する。
真冬は、手付かずの缶ジュースを花壇のヘリに置いてもう一度頭を下げ、背中を向けて去っていった。
三春は、去っていく真冬の背中を見て、残された缶ジュースを見る。
『こ……これなんですか!?』
小学生の真冬が初めて飲んだ炭酸飲料の刺激に驚いて目を丸くする。
『お前が飲んでみたいって言ったんだろ?』
三春は、悪戯っぽく笑う。
『美味いだろ?』
「はいっ……甘くて……シュワッとして……とても美味しいです』
そう言って真冬はもう一口飲んで、炭酸の刺激に驚いて口を離し、そしてまた一口飲むを繰り返す。
その反応があまりに面白くて、可愛くて三春は思わず笑ってしまう。
それが気に入らなかったのか、真冬は頬をぷうっと膨らませてそっぽ向く。
『気に入ったか?』
『はいっ』
『じゃあ、また一緒に飲もうな』
『明日もですか?』
真冬が大きな目を丸くして言う。
『ああっ』
三春は、にいっと大きな笑みを浮かべる。
『ずっと一緒だよ』
三春は、帽子を深く被る。
額から流れた汗が目元を抜けて大粒となって膝に落ちる。
「たくよ……勝手にコクって勝手に振るなよな」
三春は、悪態を吐きながら真冬の置いていった缶ジュースを取る。
「もう……練習できねえじゃねえか……よ!」
三春は、思い切りプルトップを開け、缶ジュースを胃の中に流し込む。
グレープの爽やかな甘みと炭酸の刺激が喉を虐め、胃に落ちていく。
「あんま」
三春は、ゲップと一緒に息を吐き出し、手の甲で口元を拭う。
「もうガキじゃねえんだな。俺ら」
ペコっと缶ジュースが音を立てて潰れる。
「頑張れよ。2人とも」
三春は、にいっと笑って青々とした空を見上げた。
ナツ君!
ナツ君!!
ナツ君!!!
真冬は、一刻も速く教室に着きたいと足早に廊下を歩いた。
時刻は8時20分。
そんなに話したつもりなかったのにもうそんなに時間が経っていたのかと驚いた。
もうナツは登校しているはず。
隔絶された席で漂流した船漕ぎが空を仰ぐようにスマホを眺めているはずだ。
なんて声をかけよう?
昨日、あんな態度を取ってしまったのだ。
まずは謝ることが優先だ。
優しいナツはきっと怒ったりはしない。
むしろ「俺なんかしたか?」と気に病んでるかもしれない。
ちゃんと謝ろう。
謝って……いつも通り学校で過ごして、猫カフェ"Ca-Syuu"で働いてアキにも失礼な態度したことを謝って……。
告白する。
結果は分かってる。
自分は振られる。
自分がアキに勝てるものなんて何一つない。
勝ちルートなんてどこにもない。
でもする!
背中を押してくれた三春の想いを、遠回りしてようやく気付いた自分の想いを無下にしたくない。
これは誰の為でもない。
自分の為の告白なのだから。
教室の前に着く。
固く閉じられた扉の向こうが騒がしい。
真冬は、胸に手を当て、深く息を吸い、吐く。
そして意を決して扉を開ける。
「おはようござ……」
真冬は、絶句する。
ナツ以外はいつもの教室だと思っていた風景。
しかし、その光景は予想だにしないものだった。
隔絶されたナツの席が人で埋まっている。
全員がこのクラスの同級生で全員が怒りと嫌悪に表情を歪ませている。
そしてその中心にナツがいた。
自分の席に座って自分を囲う同級生達を冷徹に見上げる。
「この人殺し……」
同級生の1人が口に出した瞬間、連鎖が広がる。
「聖女様を誑かしやがって……何企んでやがる」
「気持ち悪い」
「穢らわしい」
「だから、嫌だったのよ。こんな奴と同じクラスだなんて」
悪意と嫌悪の言葉が次々にナツにぶつけられる。
「ちょっと貴方たち何を……」
真冬は、表情を青ざめ、同級生を止めようと駆け寄ろうとするが、黒板に張り出されたA3サイズの写真と大きく書かれた文字に足を止める。
黒板に貼られたのは2つの写真。
ジャッジメンタックローが真冬に見せてきたナツが実姉を氷漬けにしたら殺したと言うゴシップ記事。
もう一つは猫カフェ"Ca-Syuu"でアキが愛おしげにナツを見て彼の頭を撫でる真似をしている写真だ。
そして写真を取り囲むように書かれた文字。
"聖女様を誑かす悪魔に断罪を"
"バイト先の店長との不純異性行為。伝統ある四季折高校の名を貶す所業"
"姉を殺して堂々と2人の美女を騙す鬼畜氷結病患者に天罰を"
あまりにも酷すぎる文字の暴力に真冬は両手で口を覆って震える。
こんなの……こんなの……。
恐れ震える真冬を他所に同級生の誰かがナツに言葉をぶつける。
「この学校から出ていけ!氷結病患者!」




