第26話 楽しいはずの昼食
ずらっと奥まで並んだ縦長の机。
綺麗に整えられたテーブルクロスの上に学院生達が各々昼食を広げて談笑をする憩いのお昼時が広がっていた。
「ネリエル様こちらです」
アリスの誘導に従いながらネリエル。
「ありがとね?」
「いえ、お喜びいただけてとても光栄です」
そんな他人行儀のアリス。
学院生達が各々お昼を摂っている傍の扉を潜り抜けるとカーペットの敷かれた廊下へと出た。
「いきなり雰囲気が変わったな」
「はい。この先が普段、特待生だけが使える学院食堂の別棟なんです」
「へぇ。それは知らなかった」
「事前の予約が必要なのですがアリスが何とかしてくださいました」
「なんとかって……そんな無理くりにねじ込まなくてもよかったんだけど。なんだか悪いね」
するとアリス。
「ご心配なく、3人だけなので問題なく借りることができました。ネリエル様の趣向に沿えればうれしいです」
十字に交差する廊下を、そのまままっすぐに進み扉をくぐる。
「いらっしゃいませ。フィーリス王女殿下、特待生のガーディエット様、並びにグラトリス様ですね?」
高級なレストランを彷彿とさせるような黒服の正装をした男が扉を開けてくれた。
「はい。本日はよろしくお願いします」
するとネリエルがお辞儀をする。
それに返すように黒服。
「はい。ごゆっくりとお寛ぎ下さい。それではお部屋はこちらにございます」と丁寧に誘導してくれた。
なんだか落ち着かない。
後ろからついて行くと大きなガラス戸の先には綺麗に咲いた花の数々が見えた。
「へぇ……」
それらすべてが薬草の花々であることに気がついた。
赤く猛々しく咲いているのは勇猛花。
花自体を食べれば猛将の如き力を得られるという強心薬になる花だ。
食べ過ぎて心臓が破裂した王国軍将校のせいで国で規制のかかっている花でもある。
その隣の青白く精気を吸われそうになるような花は霊験の花。
食べたら魂が飛ぶと言われている花で花ではなく根に、その効力がある。
それはとても気持ちの良いものとして広く伝わっていて知らない旅人が花を食べて下痢になったのは面白い話だ。
実際食べてみたけど勇猛花は確かに死にかけた。
霊験の花については、体の感覚がなくなるだけだったから的外れも良いところだったけれど……
そんななかなかに珍しい薬草花達。
他にも木々に巻き付いているのは六根ってツタ植物に……
もう切りがない。
外へ出て花を見ていると後ろからネリエル。
「ノエル。どうしましたか?」
「ああ、ごめん。珍しい花がたくさんあったから驚いてね」
「珍しい花なのですか?」
「うん。これ全部、薬に使う植物なんだよ」
「へぇ。綺麗な花としか思ってませんでした」
すると後ろより黒服の男。
「グラトリス様はお詳しいのですね?」
「まあ実際に食ってみてるからね。面白い話なら、そうだな……あの紫色のツルあるでしょ?」
「はい。あの綺麗なツルですね?」
それに黒服は続ける。
「あれは蒼減茎というツルでして主に解毒や────」
「あれ食べるとな。しばらくするとおしっこがずっと出続けるんだ」
「な?!」
「ノエルさん? お食事前ですよ」
何故か驚くネリエル。
そしてアリスの冷たい視線。
「冗談……ですよね?」
「いや、本当だよ。身体の水分、全部抜かれるくらいに出るから死ぬかと思った」
その言葉に一同の沈黙。
「あ、ああ。でもね? 水魔法でずっと水を飲み続けて干からびるのは回避したよ?」
「ひ、干からびるですか?」
「ああ、そうだ。あの時はしょっぱい物もほしくなってさ! 横に合った岩塩舐めてたら大丈夫だった。ほら生きてるし!」
まずい。
またも沈黙が続いてしまった。
「え、あ。えっと……水魔法ってさ。大気の水使ってるからさ? なくなると発動しなくなるから移動しながら────」
するとくいっとネリエルが俺の袖を引っ張るのだった。
「え?」
「あまり……無茶なことはしないで下さいよ?」
「ああ……えっと、うん。善処するよ」
それから黒服の誘導に従ってついていくと綺麗な庭が窓ガラス越しに一望できる個室へと着いた。
部屋の大きさに合わせたこじんまりした丸テーブルへ黒服の男に椅子を引いてもらってから各々着席する。
目の前には丸皿に置かれたナプキン。
その横には使われるのを順番待ちしているカトラリー達。
外側から順番にナイフ、フォーク、スプーン、ナイフ、ちょっと違った形のナイフとスプーンが右側に。
左側には形の違うフォークが4本。
そしてバターを塗ったりする時に使うナイフっぽい奴と小さいスプーンが右斜め前に置かれていた。
「なんだかすごいな?」
「ふふ。ノエルはこういう所で召し上がるのは初めてですか?」
「いや、じいちゃんの付き添いですごいレストランに行くことはあったよ。けど、これほどじゃなかったかな」
「国随一の学院ですからね。こういう学院生達のやる気を高めたりするためにこういう所にも力を入れているのです」
「へぇ。目が忙しいや」
それぞれの前に透明なグラスが差し出され綺麗なお水が注がれる。
すると黒を基調とした服に白いエプロン姿の女性達が料理を運んできてくれた。
仄かなチーズの香り。
そして前に出されたのは、匂いの大元であるクリーム色のチーズ。
その上に香草とコショウがまぶされ薄切りにされたハムがちんまりとのっていた。
黒服の男。
「アーグレン産ギウのチーズにネズリネギ、黒ピペルと昨日熟成が終えたオーブベルのハムにございます」
とても本格的だった。
カトラリーへと手を伸ばそうとしたところでネリエル。
「それではいただきましょうか」というと手を合わせ「光のお恵みに感謝を」と言った。
アリスも同じように言うので即座に俺も手を合わせて「光のお恵みに感謝を」と続ける。
そして一口。
「んー!!」
いつもは食べない手の込んだコテコテ加工料理。
この一口サイズは、これまた次が欲しくなる欲求を掻き立てる。
しかし、ここで焦ってはいけない。
こういう上流階級の食事は汚さず、礼を失さず、威厳を落とさずが基本ってじいちゃんが言ってた。
カトラリーも外側から順に使って出された食事に対し一つか二つ使うのがマナーだ。
するとネリエルがじっと俺を見るので見つめ返すと。
「堪能していただけたようで、お誘いした甲斐があります」
「うん。ありがとうな。久しぶりに、こんな手の込んだ加工料理を食べたよ」
「ふふ。良かったです。手の込んだ加工料理ですね?」と聞き返すと何故かネリエルは笑う。
「一口で終わってしまうのもなんだか名残惜しいですよね?」
「ああ、俺が作る時は大概大量に出来上がるし一口じゃ終わらないから新鮮だよ」
「食材が丸々一匹ですものね?」
「そりゃそうだ。残したらもったいないからな。死んだ魔物や動物も死ぬに死にきれないよ」
「本当に……そうですね」
するとアリスが食べ終えるとネリエルへと頷く。
そしてネリエルは外側のカトラリーを自然に取って口元を隠しながらゆっくりと食べるのだった。
「うん。本日もとても美味しいですよ」と黒服へ労いの言葉をかけたのだった。
「フィーリス王女殿下よりお気に召していただき大変光栄にございます」
そんなアミューズを経てオードブル。
市場で採れたての野菜と塩漬けにされた薄切りのオラッタという魚と合わせた料理が出てきた。
こうしてネリエルとアリスの二人と囲んだ楽しい昼食の時は流れて行く。
そこで事件が起きた。
運ばれてきたのは俺達が釣ったことのある魚。
カルリエの煮込みスープだった。
真っ先に一口飲む。
鼻に抜けていく芳醇な魚の油が溶け出た甘い香り。
そして仄かな舌をピリつかせる強い旨味。
「これもすごいな!」
「はい。学院のスープはとても気合が入っていて一般学院生も同じものを出しているのですよ?」
ここで違和感に気づく。
脳が揺れる程の旨味。
そして舌先に残るピリッとしたザラつき。
「ちなみにこれってキノコ入ってます?」と黒服へ。
「いえ、これはカルリエをじっくり煮込んで今が旬の野菜を使ったスープです。なのでキノコの類は入ってませんが……?」
ああ、なるほど。
アリスが一口食べる。
それから頷いてネリエルがゆっくりとスープをスプーンですくい口へと運んだ瞬間。
ネリエルの手を取ってそれを一口で食べた。
「……え?!」
一時の沈黙。
「ん……やっぱり美味しい」
「な、なにをやって────」そう言い立ち上がったアリス。
しかし、立ち上がるに至らず倒れてしまった。




