氷結病患者は誰をか慕ふ
真冬が猫カフェ"Ca-Syuu"でバイトを始めて1ヶ月が経過した。
季節はもう夏を迎える。
相変わらず学校での接点はない。
真冬は、"聖女様"として同級生達に囲まれ、清楚でお淑やかな優等生としてクラスの、学校の注目を集めている。
一方のナツは、遠ざけられた窓側の席でスマホを眺めながら三春のうざ絡みに応じている。
「聞いてくれよぉナッツゥ!」
「人を散々イキって読者に絶望を与えた割にはあっさりと退場した禿げた宇宙人みたいに呼ぶな」
「誰だよそいつぅ!逆に分かりづらくて伝わんねえょおおおぉ!」
「別に分からなくていい。ただ2度とファンを名乗るなと言うだけだ」
「なんか凄え子どもの頃の俺が傷ついてる気がするぅ!」
「で……何を聞いて欲しいんだ?」
凄まじく血色の瞳を冷まして言う。
「えっと……先週の日曜から予選大会が始まったって話ししたっけ?」
「ああっそういえばそんなこと言ってたな。勝てたのか?」
「そりゃもう圧勝で!」
三春は、嬉々としてバットを振る真似をする。
「お前にも見にきて欲しかったんだけどな」
「日曜もバイトだ。それに俺が行ったら試合どころじゃなくなる」
ナツが言うと三春は少し悲しげな顔をした。
ナツは、気付かぬフリして話しを続ける。
「で……そのことを伝えたかったのか?」
「それもあるんだけどさ。その試合が終わって帰ろうとした時に試合相手の野球部のマネージャーがこっち来てな」
「恨み言でも言われたのか?」
「違う。告白された」
「はっ?」
ナツは、盛大に眉を顰めて三春を睨む。
同級生達の視線も一斉に三春に集中する。
その中には真冬の視線もあった。
「えっ?なんで怒ってるの?」
想像しなかったナツの態度と怒りに三春はたじろぐ。
「怒ってはいない」
そう怒ってない。
怒ってはいないが……。
「今じゃないだろ?」
「今じゃない?」
三春は、意味が分からず混乱する。
「え……っとほら……周りが聞いてるだろ?」
ナツは、態とらしく視線を周囲に送る。
「普段、視線なんて気にしない奴が何を言ってるんだか」
三春は、呆れた顔をして肩を竦める。
「それに告白されただけだ。付き合ってない」
「……そうか」
ナツは、ほっと胸を撫でおろしながら、よくよく考えると告白されただけって言うのもなんか変じゃないか?
「お前……よく告白されるのか?」
ナツは、恐る恐る訊く。
「うんっ」
三春は、笑顔で即答する。
ナツは、汗をかかないのに背中がビチョッと濡れる気がした。
真冬の視線が更に強まった……気がした。
「ど……どのくらい?」
「どのくらいって?」
「いや……なんて言うか頻度?」
「頻度?」
三春は、眉を顰める。
「週に何回くらい告白されるんだ?」
自分で質問してから馬鹿っと思った。
ラブコメでもあるまいしそんな告白をされる訳……。
「先週は3回くらいかな?」
三春は、指を折りながらなんてことない風に言った。
ナツの白い肌が青くなる。
男子生徒達の殺意が凶器の雨となって突き刺さるが三春はまったく気付いてない。
「野球バカな好青年が裏で女を取っ替え引っ換えするジゴロだった件」
「なんだその同人誌にもなさそうな売れなそうタイトル」
三春は、ジト目でナツを睨む。
「なんでそんな突っかかってくるんだよ?」
「突っかかってはない。別にお前が女にモテようがどうでもいい」
「じゃあ、なんで?」
「それは……その……」
ナツは、スマホを弄りながらチラリっと真冬を見る。
真冬は、変わらずじぃーっとこちらを見ている。
不思議に思った同級生達が真冬に声をかけるがまるで聞いてない。
おい、怪しまれるぞっと心の中で叫ぶが聞こえているはずがない。
「このクラスにもお前のことを好いてる奴がいるかもしれないだろ?勇気を持てなくて告白できない奴とか」
「そんなの気にしてたら何の話しも出来ねえじゃねえか」
「でもなぁ」
「それよりさ」
三春は、話しを変えんとばかりに指先で机を叩く。
「その子とデートすることになった」
ナツは、顎が外れそうになった。
男子生徒達の視線に殺意が籠る。
女子生徒達も顔を真っ赤にして騒めく。
真冬の目が白黒に点滅する。
「な……なんで?」
ナツは、思わず声を吃らせる。
「付き合ってないんだろ?」
「ああっ付き合ってないし、断ったんだけど……」
三春は、ふうっと息を吐いて頬杖を付く。
「だったら思い出作りをして欲しいって言われてな」
「思い出作り?」
「実はな。その子、親の都合で海外に行くらしいんだ」
「海外?」
ナツは、眉を顰める。
「しばらくは日本に戻ることはない。だから思い出作りにデートをして欲しいって言われた」
「ベタすぎんだろ」
海外に行く前の思い出作りってどこの動画配信だよって胸中で突っ込む。
「まあ、おれもベタだと思ったし、断ろうと思ったんだけど……」
三春は、両腕で頭を組んでくいっと首をそらして下目でナツを見る。
「彼女が行きたいって場所に興味があって……」
悪い予感が働く。
「とある猫カフェでイラストを描いてもらいたいって言うんだよ。二人と可愛い猫に挟まれた……な」
「却下だ」
ナツは、即座に叩き斬る。
「うちの店は猫と戯れて癒し癒される場所だ。人間同士が戯れる場所じゃない」
「いや、知ってるけどさぁ」
三春は、唇を尖らす。
「思い出作りだぜ。日本最後の。叶えてやろうぜ」
「断ろうかと思ったっていってたろ」
ナツは、半目で睨む。
「行きたいなら他の猫カフェにしろ。もしイラストが欲しいって言うなら後で写真でも送ってくれたら描いてやる」
「なんでそんなに嫌がるんだよ……」
三春は、疑わしげに目を萎める。
「なんか見られちゃまずいものでもあるのか?」
「それは……」
ナツは、唇をモゴモゴさせる。
まさか真冬がうちで内緒で働いていて、しかも三春に惚れてるから他の女とイチャイチャしてるところなんて見せられないからなんて言えない。
「あっ分かった」
三春は、ポンっと握った右手を左の手の平に乗せる。
ナツの心臓がドキンっと響く。
「大好きな店長を見せたくないんだろ?」
三春の言葉にナツの表情が固まる。
真冬が大きな目がこれでもかと見開く。
「図星かぁ」
三春は、悪戯が成功した子どものようにニヤッと笑う。
その顔を見てナツは嵌められたことに気付く。
「お前……これが狙いか?」
ナツの唇が苛立ちに歪む。
「3番サードは戦況を見て動かないといけないからな」
三春は、常勝無敗の策士のようににいっと唇の端を吊り上げる。
「告白されたのとかデートと嘘か?」
「告白されたのは本当。猫カフェに行きたいのも本当」
「でもデートは嘘」
「振られた相手と思い出作りなんてしたい訳ないだろ?それこそラブコメだ」
三春は、おどけるように肩を竦める。
ナツは、怒りに唇を歪める。
「最近、なーんか隠し事してるっぽいから何だろうって思ってたら……やっぱ店長さん絡みだったか」
「ちげえよ」
「じゃあ、なんなんだ?言ってみ?」
「それは……」
ナツは、口籠る。
三春の推測は的外れもいいとこだ。
確かにアキとの関係については常に悩んでる。
しかし、それは三春が考えているような半可なものではない。それに隠していることもまったく違う。
しかし、それを答えるなんてことが出来るはずもなく、推し黙るしか無かった。
「沈黙は金。正解ってことだな」
三春は、小さく笑う。
ナツは、血色の瞳でギロッと三春を睨む。
「ごめんっ。本当に悪かった」
三春は、パンッと手を合わせて謝る。
「でもさ……俺、お前に幸せになって欲しいんだよ」
「はっ?」
ナツは、眉を顰める。
「現在、めっさ不幸中なんだけど?」
「だから、それは悪かったって」
三春は、合わせた手を拝むようにスリスリする。
「お前さ。どこか世の中を擦れた感じで見てんじゃん」
三春は、悲しげに笑う。
「自分のことも他人のことも少し離れたところに置いて俯瞰して見るみたいな……」
「そんなこと……」
「あっ俺のことは違うぜ。俺のことはちゃんと身近で見てくれてるみたいだから」
「当たり前だろ」
ナツが言うと三春は嬉しく笑う。
「そんなお前が俺以外に執着するってどんな人だろうなって思うし、上手くいって欲しいって思うのは当然じゃね?」
「三春……」
「だからよ。頑張れよ」
三春は、ポンっとナツの肩を叩く真似をする。
「それまでは心惜しいけど会いに行くのは我慢するわ。色々落ち着いたら教えてくれ。お前の胸の内もな」
そう言って三春は笑う。
こいつの言ってることは本当に的外れだ。
的外れ過ぎて笑えてさえくる。
でも……俺を想う気持ちは本物だ。
「分かった」
ナツがぶっきらぼうに答えると三春は嬉しそうに笑った。
「ただ……お前ももう少し俺以外に視野を広げろよ」
「視野なら広いぞ。サードってのは……」
「そうじゃなくてな」
ナツは、三春の言葉を遮る。
三春は、なんだよと言わんばかりに不満げに顔を歪める。
「もっとお前と関わりたがってる奴がいるはずだからそっちにも目を向けて……幸せにしてやれ」
「……誰のこと?」
三春は、ナツの言ってる意味が分からずキョトンっとする。
「自分で考えろ」
ナツは、それ以上答える気になれずスマホに目を戻す。
三春は、よく分からず肩を竦める。
そんな二人を真冬じいーっと見ていた。
テーブルの真ん中に置かれた土鍋の蓋を開けると白い湯気と共に醤油と出汁の混じり合った香ばしい香りが花開いた。
そのあまりにも暴力的で刺激的な香りと滑らかな湯気にナツとナツの肩に寝そべっていた雅も同じように目を丸くする。
土鍋の中から現れたのは煙水晶のように輝く醤油色の米に丁寧に刻まれた鶏肉としめじと一緒に炊かれた炊き込みご飯だ。
「上場企業」
アキは、土鍋の蓋を持ったまま嬉しそうにアーモンド型の目を細める。
「上手く炊けた」
「店長、上場企業ってなんすか?」
「上手くいって気分上々と言う意味」
「いや、だったら普通にそう言いましょうよ」
ナツは、血色の仁美を半目にする。
雅も呆れたようにアキを見る。
「普通と概念は何を基準にするかによるわ。これが私の普通なの」
何故か勝ち誇ったように笑う。
ナツは、肩を竦める。
「それじゃあお茶碗ちょーだい」
そう言ってアキは、席に座っていた真冬に手を伸ばす。
「あ……ありがとうございます」
「量は大盛りでいい?」
「……いえ普通盛りで……」
「大盛りね?」
「……はいっ」
真冬は、頬を赤く染めて頷く。
猫カフェ"Ca-Syuu"での仕事終わり、ナツ、真冬、アキ、そして黒猫の雅はいつものように夕食を共にしていた。
元々、料理好き(和食限定)のアキは真冬が一緒に食べるようになってから献立を考えたり、作るのをとても楽しみにしているようで閉店の30分前になると二人に店を任せて夕飯の準備に居住スペースに行くようになった。
今日のメニューは鳥とキノコの炊き込みご飯、ワカメとじゃが芋の味噌汁、鯵の南蛮漬け、鳥の照り焼き、だし巻き卵、茄子の煮浸し、冷や奴、胡瓜の浅漬け、そしてデザートに初物の西瓜が付いている。
「今日は随分と豪華ですね」
ナツは、目の前の料理に圧倒されながら唸る。
いつも豪華なのだが今日は更に豪華だ。
それに気合いの入り方もどこか違う気がする。
「今日は真冬ちゃんがうちで働き出してちょうど1か月だからね」
某アニメでしか見たことないような山盛りの炊き込みご飯がどんっと真冬の前に置かれる。
「盛大に祝わないと」
「あ……ありがとうございます」
目の前に置かれたご飯に圧倒されたのとお祝いという言葉に真冬は恐縮して肩を縮める。
「でも、本当に1か月も働いてくれるなんて思わなかったわ」
アキは、自分の分の炊き込みご飯を小さな茶碗に小さくよそい、向かいの席に座る。
「本当に驚いた」
「そんな大したこと……」
「大したことだよ」
ナツは、静かにアキの隣に座る。
何事もないかのようにアキの隣に座ったナツに真冬は目を瞠る。
「俺が働いてる。それだけで漆黒を超えた暗黒企業なのに1か月も働くなんて天文学的確率だよ」
「なんか人を宇宙人が侵略してきた時にたまたま近くにいた農民みたいに……」
真冬は、不満そうに唇に指を当てる。
「ライフル持って戦闘力5ってか?」
「それだと私は出オチで殺されることになります」
「出オチってことないだろ?マニアの間じゃコラとして使われてるぜ」
「世間一般的には出オチです」
真冬は、むうっと頬を膨らませる。
それを見てアキはくすりっと笑う。
「仲がいいなあ二人とも」
アーモンド型の目を細めてナツを見る。
「妬いてしまうな」
「なんでですか?」
ナツは、血色の瞳でジト目を作る。
「何でだと思う?」
アキは、クスクス笑いながら上目遣いにナツを見る。
「子どもを揶揄わないでください」
「子どもは大人に揶揄われるくらいが魅力的なんだぞ」
そう言ってアキは、唇を三日月に釣り上げる。
そんな二人のやり取りを真冬は頬を赤らめ絶句する。
そんな真冬に気づいてアキは悪戯っぽく笑う。
「ごめんなさい。真冬ちゃんのお祝いなのにイチャイチャしちゃって」
「イチャイチャしてません」
ナツは、不快げに眉を顰めてアキを睨む。
雅もナツの真似するように目をきつく細める。
「……イチャイチャしてるじゃないですか」
真冬は、二人に聞こえないくい小さな声で呟き、唇に触れる。
「さっご飯が冷める前に食べよう」
「はっはい」
「ナツもたまには一緒に食べたらどう?」
不凍液の蓋を開けて口を含もうとするナツに声をかける。
「栄養はこれで十分足りてます。それに普通の食い物なんて自殺行為です。知ってますよね?」
「不凍液をかければいいでしょ?それをかければ大抵は食べれるはず」
「不凍液をかければ食べれるのですか?」
真冬は、衝撃の事実に目を丸くする。
「ええっ最近の不凍液は改良されていてね。あんかけのようにかけたり仕込みの時に混ぜれば食べれるらしいんだけど……」
アキは、アーモンド型の目をナツに向ける。
「まずくなるから嫌です」
ナツは、ぶっきらぼうに答えて不凍液の蓋をわざとらしくチューチューと音を立てて啜る。
アキがまったくと肩を竦める。
真冬は、じっとアキを見る、
「さっ真冬ちゃんは遠慮せずに食べて。おかわりいっぱいあるから」
「……はいっ」
真冬は、小さく呟き、「いただきます」と炊き込みご飯を口に運んだ。




