聖女様は怒る(2)
"知ってる?あの氷結病患者。自分の姉を氷漬けにしたんだよ"
真冬は、唇を小さく噛む。
「そ……そんなのただの噂です。彼がそんなこと……」
「事実だよ」
タックローは、自撮り棒についたスマホを見て「20XX年 〇〇池 氷結病患者」と声をかける。
音声をでAIが起動し、画面に新聞の切り抜きのような画像が浮かぶ。
「ご覧」
タックローは、剣の切先を突きつけるようにスマホの画面を真冬に見せる。
画面に表示された記事は小さく細かい字が読めない。
しかし、見出しには"氷結病患者の少年(5)が実の姉を池に沈めて凍らせて殺害!?"と大きく書かれていた。
少年。
姉。
氷漬け。
心臓が千切れるような痛みが襲ってくる。
「ね?」
タックローは、してやったりと言わんばかりにいやらしく笑う。
「酷い奴でしょ?」
真冬は、目を下にして俯く。
「だからさ。そんな犯罪者庇うことないって。一緒に断罪しようよ。同僚の君も一緒に言ってくれれば彼も……」
「……じない」
真冬の唇が揺れる。
「そんなの……信じない」
「信じないって……実際にか……」
「それでも私は信じない!」
真冬の強く荒げた声が響き渡る。
「私は……私の見てきたナツ君を信じます!」
真冬の目がタックローを鋭く射抜く。
「この……ガキ……」
タックローは、声を身体を羞恥に震わせる。
「調子に乗ってんじゃねえぞ!」
醜く声を荒げ、真冬に迫ろうとする、と。
シャァァァァッ!
シュウウウウウっッ!
フギュゥァァァァァッ!
スタッフ達が真冬の前に集結し、毛を逆立て、目を迸らせ、口歪めて唸り声を上げて威嚇する。
真冬は、足元に現れ、自分を守ろうとするスタッフ達に驚く。
タックローは、怒り、威嚇してくるスタッフ達に一瞬怯むが、再び怒りに目を震わせて彼らを睨む。
「邪魔するな!クソ畜生共!」
汚らしく叫び、自撮り棒をスタッフ達に向けて振り下ろす。
真冬は、息を飲む。
スタッフ達は素早く散って逃げる。
自撮り棒が畳に叩きつけられ、スマホの画面が割れる。
タックローは、割れたスマホの画面を見て怒りに震え、真冬を睨む。
「お前のせいだ」
タックローは、奥歯を噛み締め真冬に迫る。
真冬は、目を震わせ後退る。
「お前のせいだぁ!」
タックローは、自撮り棒を振り上げ、真冬に振り下ろす。
真冬は、反射的に目を閉じる。
温度が下がる。
空気が凍る。
自撮り棒が止まる。
白く冷たい煙の吹き上がる剥き出しの手に握り締められ、霜が黴のように侵食していく。
「ひゃっ!」
タックローは、悲鳴を上げて自撮り棒を離す。
自撮り棒が真っ白に染まる。
「お客様様……」
低い声がタックローを打つ。
血色の瞳が怯えるタックローを映す。
真冬は、突然に現れた雪色の髪と大きな背中に驚く。
「当店のスタッフと従業員に過剰に接することはおやめ下さい」
もう片方の剥き出しの手がハンディカメラに触れる。
刹那。
黒いハンディカメラが白く変色する。
タックローは、悲鳴を上げてハンディカメラから手を離す。
白くなったハンディカメラがリンゴのように落下し、音も立てずに砕ける。
周囲から息を飲む声が聞こえる。
タックローは、劇画のように怯えた顔でナツを見る。
「これ以上、狼藉を働かれるようでしたら然るべき処置をさせて頂くことになります」
「……化け物……」
タックローは、恐怖の怒りの混じった目でナツを睨み、そして真冬と客達に目を走らせる。
「皆さん、いいんです!?こんな化け物が街中で普通に働いてるんですよ!いつ凍らせてやろうかと虎視眈々と企んでるんですよ。そんなこと許されていいんですか!許されていい訳ないですよね!」
タックローは、怯えながらも水を得たように悦に入って演説する。
みんなが自分に賛同してくれる、
そう信じて疑わない。
そんなタックローをナツは血色の瞳で乾いたように見る。
タックローは、自分の勝利を疑わずニャァと笑う。
しかし……。
「……一緒にしないで……」
誰かがか細い声で呟く。
「はっ?」
タックローの目が驚愕に震える。
それを皮切りに次々と声が上がる。
「確かに氷結病患者は怖いけど……」
「あの子が言うように……悪い人には見てないし……」
「猫ちゃん達に優しく微笑んでお世話してるの見た」
「イラスト……とっても心が籠ってる」
「彼より……貴方の方が怖い……」
次々と飛んでくる予想のしない矢の攻撃にタックローは撃ちひしがれ、よろめき、崩れ落ちそうになる。
「病気と人間性は=ではありません」
届いた静かな声にナツと真冬は目を向ける。
いつの間にか戻ってきたアキがアーモンド型の目をきつく萎めてタックローを見る。
「お客様はナツの病気ではなく彼の人として行動と心情を見て判断し、評価してくださったんです」
アキは、ゆっくりと近づく。
「貴方のような上辺だけの情報に踊らされることなく……ね」
アキは、タックローの前に立つ。
「警察に通報しました」
タックローの顔が冷気とは違う意味で凍る。
「貴方の振る舞いとスタッフ、従業員への行動は全て録画されてます。言い逃れは出来ません」
アーモンド型の目が冷たく、凶暴に光る。
「断罪されろ。この悪党」
アキの言葉が薄い刃となってタックローの胸に刺さる。
タックローは、無様な悲鳴を上げてアキをその横を抜け、出入口へと走る。
しかし、推し図ったかよのように突入してきた警察官にタックローを取り押さえる。
「この男ですか?」
「はいっ。さっさと連れて行って下さい。録画した映像は後で提出します」
アキは、丁寧に頭を下げる。
警官達は、暴れるタックローを羽交締めにし、ナツをじっと見つめながら出て行った。
ナツは、剥き出しの両手に手袋を嵌める。
空気が溶け、気温が戻る。
「お客様、この度はご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
アキは、呆然とするお客さん達に向かって深々と、ここから謝罪を込めて首を垂れる。
ナツもそれに合わせて頭を下げ、真冬も我を取り戻すように目を大きく見開いて頭を下げる。
「その上でこのようなことをお願いするのは大変心苦しいのですが、先程の件でスタッフ達も多大なストレスを感じておりますので規定時間以上の延長はご遠慮いただけますようお願い申し上げます」
アキの言葉に不満と仕方ないよなあと言う二種類の感情のこもった息が漏れる。
「その代わりと言ってはなんですが当店自慢の3Dカフェを始めドリンクとフードを一品無料でご提供させて頂きます」
歓喜の声と息が膨れ上がる。
「ナツ」
「はいっ店長」
ナツは、小さく頭を下げる。
「真冬ちゃんもバッグヤードに戻りなさい」
「……はいっ」
真冬も小さく頭を下げ、ナツと一緒にバッグヤードに戻って行った。
バッグヤードで後半組のスタッフ達に囲まれて畳の上に座る真冬の前に3Dラテを載せたトレイを置く。
真冬は、驚いた顔をしてナツの顔を見上げる。
「これは?」
「店長と俺から」
ナツは、小さく笑う。
「怖い思いをさせて悪かったな」
「いえ、そんな……」
真冬は、小さく首を横に振る。
「ごめんなさい……」
真冬は、俯いて力なく呟く。
「何を謝る?」
「だって……あの人があんな行動したのは私がうまく立ち回れなかったからで……」
「そんなことない」
ナツは、静かに真冬の隣に座る。
「お前はお客さんとスタッフ達を守ろうとしたんだろ?それにあんな場面で冷静に対処できる訳がない」
"聖女様"と呼ばれても真冬はただの16歳の高校2年生。
あんな偶発的遭遇に対応できる訳ない。
「それでも私は不用意に動くべきではなかったです。何の経験も知恵もない私が動くのではなく、聡明な店長が交渉なりで動いたほうがもっと安全に事を進めたし……」
真冬は、ナツをじっと見る。
「貴方にあんなコトをさせずにすみました」
真冬の瞳が泣きそうに揺れる。
ナツは、じっと揺れる真冬の瞳を見て、COLDと書かれた手袋に覆われた自分の手を見て……口元を緩める。
「大丈夫。映像もあるし、それに相手にダメージは与えてないし立派な正当防衛だから。こんなので捕まってたら世界中の氷結病患者が犯罪者として捕まることになる」
「そう言うことじゃなくて……」
真冬は、ナツの袖を掴もうとして……止める。
「貴方に……嫌な想いをさせたことが……私は嫌なんです」
ナツは、目を大きく見開く。
真冬は、自分で言って恥ずかしくなったのか、目を反らし誤魔化すように3Dラテを取り、いただきますと飲んで、苦さに驚く。
そんな真冬を見てナツは……。
手袋を嵌めた右手を真冬の頭の上に掲げて撫でる真似をした。
「んっ何をしてんるです?」
真冬は、キョトンっとした顔でナツを見る。
「いや……かわいいなあと思って」
「な……なななっ!」
真冬は、顔を真っ赤に燃やして声を震わせる。
「何を言ってるんですかぁ!」
「いや、本当のことだ。かわいい」
「ナチュラルな顔で言わないでくださいいいぃ!」
真冬は、居た堪れなさに3Dラテを置いてポカポカと殴る真似をする。
「……嫌な想いなんてしてない」
撫でる真似をしながらナツは優しく言う。
真冬の手がピタッと止まる。
「星上がああ言ってくれたの……本当に嬉しかった」
「だって……本当のことですもん」
真冬は、恥ずかさに顔を反らし、潤んだ瞳でナツを見る。
「ナツ君は、優しくて……とても素敵な男の子です」
「……ありがとう星上」
ナツは、優しく微笑む。
しかし、真冬は何故か不機嫌そうにナツを睨む。
ナツは、真冬の心情が読めず眉を顰める、と。
「……真冬がいいです」
「え?」
「名字じゃなくて名前がいいです」
「でも……」
「私も名前で呼んでるからいいじゃないですか。これから一緒に働くんだし。それに……名字で呼ばれるの嫌なんです」
ナツは、目を瞠る。
真冬は、目を下に向け、髪をクルクル弄る。
「……真冬」
ナツは、ボソッと呟く。
真冬は、弾かれるように顔を上げる。
「真冬」
ナツは、頬をほんのり赤らめ恥ずかしそうに血色の瞳を背ける。
「これでいいかよ?」
真冬の目が大きく開き、潤んだ大きな目が星空のように輝く。
「はいっ!」
真冬は、声を明るく輝かせて笑う。
朝の光を浴びて開く朝露に濡れた花のように綺麗な笑顔。
これが聖女様ではない本当の真冬の笑顔なんだとナツは感じ、胸がキュッと熱く締まった。
「も……もうすぐ閉店準備だな」
いつの間にか時計は19時を大分過ぎていた。
「今日は色々あったな」
「そうですね」
真冬は、苦笑する。
「バイトって大変なんですね」
「今日はまた特別だよ」
ナツは、ゆっくりと立ち上がる。
「真冬は、ゆっくり休んでろ。あとはやっとくから」
「いえ、私もやります」
真冬は、慌ててラテを飲もうとして、苦さに再び驚く。
「いいから休んでろって」
ナツは、クスクス笑いながら言う。
「もうっやるって言ったらやります!」
そう言って砂糖を3D猫アートの隙間から入れる。
そんな様子をナツは自分でも気づかず愛おしげに見て、それを見ていたスタッフ達がいい加減にしろと言うように一斉に大きく欠伸した。
こうしてバイト1日目は終了していった。




