第8話 嘘
誰もが注目した。
いきなり入ってきた元気のありあまってる教師に呆気に取られている。
赤い短髪。
少しキマってしまっていそうな目。
なんだかやばそうな雰囲気があるのもそうだけれど……すごい人なのは一目見てわかる。
鍛え抜かれた体。
底知れない魔力の感覚。
俺にも、そのピリピリ感を感じさせてくれるんだからこの学院の教師は怖い人ばかりなのがわかってしょうがない。
そんな俺の驚きとは他所に突如入ってきた教師は続けた。
「初めまして!!」
沈黙。
それもそうだろうよ。
どうしてそこで黙ったのか理解できない程に。
すると咳払いして。
「私の名前はヴァルト・ヴァナージ!! 気軽にヴァルト先生と呼んでもらって構わないぞ?! 趣味は鍛錬、好きなことは筋肉トレーニング!」
なんだか魔術師とは対極にありそうな……騎士か自警団の人を見ているみたいだ。
そして俺の感想も的を射ているようで。
「武器を磨き上げるのも大好きだ!! 故に私は魔術戦闘学を専門にして教えてる!! よろしくな?!!」
再びあたりまえのように静まり返る教室内。
こういう時……『静かにして?!』って先生が言う描写をどこぞの物語で読んだことがあるのだけれども……
その沈黙を不思議そうに見るヴァルト先生は首を傾げる。
すると『やれやれ……』とでもいいたげに。
「どうしたんだ?! 皆!! 元気がないぞ?! 入学初日だというのに血が滾らないのかい?!」
滾るも何もどうしていいかわからんだよ。
なるほど……じいちゃんの言っていたことが分かった気がする。
人と人とのつながりは難しそうだ。
この学院生活……一筋縄じゃいかないぞ。
「滾らないのなら……圧倒的に体力が不足している証拠だ!!」
とんでもなく頼りにならない証拠だな?!
「これからみんなで走り込むとしようじゃないか?!!! 筋肉も付けばもっと熱くなれるぞ!!」
すごい。
さっき壇上に立ってた人も。そうだけど教師ってまともな人がいないのか?
すると教室の前の扉が、またバン!! っと開いて息を切らしながら入ってくる人がいた。
「やっと……やっとぉ……あぁ、あの……?! ヴァナージ先生……速い!! 速いです。うぉぅえ……わき腹が……痛い」
「おう!! すまんエィス先生!! 俺が担当するかわいい学生に速く会いたかったものでつい!! しかし、そんなに息を切らせてどうしましたか?」
「あなたが……あなたが走るからですよぉ?! 廊下は……はぁ、はぁ……走らないで……ください」
なんだかまともなことを言う人でよかったと内心ホッとした。
しかし、ヴァルト先生は、そんなエィス先生と呼ばれている女性に対し言う。
「そうか! それはすまないことをした!! しかしエィス先生?!」
「な、なんでしょうか……?」
ヴァルト先生は『ふむ……』とエィス先生を見てから続ける。
「体力が足りませんな?!!」
「体力ぅ?」
何を言ってんだこの人って感じのエィス先生の顔は共感しか生まれない。
「はい!! 体力です!! そんなんじゃ可愛い学生の溢れ出る元気を受け止めきれないですぞ?! なあみんな?!」
沈黙はもちろん誰一人頷かない。
「ふーん。元気がないな。さっきもみんなの元気がないから走り込むとしようか?1 って話していたところです!! ちょうどいいですね!!」
これ本当に走る流れなのか?
「えぇ?! 走る?! ちょ、ちょっと皆さんなんとか言ってください! この人、本気で言ってます。冗談は言いませんからね?!」
入学式初日。
教師が教師の横暴に学生へと助けを求める図……
なんだこれ……やっぱ都会って恐ろしい場所だ。
そんなことを考えてると勇気ある一人の学生が立ち上がった。
栗色の結われた長い髪と黄色の瞳が特徴的ななんだかフワフワした感じの女の子だった。
「あ、あの!」
「お!! なんだね?! 確かルナ・ウルズ・リナレアさんだったね?!」
「え?! あ! は、はい! 私の名前……覚えていらっしゃるのですか?」
「もちろんだとも!! もう端から順にみんなの名前は言えるさ!!」
なんとすごい記憶力だろうか……
俺だって名前を言えるのは……指折りで数えきれるくらいが精一杯だけれども。
「お、覚えてくださりありがとうございます!」
「かわいい子らの魔導人生を預かる教師たるもの!! そんなの当然さ!!」
そんな熱き重い、思いを語るヴァルト先生の前にルナは苦笑いを浮かべながら続けた。
「ヴァルト先生は知っているのかもしれません……ですが私は、みなさんの事や、今いらしたエィス先生? の事も知りません。まずは自己紹介を……挟むのは、いかがでしょうか?!」
握ってる拳が震えているのが見える。
俺ですら傍観しかできなかったのにすごい奴だ。
「ふむ……それは確かに!! そうだな!! 最初にしたいと思っていたんだ!! 忘れてたよ。ルナ君! いい提案だ! 進言してくれてありがとう!!」
いちいち語尾が強い。
「い、いえ……」
引きつった笑顔のまま座るルナ。
それで息を整え終わったエィス先生。
「そうですよ。先ずは自己紹介からです。ヴァルト先生はもうとっくに終わってるとして……そうですね。僭越ながら、まずは私からしましょう」
コツコツっとヒールの音が響く教室。
そして、こほんっと咳払いをして教壇に立ったエィス先生。
「改めまして……私は、この教室の副教師を務めます。エィス・ラグズ・アクアリスです。先ほど壇上に上がられていたジャック先生と同じ水魔術を専門にしてます。ですが中でも氷魔術分野を得意としてます。よろしくお願いしますね」
よかった。
やっぱり常識人っぽい先生のようだ。
くくりはあのジャック先生と同じなところが引っかかるくらいで良い人そうだ。
「ああ!! よろしくな!!」
そこでヴァルト先生が大きな返事をして拍手した。
そして遅れて俺達も拍手する。
そんなヴァルト先生に対してエィス先生の顔がひきつりながらも、この場を進行してくれた。
「それではみなさんも、そうですね……得意な魔術や魔力性質を交えて窓際の方から順繰りに前へと自己紹介をお願いします」
という運びとなり、一番後ろでいてなおかつ窓際という落ち着くポジションの俺に注目が集まるのだった。
どうやら……今日は本当に運の悪い日かもしれない。
そのまま立ち上がる。
「俺の名前はノエル・グラトリス。得意魔術は強い火力を扱う魔術です。だから魔力性質は……火です」
そして俺は入学初日に学びを共にする人たちに嘘をついた。




