第5話 魔術師の弱点
男達に視線を向けられた途端。
「っひ!」
思わず俺は声をあげてしまった。
我ながら本当に情けないとは思う。
竜と初めて出くわした時も、ここまで驚かなかっただろう……
いや、しかし……竜のあの味は良かったなぁ。
雑食ってだいたい旨くないはずなのに美味かったのは印象的だった。
肉の弾力がありながら大きいから大味かと予想させつつも……良い意味で裏切られた。
その味たるや……溢れ出る肉汁が旨味の爆弾を俺の体の中に投下していく。
柔らかい噛み心地もまた……
もう食欲を掻き立てるのに十分だった。
通称ロア・ドラゴン……
あぁ……また食べたいなぁ。
あれからしばらく竜を見つけたら闇魔法で地面にたたきつけて拘束して喉元を一突きして食べてたっけ……
血抜きして下ごしらえをしてさ。
ああ、お腹空いた。
じゃない、じゃない。
俺は首を振り現実に思考を戻すと男達は顔を見合わせて俺に問う。
「なんだ、お前は?」
こわもての男が俺に、にじり寄ってきた。
「なんだお前って……その、ですね?」
すると後ろの男は冷徹な声で淡々と言う。
「ここは子供の出る幕じゃない。今なら見逃す。早々に立ち去れ」
「いやでも、その……」
「でも、なんだよ」
目の前の男の視線が突き刺さる。
「暴力とか。あんまり良くないですよ?」
「はぁ?!」
「ほら相手は女の子じゃないですか? 女の子には優しくするものですよ? ってじいちゃんも言ってました……し?」
そう言うともう一人の男もにじり寄ってきた。
「なんだおまえ。はは?! そんな腰が引けてるのに、この女二人の助けに入った勇者様気取りかよ?」
「いやいや勇者様だなんてそんな滅相もない……俺はただの一般人ですよ。でも……なんか見てたら気分悪くなりそうだなぁって思っただけですよ」
「そうかよ。なら一生、気分を悪くできない体にしてやるよ!!」
「おい馬鹿!!」
後ろの男が止めようとするも聞かず。
ナイフを俺に向けて振り下ろそうとした。
「避けろ!!」と女騎士の声。
その男は俺を殺す気満々なようで目がきまってしまっている。
なら……容赦はしなくていいだろう。
近接戦。
一瞬の出来事が死に直結する刹那の時間に繰り広げられる攻防。
これは魔術師が最も苦手とする領域だ。
魔術師は詠唱と術式の展開により魔術を発動する。
だから攻撃まで時間がかかる。
まあそれだと美味しい得物がいるのに、そうこうしている内に逃げられてしまう。
なんとまあもったいないことだろうか。
しかし……だ。
俺はその弱点について対策を打った。
この刹那の時間を苦手とするのなら……一瞬の内にかたずけられる魔術をあらかじめ体に仕込めばいいんじゃないかと。
ならば、この近接戦は取るに足らない事象となるのではないかと。
人に試す時がきた。
俺は手を前に出す。
腕に浮き出る魔術のスペルが俺の体を焼く。
得意なだけの火の魔法。
それを体にあらかじめ巻き付けて時が来たら火を起こす。
だから熱いのは仕方ない。
焼かれたなら回復魔法で治せばいい。
火の属性は、これだから厄介だ。
だけど使いまわすのにちょうどいい。
焼き痕でもまだ魔術を発動できるのだから便利だ。
体を落とし相手の懐に潜り込み剣を持った手首をわしづかみにする。
「な?!」
驚いた男の顔。
そして、俺は魔術をそっと唱えた。
「エレクト」
ピリピリと摩擦により生じた電撃が作り出される。
「ぬぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあ!!!!」
痺れて叫び出す男。
秘儀、似非雷属性魔術。
そして秒もかからず男は失神した。
「はぁ……後の3人は、まだやるかい?」
すると同じようなナイフを持った男が「貴様よくも!!」と迫る。
「おいまて!!」
またしても後ろにいる男の静止を振り切り怒りのままに突き進む男。
これまた、さっきの男と同じように振るうナイフ。
一見して速く見える軌道。
けれど腕を見ればどこへ向かうか一目瞭然だ。
さっきとやることは同じだった。
また手首へと腕で跳ね除け、そのまま体へと触り「エレクト」
「ぬぉおぉおぉおぉおぉお?!?!」
さっきと同じ絵面で男はしびれて力なく、そのまま倒れた。
「ええい!!」
直後、直剣を抜いた男が俺に斬りかかろうとする。
これは間合いがちょっと問題だ。
だから俺は片方の手を向け唱える。
「ブラスト・ウィンド」
小さい爆発を起こし衝撃波を作り出す。
ちょっと間違えば俺の腕が吹き飛ぶからちょっと危険だけど……
振り上げた剣も虚しく男は壁へと叩きつけられ倒れ込んだ。
そして残った男は立ち竦み逃げようとする。
とりあえずだ。
だらーっとうなだれる3人の男も連れ帰ってほしいので声をかけた。
「待ってくれない?」
ぴたりと立ち止まる男。
賑やかな大通りの声が静けさをかき消す。
男からは、なんだかすごい緊張を感じる。
命はとっていないだろうに大げさな……
「帰るならこいつらも連れてってくれ。面倒くさい」
すると面を喰らったような顔をして男。
「あ、ああ。悪かったよ」
そして男は3人の男をなんとか引きずりこの場から去って行くのだった。
都会は本当に恐ろしい……
もう帰ろう。
そして飯を食おう。
そんなことを考えていると後ろから。
「あの……?」
「ん?」
振り向くと長く淡い金色の綺麗な髪が特徴的な女がいた。
ここまで容姿が整った女を見たことがなかったから面を喰らった。
その、あからさまに綺麗な女は言う。
「助けていただき……ありがとうございます」
「ああ、えっと……大したことはしてないから気にしなくていいよ」
すると後ろから剣を鞘へと戻しながら短い青髪の女が近づいてきた。
「本当に助かった。私からも礼を言わせてくれ」
どこか……偉い家系の騎士って感じを思わせてくる容姿。
それはそれは絵物語で読んだ通りといった感じだ。
待てよ……
この見立てが事実なら、この状況ってすっごい面倒臭い取り合わせと言うことになる。
偉そうなお嬢様と偉そうな騎士が襲われていた。
どう見ても、どう考えても……
訳ありで、あの男達はどこからか黒幕なる人物から雇われていた。
なおかつ捨ててもいいくらいのならず者でっていう可能性もある。
堂々とリスクを背負ってまで護衛付きの要人を狙う必要もないだろうに……
何か意図があって、このお嬢様は狙われていたとしか思えない。
「ああ、大丈夫。成り行きでやったことだから気にしなくてもいい。それじゃまた」
そう言うとお嬢様。
「お待ちください!」
突然、あたたかい手が俺の左手を掴む。
その呼び止める声に俺は『えぇ……』と言いたいのを我慢した。
するとお嬢様は俺の前へと回り出口をふさぐのだった。
「お助けいただいたお礼に……何かご用意できる物はありませんか?」
お礼と言われてもなぁ……
とりあえず面倒ごとを回避したいので断ることにしよう。
「いや、大丈夫です。お腹が減ってうなだれてただけなんでお礼は別にいいです」
これは本当に悪い癖だ。
そう言ってしまった後にお嬢様はポカンとした顔をする。
「お腹が……減っていらしたのですか?」
「え? あ、まあ……」
一瞬の沈黙。
だとしてもだ……俺は変なこと言ったかな?
すると、お嬢様はクスクスと笑い始めるのだった。
「いや、その……笑うのは失礼じゃないですか?」
「だって。ふふ、ごめんなさい」
驚くことに偉そうなお嬢様は庶民である俺に頭を下げたのだった。
「いや……えっと、それほどの事じゃ……」
「いえ、失礼しました。ですが……お腹が減っているのならなおの事ではございませんか?」
「なおの事?」
「はい、よろしければ何かごちそうしますよ?」
あ、そうだ!
その手があったか!




