それは聖女様の悲しい誕生秘話(1)
不凍液の混ざったシャワーが白く染まった真冬の身体を強かに打ち付ける。
冷水の触れた箇所から白い霜が音を立てて砕け、髪が、肌が、服が露わになり、ナツの腰に回っていた両腕がぬるんっと外れて浴場の床にペタンっとお尻を落とす。
「う……あ……ゲホッゲホッ!」
目が覚めた瞬間、急激に動き出した内臓と肺の中に入り込んできた空気の衝撃に真冬は大きく咳き込む。
「目ぇ覚めたか……」
シャワーのノズルを持ったままナツは、空気が抜けるように呟き、浴槽の縁に力無く座る。
「ゲホッ……ナツ君……?」
真冬は、濡れた髪の隙間からナツを見上げる。
ナツは、何故か真冬から顔を背けている。
真冬は、意味が分からず首を傾げる。
「お前……自分が何してるか分かってんのか?」
ナツは、顔を背けたまま言う。
その声からは怒りが滲み出ていた。
「氷結病患者には触れるな、近寄るな、そんなの子どもでも知ってることを何でやった!」
真冬は、ビクッと肩を揺らしながら自分に何が起きて、何でナツが怒っているのかを理解する。
「薄いとはいえ不凍繊維の服の上だったから表面だけ凍てつくで済んだんだぞ!普通に肌に触れたら骨の随まで凍ってたんだぞ!分かってるのか!」
付け足すなら短時間だったから薄い不凍繊維の服でも表面だけ凍るで済んでいた。あと、もう少し長ければそれこそナツの言う通り骨の髄まで凍って砕けていたかもしれない。
「ごめんなさい……」
ナツに怒られ、真冬は肩を小さく縮めて謝る。
「あのままだとナツ君がお父様を殴っちゃいそうだったから……」
「父親が殴られるのが嫌だったのか?」
ナツの言葉に真冬は首を殴る。
「ナツ君を傷つけたくなかったから」
「俺が……傷つく?」
「ナツ君は、優しいから。どんな理由でも私の親を殴ったら傷いちゃう。だから……」
「……」
ナツは、何も言わずにノズルを捻ってシャワーを止め、給湯器を操作する。
「出血してるとことか痛いところはないか?」
「ない……です」
「凍傷や欠けてるところは?」
「多分……ないです」
真冬は、身体を動かして言われた通りに身体を調べる。
「そうか……」
ナツは、シャワーを定位置に戻して顔を背けたまま縁から立ち上がる。
真冬もそれに続いて立ちあがろうとする、と。
「その格好で出る気か?」
ナツの指摘にようやく真冬は自分がずぶ濡れで、しかも衣服が張り付いて身体の線と下着が見れていることに気づく。
そしてナツが顔を背けていた理由にも……。
真冬は、顔を真っ赤にして悲鳴を上げ、大切な部分を両手と両足を閉じて隠した。
「普通のお湯に切り替えたから浴びてから出てこい」
ナツは、真冬を見ないようにしなしながらドアを開ける。
「着替えは俺のだけど用意しとく。タオルも好きに使ってくれ」
「あ……ありがとうございます」
「ゆっくり温まれよ」
そう言ってナツは浴場を出た。
真冬は、何も言えず浴場のドアを見た。
新しいシャツとスウェットの上に厚手のパーカーを羽織ったナツは居間の2人掛けのソファーにだらしなく座り、足をイーゼル代わりにしてタブレットを乗っけてデジタルペンを走らせながら不凍液を啜っていた。
そこにタオルで長い髪をターバンのように纏め、ナツが用意したシャツとスウェットを着た真冬が入ってくる。
ナツの身体にちょうど収まるサイズのシャツとスウェットは真冬には大きいらしく、シャツはそれこそスウェットの上着のようにダボっとしており、下のスウェットはウエストが緩いらしく左手で落ちないように掴んでいる。
「シャワーありがとうございました」
真冬は、襟元を押さえて小さく頭を下げる。いつもよりぎこちなく感じるのは服が大きくて胸元が見えないよう気をつけているのと、やはり先ほどのことがあったからだろう。
「お湯ちゃんと出たか?普段使わないからちゃんと出るか心配だったんだけど」
「大丈夫です。いいお湯でした」
真冬は、小さく笑う。
「座るか?」
ナツは、不凍液を口に咥え、空になった手で自分の横をポンポン叩く。
「……はいっ」
真冬は、小さく頷くとスウェットを引き摺りながらソファーに近寄り、ナツの隣に座る。
「そこにあるの良かったら飲んでくれ」
ナツは、デジタルペンでテーブルを差す。
参考書やノートの置かれたテーブルの上に水滴のついたスポドリが置かれている。
「買ってきてくれたんですか?」
普通の飲み物を飲めないナツの冷蔵庫に置いてあるはずがない。きっと真冬がシャワーを浴びてる間に用意してくれたのだ。
「近くの自販機でな。買ったことなかったから少し手間取った。お気に召さなかったら別の買ってくるぞ。何がいい?素晴らしき聖なる水か?それとも素晴らしき神の水か?」
「それってただの水か致死性の猛毒のどちらか選べってことですよね?dead or aliveってことですよね?しかも潜在能力の全てを引き出すと言いながらちょっとしか強くなれないヤツですよね?」
「それは作品のインフレだから仕方ない。想像力という戦闘力は無限だからな」
「なんか凄い名言風に言ってる……」
「で、どうする?素晴らしき聖なる水にする?素晴らしき神の水にする?」
「スポドリ一択で」
「地球人確定」
「地球人ですから。尻尾ありませんから」
真昼は、真面目な顔をして右手で尻尾を振る真似をする。
その仕草が可愛らしすぎてナツは思わず頬を緩めそうになる。
真冬は、プウッと頬を膨らまながらもその表情は少しだけ柔らかくなっていた。
その後、真冬はスポドリをゆっくりと飲みながら天井を見上げ、ナツはだらしなくソファーに寄りかかって太腿のイーゼルに置いたタブレットにデジタルペンを走らせた。
「聞きたい……ですよね?」
スポドリを半分ほど飲んでから真冬は唐突に話し出す。
「別に」
ナツは、ぶっきらぼうに答え、デジタルペンを走らせる。鉛筆じゃないのに鉛筆のように動かしてしまうのはもう癖に近い。
真冬は、ぷうっと頬を膨らませる。
「私に興味がない、と?」
「そうじゃない。ああっくそ線が歪んだ」
ナツは、鼻に皺を寄せて歪んだ線を消していく。
「理由も事情も分からんけど何となくお前の置かれた現状は理解した」
「それってあらすじもストーリーも知らないのに流行りに便乗しようとするにわかと一緒じゃないですか?」
「そうだな。何せ俺は星上真冬と言う人間の表面しか知らないから。聖女様と呼んで敬ってるクラスメイト達となんら変わらない」
「そんなこと……」
「あるんだよ」
ナツは、今度こそ歪めまいとゆっくりと線を引き直していく。
「だから俺はお前の話しを聞いても何も出来ない。何もしてやれない。その場限りの怒りに心を狂わせて殴りかかろうとする矮小な人間。しかも世界から嫌われ恐れられる氷結病患者。俺に出来ることなんて何もない。だから……」
線を引き終える。
綺麗な曲線が三日月のように笑う。
「お前が判断しろ。気まずいからじゃなく俺がお前の話しを聞くに値する人間か否かを。値しないならスポドリ飲んで、洗濯物を持って部屋に帰ればいい。もし値するなら……」
ナツは、デジタルペンをソファーに置き、血色の瞳を優しく真冬に向ける。
「幾らでも聞く。一晩でもニ晩でも。聞くことしか出来ないし、何もしてやれないけどお前の気の済むまで聞く。そんでお前が落ち着くまで、整理が出来るまで一緒にいてやる」
真冬の目が大きく震える。
胸元を握りしめ、何かを堪えるようにキュッと下唇を噛む。
ナツは、何も言わずにただじっと真冬を見た。
「……て下さい」
唇が震えながら言葉を紡ぐ。
「私の話し……聞いて下さい」
血色の瞳が小さく揺れる。
ナツの唇が柔らかく綻ぶ。
「ああっ聞かせてくれ。真冬の話しを」




