穏やかで甘い日常と嫉妬(1)
教室が騒めく。
期末試験を終え、夏休みを2週間後に迎えた教室は受験前の最後の楽園をいかに楽しむか、より高い偏差値の高い大学を目指す生徒は試験の結果を踏まえていかに勉強していくかの対策を友人達と話し合うのが常となり、誰もがその輪の中に学校一の才女であり人気者である"聖女様"に加わってもらうことを願っていたが……。
「えっ?なにアレ?」
男子生徒が頬を引き攣らせながら教室の隅っこで広がる受け入れ難い光景を凝視する。
「な……なんで……えっ?」
もう1人の男子生徒も信じられず眼鏡を何度も擦る。
その後ろで女子生徒達が「えーっなに?」「嘘でしょ?」「エモッ!何どう言うこと!?」と動揺と羨望の声を上げる。
教室の隅っこ、断崖のように切り離された席にこのクラスで最も奇異なる存在、氷結病患者が座っている。
彼は、いつもと変わらずスタンドパウチのドリンクを啜りながらスマホを弄っていた。そこに喧しい三春が隣にいれば気色悪くもいつも通りのクラス風景になる。
しかし、今日は違う。
何故なら隣にいるのが三春ではなく"聖女様"こと星上真冬であったから。
真冬は、教室に着き同級生たちに簡単に挨拶を交わすと話したがる彼らを横目に自分の席に鞄を置くと椅子を持って先に登校していたナツの隣に寄り添うように座った。
クラス全体からどよめきが上がる。
え……なにっ?なんなの?
同級生の頭に?が幾つも浮かぶ。
状況をまるで理解出来ない。
「おはようございます。ナツ君」
真冬は、頬を赤らめて嬉しそうに笑う。
いつものお淑やかで品のある笑みとはまるで違う。
柔らかくて、温かで、そして幸せそうな笑み。
その綺麗な微笑みに男子も女子も見惚れてしまう。
ナツは、スマホから視線を上げて真冬を見る。
「おはよう。真冬」
そう言って血色の瞳を細め、口元を綻ばせる。
真冬は、嬉しそうに目を輝かせ……たと思ったら不満そうにぷうっと頬を膨らます。
「なんで先行っちゃったんですか?一緒に学校来たかったのに」
「いつものことだろ?俺が先でお前が後。何も変わらない」
ナツが言うと真冬は、むうむうっと不満の声を上げる。
「気付いてくれるって言ってたのに私から挨拶したんですけど……」
「気付いてたよ。そこの窓からお前が来るのも見てた」
ナツは、唇をへの字に曲げて窓の外を指差す。
「じゃあ手ぇ振ってくださいよぉ」
不満丸出しに唇を尖らす。
「キャラじゃない」
ナツは、ばっさりと拒否する。
「じゃあせめてクラスに入ってきたら手ぇ振ってくださいよお」
「そんなことしたら俺が凍る」
ナツは、頬を掻く。
「店長にはやるじゃないですか?」
真冬は、ナツに触れない程度に身体を寄せて上目遣いに見る。
「店長に出来て私に出来ないなんて差別です。炊飯器に封印します」
そう言って真冬は、両腕を大きく回して一気に下ろす。
「命を賭して封印する価値がどこにあった?しかも外したら死に損だからな」
「不老不死の薬を飲めば大丈夫です!」
「いや、アレ嘘だから」
「もうっああいえばこう言うんですから!」
真冬は、頬を更に膨らませて地団駄を踏む。
聖女様からは考えられない子どもっぽ過ぎる姿にクラス全体が絶句する。
「分かった。分かった」
ナツは、構って欲しがる幼猫のような真冬の態度に呆れながらも口を綻ばせる。
「善処しますので勘弁してください」
ナツが言うと不満げだった真冬の顔が花のように綻ぶ。
「絶対ですよ」
「善処だからな。無理な時は無理だからな」
「はあい」
真冬は、心から嬉しそうに笑った。
その可愛さにナツは思わず彼女の頭に手を伸ばしかけて……やめた。
真冬は、不満そうにむうっと唸る。
「おいっ……」
頭の上から声が聞こえる。
ナツと真冬は同時に顔を上げると一段と日焼けした三春が引きつった顔でこちらを見てくる。
「おはよう三春。朝練お疲れ」
ナツは、いつも通りに三春に挨拶する。
「おはようございます三春」
真冬もにっこりと微笑んで三春に挨拶する。
三春の目が大きく見開き、信じられないようなものを見るように真冬を見る。
「今日は一段と練習に気合が入ってたな。お前の檄が聞こえてきたぞ」
「そりゃまあ……来週勝てばベスト4だからな……」
「てことは後二つ勝てば甲子園ですね!」
真冬が目を輝かす。
「凄いじゃないですか!もう少しで夢が叶いますね!」
「ゆ……夢?」
三春は、動揺を隠しきれないまま聞き返す。
「小学校の頃、言ってたじゃないですか!目指せ!甲子園って!教壇の上に登って高らかと宣言してカッコつけジャンプして足挫いてたじゃないですか」
想定外の黒歴史暴露に三春の日に焼けた顔が真っ赤になる。
「その後、先生に怒られながら保健室直行しましたね。私も心配で追いかけちゃいました」
「おーっやらかしてるな。まあその当たりくらいから漫画の主人公と自分が違うって気づくんだよな」
「50年くらいの修行じゃエネルギー波を撃てないって気づくみたいな?ナツ君も?」
「……俺の場合は……」
「ちょっといいか……」
我慢しきれなかった三春が声を絞りだす。
「この状況はなんだ!?」
三春は、ギロリッと2人を見下ろす。
しかし、2人は三春の言葉の意味が分からず首を傾げる。
「お前ら……いつからそんな関係になった?」
「そんな?」
「関係?」
2人は、同時に首を傾げる。
そのあまりにぴったりなユニゾンに三春は腹が立つ。
「だから……お前らいつから付き合い始めたんだ!」
三春の苛立ちの声がクラス中に響き渡る。
それはクラスの誰もが知りたがりながらも口に出来ないことだった。
学校中から忌み嫌われ、恐れられる氷結病患者と学校中から慕われ憧れる聖女様。
まったく相反する2人から繰り出されるトークと醸し出される雰囲気は間違いなくカップルの甘い雰囲気のソレだった。
しかし、当の2人は?
「はっ?」
ナツは、不快げに顔を歪める。
「何言ってんです?三春?」
真冬も軽蔑するような目で三春を見る。
その2人の態度に何故か三春は気圧される。
「えっ?じゃあなに?2人で何してんの?」
「何してるのって……」
「そりゃあ……」
ナツと真冬はお互いの顔を見合わせる。
「ナツ君に見て気づいてもらってます」
「真冬をちゃんと見て気づいてます」
ナツが言うと真冬は嬉しそうに口元を綻ばせる。
「ちゃんと……ですか?」
「いつもの方が嬉しかったか?副詞は難しいな」
ナツは、苦笑する。
再び漂い始めた甘い雰囲気に三春は頬を引き攣らせ、同級生達は唖然、呆然を繰り返す。
「いや、だからお前らなんなん……」
しかし、三春の質問は予冷によって掻き消される。
真冬は、立ち上がって自分の椅子を持つ。
「じゃあナツ君また後で」
真冬は、嬉しそうに手を振る。
「おうっ」
ナツは、申し訳程度に小さく手を振る。
「三春もね」
「あ……ああっ」
三春は、無意識に手を振り返す。
真冬は、満足そうに同級生達の間を抜けて席に戻る。
同級生達は、何か言いたそうに真冬を見るが言葉も心も整理出来ずただ見ているだけだった。
ナツは、机の中から授業で使う教科書を出して準備する。
「おいっナツ……」
「なんだ?授業始まるぞ?」
「いや、そんなんだけど……」
「心配しなくても本当にお前が思うような関係じゃない。見て気づいてるだけだ」
「だから、それがなんなん……?」
「だから、お前も見て気づいてやれ」
血色の瞳が三春をじっと見る。
「あいつもそれを望んでいるから」
三春の目が大きく震え、席に戻った真冬を見る。
「さっきのあいつ……真冬だった」
「さっきも何も真冬だ」
三春の言葉にナツは眉を顰める。
「そう言う意味じゃなくて……」
三春は、茶色の髪を掻く。
「さっきのあいつ……聖女様じゃない……俺の知ってる真冬だった」
三春の言葉に血色の瞳が固まり……柔らかく揺れる。
「そうか……」
言わなくても気づいてたか。
ナツの唇が優しく緩んだ。




