穏やかで甘い日常と嫉妬(2)
真冬の変化は学校だけでなく猫カフェ"Ca-Syuu"でも表れていた。
「花ちゃーん。お部屋戻りますよぉ」
ポニーテールに紺色のエプロンを付けた真冬が畳の上に座ってポンポン膝を叩くとキャットタワーの上でお客さん達を"愚か者め。頭を下げよ"と言うように見下ろしていたキジトラの花が目を輝かせてトントンっと華麗にタワーを降りて真冬の膝にダイブした。
真冬は、愛おしげに花を持ち上げ、抱きしめる。
「お部屋戻ってブラシでキレイキレイしましょうね」
そう言って真冬が優しくギューッと抱きしめると花は嬉しそうな目を細めてナァーと鳴いた。
真冬は、花の喉元を背中を撫でながらバックヤードに入っていく。
そんな真冬の様子をアキは厨房の窓口に寄りかかって感心するように見ていた。
「ナツ。昨日何かあった?」
「何かってなんすか?」
窓口から顔を出したナツはカウンター3Dラテを3つ置く。
「昨日と今日とで明らかに真冬ちゃんの仕事の様子が違う」
アキは、3Dラテをそっとトレイの上に乗せていく。
「そうですか?いつも通りの接客でしたけど……」
そう言われれば真冬が対応したお客さん達の顔がいつも柔らかいと、朗らかな気がする。昨日まではもっと頬が赤くなったりら見惚れるようなところがあった気がする。
「お客様への接客もそうだがスタッフ達への対応がダンチだ」
「ダンチ?」
「今風に言うとレベチと言うのかな?最初の頃に比べると慣れてはきていたがそれでもスタッフ達は警戒していた。真冬ちゃんのその……お淑やかで清楚な笑顔の後ろにある何かを警戒しているようだった。しかし、今日はそれがない。むしろ自分達から寄って行ってる」
それはナツも感じていたことだった。
注文されたイラストを仕上げる関係で少し遅れて出勤するといつもはてんてこ舞いでスタッフ達のブラシをしているのに今日は全員のブラシを終えていた。しかもブラシを終えたと言うのにスタッフ達は真冬から離れず膝に頬を擦り寄せ、手のひらを舐め、リラックスしてお腹を見せていた。
昨日まではあり得ない光景だ。
真冬も幸せそうにスタッフ達を見て喉を撫で、お腹を触り、自分の鼻とスタッフの鼻をくっつけてスリスリする。そしてナツの姿を見つけるや「ナツ君!」とぱあっと顔を輝かせる。
その姿があまりにも可愛らしすぎて思わず頭を撫でたい衝動に駆られたのを思い出す。
「何をしてるの?」
アキが露骨に眉を顰めてナツを見る。
「えっ?」
「その手の動き……凄く気持ち悪いんだけど」
そう言われてナツは自分の右手を見ると右手が甲を上に向けて指をピンっと伸ばしている。まるで何かを愛でていたかのように……。
「あっ……」
ナツは、手を引っ込める。
羞恥にのぼせ上がりそうになる。
それを見てアキは肩を竦める。
「おかしいのは真冬ちゃんだけじゃないみたいね」
アキは、アーモンド型の目でじっとナツを見て……笑う。
「真冬ちゃんを雇ったのは正解だったみたいね」
アキの言葉の意味が分からずナツは眉を顰める。
「真冬の現状と能力を見越してじゃないんですか?」
「それもあるけど1番の理由はナツよ」
「俺?」
ナツは血色の瞳を丸くする。
「ああっ。初めてだからね。ナツが私以外にあれだけ気にかけるのを見るのは」
アキの口元が悪戯した子どものように緩む。
「そんなこと……」
「あるわよ」
アキは、小さな声で断言する。
「その病気のせいで貴方は人との深い関わりを避けていた。親友とだっていつ離れてもいいように必要以上の関わりをしないようにしていた。私以外は」
「だって店長は……」
「だからね。嬉しいの」
アキは、優しい笑みを浮かべてナツの頭を撫でる真似をする。
「貴方が私以外を大切に出来るようになったことが……」
「俺は……」
「もう私離れする時期よ」
アキは、3Dラテの乗ったトレイを持ち上げ、お客さんの所に運んでいく。
ナツは、喉元から込み上げてくるものを飲み込んでアキの背中に声を掛けようとする。
「てん……」
「ナツ君……」
背中から聞こえた声に振り返ると花を抱っこした真冬が立っていた。
そういえばバックヤードに戻ってたんだっけと思い出す。
花は、ナツを見て嬉しそうに目を輝かせて愛らしく鳴くがそれに反比例するように真冬の顔は暗かった。
不満と言うか不服そうに唇を紡ぎ、ソワソワ、モジモジと身体を譲りながらナツを上目遣いに見る。
なんだこの反応?
ナツは、訝しく思いながらも声をかける。
「花のブラシ終わったのか?」
「……はいっだからナツ君にチェックしてもらおうと思って」
その声もやはり不満そう……と言うか拗ねた感じがする。
「どうですか?」
花の毛並みがよく見えるように抱き直す。
「凄く綺麗だ。撫でられた跡も残ってない。良かったな花」
ナツは、口元を綻ばせて花の頭を撫でると、花は気持ちよさそうに目を閉じて喉を鳴らす。
「上手くなったな」
「……ありがとうございます」
真冬は、小さな声で、やはり不満げに呟く。
まるで好きな玩具を取られた小学生のような反応にナツは可愛らしくも怪訝に感じる。
「どうしたんだ?ブラシの時に花に引っ掻かれたか?」
ナツにあらぬ疑いをかけられた花が抗議するように鳴く。
「……ナツ君」
真冬の大きな目がナツを見る。
「ナツ君は……私のこと見てくれるんですよね?」
「ああっ昨日言ったろ?ちゃんと見てるし気付くって」
その言葉に真冬は、嬉しそうに目を輝かせ……たと思ったらまた暗く沈んでいく。
「ナツ君は……店長さんのこと好きですか?」
「ああっ」
ナツは、大きく頷く。
「俺は、店長のことが好きだ」
真冬の目が大きく見開き、ナツを凝視する。
「……それは……どれくらい?」
「世界」
ナツの言葉に真冬の心が抉られる。
「世界で1番好きだ。店長以上なんてこの世に存在しない」
血色の瞳が真っ直ぐ真冬を見る。
その目から感じるのは嘘偽りない真実の気持ち。
真冬の膝が無意識に震える。
花の抱く手も、胸も震え、花が怪訝そうに真冬を見上げる。
「そう……ですか」
真冬は、消え入りそうな声で呟く。
「そう……なんですね」
「おいっなんか顔色悪いぞ」
ナツは、心配になり真冬に近寄る。
真冬は、ビクッと身体を震わせて後ろに下がる。
「あっ……えっと……大丈夫です」
真冬は、ニコッと大きな笑みを浮かべる。
取り繕ったような笑み。
聖女様の笑み。
ナツは、血色の瞳を大きく見開く。
「私……店内に戻りますね」
そう言って花を抱き抱えたまま去っていった。
ナツは、追いかけようとするが持ち場を離れる訳には行かずその場に留まった。
そんな様子を見ている人物がいた。
怒りに手を震わせ、アキにもスタッフにも気付かれないようにスマホを構え、ボタンを押し続ける。
「待ってて下さい。聖女様……」
人物は怒りと怨嗟のこもった声で呟く。
「直ぐに……貴方をお救い致します」
そう言ってスマホの画面に映った画像を見て気持ち悪く微笑んだ。




