聖女様は怒る(1)
今回は、私人逮捕系配信者かぁ。
派手な服装と印籠を見せつけるように構えて粋がる男にナツは、呆れ顔で嘆息する。
と、言うのもああいった輩が猫カフェ"Ca-Syuu"にやってくるのは初めてではない。
人こそ違うが恐らくナツが働きだしてから10回以上、年間で言ったら1ヶ月に1回のペースでやってきている。
単純な好奇心、肝試し感覚、罰ゲームによる接触、PV数を増やしたい動画配信者等々……。
非常に非常に迷惑だ。
幾ら氷結病患者が雇った店は公表しないといけないとはいえ、店に多大な迷惑が掛かると法律を作った人間達は考えなかったのだろうか。
「これだから氷結病患者の雇用率が上がらないんだろうな」
罹患者が少ないのもあるが氷結病患者の就学率、就職率が世界的に見てもこの悪法のせいに他ならないだろう。
ナツのように働いて高校に通えている方が稀有なのだ。
しかし、今はそんな解決の糸口も見えない世界的広義な問題はどうでもいい。
突然、現れた大馬鹿者への対処の方が先決だ。
ナツは、血色の瞳を店内の隅に向ける。
そこにいたアキがいない。
恐らくあの男が店に入った瞬間に奥に入り込み警察に連絡しているのだろう。
さっきも言ったがこの手の輩が店を訪れるのは初めてではない。つまりその経験から対処方法も出来ている。
警察に通報すること。
証拠となる映像、音声を残すこと。
粋って断罪だ、裁きだ、逮捕だと宣うが奴らは所詮、厨二病の重症患者。つまりはただの素人。
本物には敵わない。
警察が入ってきた瞬間、乾涸びた木菟のように縮んでしまう。
そして証拠となる映像を突きつけられ、晒す側が晒される側になった瞬間、土に還るように心が塵となって風化する。
だから、こちらとしては警察が来るまでの間、彼らを刺激しないよう対処すればいいだけ。
実に簡単な話しだ。
いつもなら……。
「君、可愛いねえ」
タックローの持ったハンディカメラのレンズが真冬の顔を覗き込む。
真冬は、青ざめた表情を引き攣らせて後ずさる。
「ひょっとしてアイドルの卵かなんか?俺と一緒に動画やらない?めっちゃ視聴数取れると思うよ」
そう言ってタックローは、いやらしく下卑た笑みを浮かべる。
「あっ安心して。これ録画だから。同意もらえない限りはモザイク修正するから。俺ちゃんと倫理観あるからさ」
へへへっとタックローは笑う。
恐らく自分では普通に、むしろ人好きのされる笑いだと思っているようだが気持ち悪いことこの上ない。
「あ……あの……お客様」
真冬は、湧いてくる嫌悪感を抑え込むように右手をぎゅっと握って声を絞り出す。
「と……当店は撮影禁止となっておりますのでカメラを納めて頂けませんか!?」
真冬の言葉にお客さんからもそうだ、そうだ、と声が上がる。
しかし……。
「あっ大丈夫、大丈夫」
タックローは、ヘラっと笑って自撮り棒を持った手を横に振る。
「言ったでしょ?許可なく顔は映さないって。畜生もここの大切な商品だろうから勝手には撮らないよ」
畜生……?
商品……?
ナツは、怒りを堪えて唇を噛み締める。
今すぐにでも厨房から飛び出してあの男を氷漬けにして店から叩き出したい衝動に駆られる。
ダメだ。
もし、俺がここから出て行ったら……。
「そんなことよりさ。早く出してよ、彼……」
タックローは、キョロキョロと視線とカメラを動かす。
「さっさと断罪しないといけないから……さ」
タックローの目が蔑むように歪む。
真冬の目が恐怖に濡れる。
やばい……。
ナツは、歯噛みする。
あいつの狙いは自分。
真冬や他のお客さん、スタッフ達に手を出すことはない……ないはずだが……。
逃げろ……星上……。
しかし、その思いは届かなかった。
恐怖に濡れた真冬の目がキッとタックローを睨む。
「畜生じゃありません」
「はっ?」
「商品じゃありません」
タックローの目が歪む。
「この子達は、立派なお店のスタッフです。お客様を気持ちを込めて接待し、癒し、心ゆくまで楽しませる最高のニャン材です」
「ニャン材!?」
タックローは、歪めた唇の端をヒクヒク震わせる。
「貴方よりも遥かに有益な存在です!」
真冬は、はっきりと、強い声で言い放つ。
タックローの目に怒りが浮かぶ。
「それに……彼の断罪する?何を断罪すると言うんですか?」
真冬の大きな目が彼を睨みつける。
「彼は、ぶっきらぼうですがとても人想いの優しい人です。自分が何を言われても気にせず、人を助ける為に動ける人です」
真冬の芯のある言葉に血色の瞳が大きく震える。
「褒められることがあっても裁かれることなんて一つもありません。彼は……とても素晴らしい人です!」
真冬の言葉が店内に響き渡る。
お客さん達は、湧き上がる恐怖も忘れて真冬を見る。
カメラを持ったタックローの手が目が大きく震える。
怒りと羞恥に顔が赤黒く染まる。
しかし……。
「へっ」
タックローの顔から赤みが消え、空気が抜けたようにヘラっと笑う。
「君は知らないから言うんだよ」
「知らない?」
真冬は、眉を顰める。
「彼ね……自分の姉を氷漬けに殺したんだ」
真冬の脳裏に坊主頭の声が蘇る。




