聖女様の初バイト(2)
控えのスタッフ達のブラッシングが終わると真冬は店内に出る。と、言ってもメインはスタッフ、店員は裏方。業務としては入店時の手洗い消毒のお願いとスタッフとの接し方、飲食の提供、会計、そしてスタッフには出来ない部分の接待だ。
真冬は、今日が初日なので来店したお客さんへの説明とナツが準備したドリンクや軽食をオーダーを中心に行ってもらうことになる。
スタッフ達への緊張具合から大丈夫かと懸念したが……。
「お待たせ致しました」
真冬は、柔らかな笑みを浮かべてトレイに乗せた猫の3Dラテを60代と思われる女性客に渡す。
「お熱いなのでお気をつけ下さい。あと、スタッフには刺激が強いものなので口につけないようご協力下さい」
「はいっご親切にありがとうね」
女性客は嬉しそうに笑う。
「貴方、アルバイト?」
「はいっ今日から入りました」
真冬は、和かに笑って言う。
「まあまあ、猫ちゃん以外にもこんな可愛い子が入るだなんて」
連れの女性が畳の上で寝転んでるサバトラの小夜のお腹を撫でながら真冬を見る。
「お店に来る楽しみが増えたわね」
「そう言っていただけて光栄です」
真冬は、丁寧にお辞儀する。
「どうぞごっくりスタッフとお過ごし下さい」
「はいっありがとう」
真冬は、和かに笑って次のお客さんのオーダーを取りに行く。
「そう言えばあいつ聖女様だった」
すっかり忘れてた、と言わんばかりに窓口のついた厨房から真冬の接待を見ていたナツは思わず舌を巻く。
品行方正。
頭脳明晰。
お淑やかで清楚、人当たりも良く、ふわりっと咲いた花のような微笑みと天使のような美しさで誰からも愛される聖女様。
そんな彼女が接客が出来ないはずはないのだ。
それに……。
「楽しそうだな」
スタッフと戯れるお客さんの間に入って穏やかに会話し、注文を聞き、笑顔を浮かべる真冬。
その柔らかで美しい笑顔は学校で浮かべる聖女様の似ているようでまったく違う嘘偽りのない心からスタッフとお客さんの触れ合いを喜び、自分自身も心からその触れ合いを楽しんでいる笑顔だ。
少し離れたところでスタッフ達に補助食を与えながら見守っていたアキも真冬の楽しそうに働く様子を見て口元を綻ばせていた。
「ナツ君!」
真冬が笑顔を輝かせて厨房に駆け寄ってくる。
「あちらのお客さんから3Dラテの注文入りました」
真冬は、視線で三毛猫の美咲と触れ合う女子高校生3人を指す。
「全員?」
「うんっ全員。あと……どうしても美咲ちゃんと一緒に映え写真撮りたいって言ってるんですど……」
「入店の時に説明してんだろ?ラテをSNSに載せるのはいいけどスタッフはダメだって」
ナツが固い表情で言う。
「俺らに人権があるようにスタッフにもニャン権があるんだからな」
「それってまたナツ君の造語?」
真冬は、ジト目で見るとナツは恥ずかしそうに首を横に向ける。
「うちのスタッフ達にも色々事情があるんだよ。その代わりイラストなら上げてもいい。L判ならアイドルのポストカードと同じ値段で買える」
「相場が分かりづらいんですけど」
「店長にそう言えって言われてるの。ご所望なら美咲と一緒に好きなポーズで写真を撮らせてもらってくれ」
そう言って業務用タブレットをカウンターに置く。
「少し立て込んでるから1週間から10日くらいと伝えてくれ」
「はいっ……でも」
真冬は、じっとナツを見る。
「大丈夫なんですか?」
「何がだ?」
「店長が言ってました。ナツ君のイラストはこの店のスタッフに並ぶ主力だって。毎日のように注文が入るって。相当な労力だと思いますけど……」
真冬が心配げにナツを見る。
「大丈夫だよ」
ナツは、柔らかい笑みと口調で真冬に言う。
「期待の新戦力が入ってくれたお陰で無事に業務改善が果たせたからな」
期待の新戦力……!
真冬の顔がぼんっと熱くなる。
「そ……そそそんな……そんなことぉ……もうっ!」
真冬は、テレMAXで窓口越しにナツをポコポコ殴る真似をする。
ナツは、微笑ましく真冬を見てエアポコポコを受ける。
来店の知らせを伝えるチャイムが鳴る。
「お客さん来たみたいだぞ」
「分かってますよ。もうっ!」
真冬は、プリっと頬を膨らませて入口へと向かう。
ナツは、苦笑して見送り3Dラテを作り始めようとする、と。
「あの……申し訳ありませんお客様!」
真冬の慌てふためく声が聞こえ、ナツは顔を上げる。
店の入口。
動揺する真冬の前に二十代くらいの全身を派手な色合いの服とアクセサリーで固めた男が立っている。
男の手には自撮り棒を付けたスマホと黒いハンディカメラが握られていた。
男は、真冬の狼狽えて静止する声を無視して告げる。
「フォロワーのみんなよっすう」
男は、軽快で下品な声を上げて自撮り棒に付いたスマホに話しかける。
「今日も始まりましたぁ!ある時はWEB小説家、ある時は土木作業員、しかぁし!その正体は世間が裁けない真の悪を己が頭脳とWi-Fiを武器に裁くジャッジメンタックロー!」
自撮り棒を握りながら変身ヒーローのようなポーズを決めてドヤ顔をする。
真冬は、困惑と動揺、そして得たいの知れないものを見るような目でジャッジメンタックローと名乗った男を見る。
お客さん達は呆然と、スタッフ達は、一瞬で怯えの混じった威嚇の声を上げ始める。
「さて……今日の断罪者はこの平和そのものの猫カフェを隠れ蓑に国の与えた権利を貪って安穏な生活を送る人間兵器……その名は……氷結病患者!」
バァンっと大声で効果音を放つタックロー。
ナツの血色の瞳が大きく見開く。
「さあ、断罪の時間だよぉ」




