聖女様の嘆き(1)
「今日もお疲れ様でした」
真冬は、深々と頭を下げる。
「おうっお疲れ様」
ナツは、唇を吊り上げ言う。
夕食を終えて黒猫の雅の帰らないでアピールに後ろ髪を引かれながら猫カフェ"Ca-Syuu"を後にする。
同じマンションに住んでる2人は当然、帰路も同じで生活基盤も重なっているので途中で寄り道して必要な物を購入しながら帰宅する。
「荷物を持って下さってありがとうございます」
「おうっ。気にするな」
ナツは、そう言って自分の部屋と真冬の部屋の区切りに荷物を置く。
パンパンに膨らんだエコバッグの中身はシャンプーやコンディショナー、洗濯洗剤と言った日用品に卵や牛乳、パンと言った食料品、その横には大きな紙袋も置かれた。
「手渡ししてくれて良かったのに。こう見えて力ありますよ?」
真冬は、不満そうに自分の細腕を見せる。
「それはお仕事振りから存じておりますよ」
ナツは、悪戯っぽく笑う。
「でも、俺と触れ合うのは嫌だろ?」
「もうっ」
真冬は、むっと頬を膨らませて荷物を持ち上げる。
「触れるのが嫌なら最初から持ってもらいません。そんなに信用ないですか?私?」
「……すまんっ」
ナツは、気まずくなって謝る。
真冬は、"仕方のない人"とでも言うように苦笑する。
「それにしても見事に生活必需品ばかりだな」
「お給料いただけたので思わず買い過ぎちゃいました」
真冬は、はにかんで小さく舌を出す。
その仕草を可愛いとナツは思ったがまた彼女が恥ずかしがるので口には出さなかった。
「でも、あんなにお給料頂いちゃっていいんですかね?」
通帳に振り込まれた金額を見た時、思わず心臓と息が同時に止まったのを思い出す。
「それにこんなものまで……」
真冬は、紙袋に目をなる。
紙袋の中にあるのは衣類。
アキが真冬くらいの年の時に着ていた物らしい。
真冬は、非常に恐縮して受け取るのを拒否したがアキに強引に押され、試着までさせられた。胸の辺りが少しきつそうであったが時代遅れを感じさせず、とても似合っていており、結局もらうことになった。
「週5日に加えて臨時で出たりすりゃ妥当だろ。それに氷結病患者手当も上乗せされてるし……」
氷結病患者手当と言う彼の言葉に真冬はどう反応したらいいか分からず口を紡ぐしか出来なかった。
「衣類もそうだ。真冬への感謝の露われなんだ。ありがたく受け取ってやってくれ」
ナツは、そう言って口元を綻ばせる。
真冬は、眉を顰め視線を下に向ける。
ナツは、真冬の反応の意味が分からず顔を顰める。
「ナツ君は……店長さんのこと凄く良く分かってるんですね?」
「?まあ、そりゃ付き合い長いし……」
「付き合い……」
真冬は、愁眉を顰めて呟く。
「ナツ君は……店長さんこと好き……なんですか?」
「えっ?」
真冬の唐突に発せられた言葉にナツは絶句する。
真冬は、オズオズと視線を上げる。
大きな目が小さく震えている。
「なんで……そんなこと?」
「だってお二人……凄く仲良いし。歳の差も感じさせないし、お互いのことを分かって……」
「やめろ」
ピンっと張った強い言葉が真冬を打ち付ける。
真冬は、ビクッと身体を震わせる。
「冗談でもそう言うことは言うな。店長に迷惑だ」
ナツの血色の瞳に小さな怒りが揺れる。
ナツが怒る姿は何度か見たことがある。しかし、この怒りはそれまでのものとは明らかに違う種類の怒り。
大切なもの守ろうとする怒りだ。
真冬は、ぎゅっとシャツの裾を握る。
「わりい」
ナツは、怒りを抜くように空気を吐き出して口元を緩める。
「今朝、三春の奴にも同じようなことで揶揄われてな。またか……と思ってつい苛立っちまった」
「聞こえてました」
「やっぱりな」
ナツは、雪色の髪を掻く。
そりゃあんだけ大きな声で話してれば聞こえるに決まってる。
特に好きな奴が発した言葉なら尚更……。
「あいつが言ってるのは全部妄想だからな。策士ぶってるけど全部根拠のない邪推だから」
「分かってます。昔からちょっと先走ったところがあるので」
「どんな?」
「そうですね。三春が嬉しそうに給食のカレーをおかわりしてるのを微笑ましく見てたら、私がおかわりしたがってると思ったみたいで勝手に私のお皿に山盛りカレーをよそって先生に怒られたり……」
「わあ、やりそう」
「三春のことが好きな子がいてずっと秋波を送っていたのに違う友達に送ってると勘違いしてその子と友達をくっつけようと画策して逆に泣かせちゃったり……」
「成長してねえなあ。あいつ」
ナツは、天井を仰いで額に手を置く。
「そんなんだから真冬の気持ちにも気づかないんだろうな」
「えっ?」
真冬は、目を丸くする。
「あいつが他校の女子に告白されたってのも聞こえてたんだろ?」
「はいっ。でも、断ったんですよね?」
「断ったし、デートは嘘だったけど告白されたのは本当みたいだ」
「三春、更にカッコよくなったから。モテて当然と思いますよ」
真冬は、そう言って小さく笑う。
「笑ってる場合じゃないだろ?」
ナツは、呆れて肩を竦める。
「まだ、三春と話す勇気出ないか?」
真冬の目が大きく震える。
「モタモタしてると本当に誰かに取られちまうぞ?」
ナツは、温かい目で真冬の肩を叩く真似をする。
「俺のことなんて気にしてないで自分のことを考えな。生活水準も上がって可愛い服ももらったんだ。それを着れば誰も見窄らしいなんて思わない。あとは真冬が一歩踏み出せば……」
ナツは、それ以上言葉に出すことが出来なかった。
真冬の目が見たこともような強い感情をナツにぶつけてきたから。
この感情なんだ?
怒り?
恨み?
それとも……。
「先に失言したのは私ですけど……」
真冬は、足を踏み出す。
ナツは、思わず後退さる。
「ナツ君にそんなこと言われたくありません」
真冬は、区切りに置かれた荷物を拾い上げる。
「荷物……ありがとうございました」
出会った時のような冷たい、拗ねたような声で言うと鍵を回して玄関を開ける。
「また明日」
「ああっまた明日」
真冬は、こちらを見ることなく家の中に入り、静かに玄関を閉める。
ガチャリッと無機質な音を立てて鍵が掛かる。
ナツは、真冬の入っていた扉を見て雪色の髪を掻く。
「地雷踏んだかな?」
アキが呆れてアーモンド型の目をジトッと細める姿が浮かび、はあっとため息を吐く。
「明日、謝ろう」
そう言ってナツも玄関の鍵を開けて中に入る。
エレベーターが動く。
静かに一階まで降りると、再び上昇し、ナツと真冬の階で止まる。
エレベーターの扉が開く。
LEDに切り替わってないライトに照らされた影がじっと真冬の部屋の玄関を見つめた。




